Prequel:05

「メギド、あなたは夢見人を消し去るつもり?」

「結果としてそうなっても我々は困らない。なぜなら運命を選択したのは彼らだ。消え去るのは夢見人。我々はなにも困らない」


「ちがう!」

 ルリはメギドの手をはじき、ようやく離れた。

「夢使いは夢見人の、夢の実現に手を貸し、夢がもつ力、勇気と情熱で現実にしようと歩みをやめないようにすることが仕事。利用することが仕事ではない」


「おやおや、愚かなる我が友よ。夢見人の親をもつと、正しい判断ができなくなるのですね。情でも沸いたかルリ・バステート。あなたは夢見人ではない。なのになぜ肩を持とうとするのですか」


「当たり前よ」

 ルリは大きく息を吸い込み、メギドに負けない勇気を持って言い放つ。

「夢泥棒の母と、夢を形作る建築家の父を持つわたしは、夢見人を守る」


 やれやれという感じでメギドは首を振る。

「愚かですな」


「愚かじゃない!」


「愚かですよ。人外の力を持ちながら夢見人に組みするとは……ならば一つ、ゲームをしましょう」

「ゲーム?」


 ルリは、なんでおまえと遊ばなくてはいけないのだという顔をする。その顔をメギドはみながら、「これだから夢見人から生まれた者は」と小声でぼやいた。

「自分が正しいと思っているもの同士だからこそ争いを起こす。だが我々は愚かな夢見人とはちがう。自分の言葉が真なりと相手に認めさせるためにゲームで決めるというのが、夢の住人である我らの決まり」


 タブーを犯すメギドが決まりだなんて、おかしなことを言うとルリは胸のなかで笑った。でもなるべく表情には出さずしずかに「いいわよ」と応えた。

 争いは好まないが、誰にでも戦わなくてはならないことがある。ときに自分自身の人生と戦うことだ。そんなときは一種の演劇を作り出し、自身の不平不満を材料に脚本する。けれど、一番困るのは自分だけではその劇を上演できないことだ。


「よろしい、ルリ・バステート。ではゲームの説明をしよう。なぁに、単純ですよ。夢見人を一人選んで、ミューティスラントにご招待するのです。無事に外に出ることができれば、君の勝ちだ。出ることができないときは、我が勝利」

「勝った者にはなにか特典がつく?」

「勝者は敗者の考えを打ち砕き、従えることができる。我が勝利のあかつきにはあなたの力とティル・ナ・ノーグすべてをいただきましょう。万が一、負けたときは我が存在の死をもって、ミューティスラントは跡形もなく消滅する。言っておくがもう後戻りはできない。愚かなる我が友よ」

「かまわない」

「よろしい。だがこれでも君には不公平かもしれない。こう見えても、アンフェアはきらいでしてね」


 メギドは腕組みをする。

 スタイルだとルリは思った。考えているフリをしているだけだ。


「特別に、夢見人の選択を君がしてもいいですよ。どうです?」


 ルリは一瞬ためらったが、「それでいい」とだけ応えた。あまり考える余裕がなかったし、自分に選択権があることで少し安心できると思ったからだ。


「今まさにあなたは神と等しい立場にいるのです。突然訪れる、避けられない出来事をあたえる神とおなじ。はたして選ばれた夢見人は、試練を乗り越える勇気と情熱があるか否か。夢と希望を抱いている者かどうか、実にたのしみですね」

 メギドは笑いながら、風とともに夜の闇に姿を消した。


 夜風がルリの頬をかすめ、ほてる体が冷やされる。

 このときになって、自分が彼の用意した演劇の役者として参加させられたことに気がついた。

 目的はどうあれ、彼はなにかに復讐しようとしている。そして自分は相手役に選ばれた。他人の用意したいらだちの一部、闇に引きずり込まれてしまったのだ。

 人生の不公平を訴え、同意を求めたり、忠告をさがしたり、なにかの役割を担うように頼む人たちは必ず、なにかしらのゲームに参加するように言ってくる。このゲームに加わったが最後、必ず負ける。勝つには参加しないことだ。

 しまった、と思ったがもう遅い。

 メギドの手中に落ちた自分にいらだち、そして誰か夢見人を一人、ゲームに参加させなくてはと考えると、憂鬱な白いため息が夜に溶けていった。


 



https://kakuyomu.jp/works/16816452221525295219/episodes/16816700426123749809

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