ある夜・天候→雨 建造物内 弐
黒く細長い、蠢く何かが頭領を包み込んで、潰しきった。部下の目には、そうとしか映らなかった。
「な、何何だよアレ!」 「気色悪ぃ、穴だらけにしてやれ!」
後ろでニタニタと余裕をかましていた部下たちが、一斉に銃を構える。だが、既に一人倒れていた。頭部、右肘から先、左腕、臍から下が存在していない。
また、青年の方から音が聞こえてくる。
皮膚・筋肉・内蔵・神経・血管・骨
その全てを一緒くたにして咀嚼する音。
「ヒィッ?!彼奴人を食ってやがるぞ!」 「早くぶっ殺せ!」 「おい、戦闘員なら女も来い!」
ふらり、と青年が立ち上がる。天井の薄ら明るい蛍光灯に照らされた青年の顔は、幸福そうだった。
「いてて………殴られちゃったよ、ったく…。でも、肉が食えたし、満足だなぁ」
部下たちは、恐ろしさとはこの事か、と考えていた。彼奴は人間じゃない。いや、生物としてはもちろん人間だ。だが、同じ次元に存在していないんだ。そうとしか思えなかった。
「ガッっ?!あがっ、クッ、あっ……」
妙なうめき声とともに、またひとり倒れる。一切の欠損も無いのにだ。女の戦闘員が、あることに気づいた。
「ッ?!この死体、影が無ッッ
その女も、男よりは静かに、かつ速やかに倒れた。その体には、影がない。
「これで、3人分集まった。全員消してしまうには十分な量だな…」
青年が、俯いたまま呟く。
「おい、彼奴まさか異能者じゃ無ぇのか?」 「はぁ?!嘘だろおい!」 「でも、それ以外信じらんねぇよ。影を消しちまうなんて、普通の人間にできるはずがねぇ!」
突如、青年から深く暗い気配を感じる。彼は顔を上げ、その顔を晒した。
片目が、おかしい。左目が黒く塗り潰されたように見え、そこから嫌な黒さを持った光が、煌々と、又はチラチラと漏れ出していた。
「んー、もうちょっと食べれば満腹になレそうだ。誰カ、僕のデザートになってクレる人、居る?」
カツッカツッと靴音を鳴らして部下たちに近づく青年。一人が、恐怖の余り勝手に引き金を引いた。
「ヒィっ!来、来ないで、近寄らないでぇッ!」
初めて響き始めた銃声は、一瞬で何重奏にもなり、そこそこ狭くない部屋を埋め尽くす。しかし、青年には一発も届かない。バキバキと音を立て、青年の足元から突如せり上がった、黒みを帯びた金属の壁が全て、弾いてしまっていたからだ。
「撃てっ、撃てぇ!!弾が空になる前に弾倉は変えろ!とにかく撃て!!」
ある男の声に反してその直後、全員の銃の弾倉が、ほぼ同時に空になった。ほんの一瞬、静寂が起こる。
「良いタイミングだ。」
青年は、右の人差し指を上に向ける。その直前に、金属の壁が、乾いた粘土のように崩れ落ちた。
青年の人差し指に、黒いナニカが集約されていく。それは、何となく人の形をしていた。そう、殺した3人の影だ。
人差し指を、銃の弾倉替えをしている部下達の方へ向ける。誰も、弾倉をセットできていない。
青年が、呟いた。
【影狼・呑影の禍堕とし】
右手を開き、掌の上で影を球体にする。それを地面に押し付け、沈み込ませる。
直後、青年の影以外が全て五重になり、音もなく急激に収縮した。光源の方向を無視したその現象によってできた、通常の5倍は濃い影は、触手のように伸びて影の作り主に絡みつき、影自体が虚空に浮かぶ球体となっていく。
誰も、抜け出せはしなかった。
三十近く浮かぶ黒い球体と、その|大凡中心に立つ青年。異様な光景が、より異様な光景となった。
球体のうち一つがパァンっと爆ぜ、死体を吐き出した。
その死体の心臓がある部位には、釘が30本も刺さっている。
球体が、爆ぜる。その度、酷い死体が、酷たらしい肉塊が、吐き出されていく。
闇カラ光 斬戸零也 @kirutoreiya
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