博徒

星埜銀杏

一枚目、罠師、再び

 …――額に玉汗が浮かんで、圧倒的なプッシャーに気圧されてしまい、後ずさる。


 今、目の前には賭博の神様と呼ばれた男がいる。


 過去に悪魔の罠師とも呼ばれた男だ。


 俺は、そんな賭博の神様と呼ばれる男に挑む為、ここに立つ。


 俺とて名の知れた賭博師。数々の修羅場を乗り越えてきた。それでも神様を目の前にして彼が神様と呼ばれる意味を思い知った。挑んで勝てるのか、或いは負けるのかさえも考える事が愚かしいと感じる。決して勝つ事は出来ないと思わされる。


 俺はすっかり呑まれてしまっていた。


 しかも、勝負を成立させたものだが、賭けたものが失うには余りにも大きすぎた。


 すなわち、それは己の生命であった。


 いのち。


 とにかくここまでの経緯を語ろうか。


 時は、俺と神様が対峙した時に遡る。


「神様、俺と一勝負して頂けますか?」


 神様は、静かに眉尻を下げて苦笑い。


「神様と呼ぶな。単なる老いぼれだ。今まで、たまたま運良く勝ち続けたに過ぎない。むしろ、お前のように若く勢いのある賭博師にこそ神様が似合うもんだと思うぜ」


 多分、試されている。


 胆力を。


「話を、はぐらかさないで下さい。勝負して頂けるのですか?」


 俺は、グッと下腹に力を入れて、キッと真っ正面を見据えて、神様を睨み付ける。


 敢えてなのか、飄々と俺の怒気を反らしてから二の句を繋ぐ。


「おいおい、そんなに怖い顔をするな。底が知れるぜ。まあ、でも、いいだろう。心意気に免じて一勝負してやろう。で、どんな賭け(ルール)でもいいのか?」


「はい。勝負の方法は、お任せします」


 俺にとっては敢えて。ルールを任せる事で自分には余裕が在ると相手に信じ込ませる。無論、心底では一杯一杯なのだが、余裕の正体がなんなのかと警戒させ容易に攻め込めさせないようにしたのだ。そして作った時間的猶予で勝負を決める。


「ありがとよ。そうだな。だったら、こういうのは、どうだ?」


 神様の緑の瞳が怪しくキラリと光る。


 もう、すでに、この時点で気力で負けてしまいそうな思いが俺に押し寄せてくる。


 くそっ。


 気持ちだけでも引かない、負けない。


「次に、お前の足が、前に出るのか、後ろに出るのかを賭けようか。面白いだろ?」


 驚き俺の目が皿のように大きくなる。


「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな勝負方法でいいのですか。だって俺の足の話ですよ。俺の意思で、どうとでもなる。当然、俺は俺の賭けた方に足を動かす」


「フフフ」


 神様は、まったく動じる事もなく、それどころか、どこか小馬鹿にするよう笑う。


「本当にいいんですか、そんな賭けで。俺が負ける要素はどこにもない。それどころか、俺が勝つ以外の結果なんて、あり得るんですか? 馬鹿にしているんですか?」


「ククク」


 だから、そうやって狼狽えてしまう事で、底が知れるんだぜ。


 まあ、でも相手が俺じゃ、そうなっちまっても仕方がないか。

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