君の心に住まわせて
綾風響
第1話 反吐が出る
今日も眠れない。そんなの最初からわかってた。体が完全に慣れてしまった処方薬を2粒口に含み水で流し込む。
少し口の中で溶けてしまった処方薬は舌に違和感を残して喉を通って消えていく。
問題は睡眠のことだけではない。
隣の部屋から聞こえるベッドのきしむ音。喘ぎ声。ああ、気持ち悪い。
父も母も浮気歴あり。父は単身赴任中で今家にはいない。母が男を連れ込んでいる。要するにこの声は言うまでもなく。
吐き気が止まらず部屋を出る。スマホを持って上着を着てヘッドフォンをはめる。通学用のリュックを背負い家を出る。鍵を締めた音さえ母は聞こえないだろう。夢中だから。
雪が降っていた。雪は好きだ。雪は音を吸収してくれる。立ち止まっていたら指先が冷えてきた。でも、寒いだなんて思わない。とうの昔に感情なんて捨てた。捨てたはず。
そんなことはどうでもいいのだ。とにかく今日寝れる場所を確保せねば。あいつならと思い電話を掛ける。
「起こした?」
申し訳ないと思いながらも頼れるやつはこいつだけ。いつものことだろと言って受け流してくれるこいつはいいやつだ。
まっすぐ行って近所の小学校の裏道を通って左に曲がる。またまっすぐ行って突き当りを右に曲がると見えてくるアパート。もう築60年くらいだろうか。ボロい安アパート。2階の1番奥の部屋のチャイムを鳴らした。声がしたのは10秒ほど後で濡れた髪とともに出迎えてくれたやつは何も言わずに家に入れてくれた。
君の心に住まわせて 綾風響 @sakumasuguru
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