Prequel:04

「嘆く必要はありますまい」

 メギドは夜をみつめた。

「むしろ頑固に適応できないでいると、落ちこぼれ、阻害されて生存できない危惧が生じるものです。自然環境が壊されたのは仕方ないことですが、だから都市環境で我慢しようというのではありません。都市環境のほうが何かにつけて好都合であり、むしろ積極的に進出することが望ましいと考えます。環境選択の幅は広い。あらゆるものを取り込み、適応、順応性に富み、丈夫で、ずうずうしく、繁殖旺盛で知恵がある。群れを成し、共同体を生み、汚染にも強い。夢の住人もシナントロープでなくてはならない。そうは思いませんか? 愚かなる我が友、ルリ・バステート」

 

 それはタブーだと、ルリは思った。

 相手の意思を尊重し、夢は夢のまま無に帰すのが夢使いの使命だ。メギドから感じた危険なものの正体にようやく気づいたルリは、あわてて彼から離れた。


「どうしました愚かなる我が友よ。なにを恐れているのですか」

「あなたがしようとしていることは、タブーだ。タブーを守ることも夢使いの使命ではないのか」

「勘違いしているようですね」

 次の瞬間、メギドはルリの背後に立っていた。

「夢使いがタブーを犯すことに恐れてはいけない。なぜなら夢にタブーはない。なんでもかなう。それが夢だ。それに」


 振り向こうとするルリの肩に両手をのせて、うれしそうにメギドがささやく。


「しようとしているのではなく、もうすでに存在しているのですよ。夢見人のいるこの街に生まれた夢世界、ミューティスラントがね」


 なにそれ?

 ミューティスラントなんて聞いたことがない。

 夢使いの自分が知らない夢世界が存在している?

 そんなことはありえない!

 ルリはすぐに問いただそうとした。それより先にメギドは応える。


「ありえない、ですか? どうしてそう言いきれるのですか」 

 心をのぞき込んでいるみたいによくしゃべる、とルリは思うが口にはしなかった。

「夢をみない夢見人でも、必ずみるときが一度だけあります。それは、死を前にした瞬間です。ミューティスラントとは、死を前にしてみる夢の世界なのです。残念という後悔の情念が生み出すまさに理想の世界


「死の世界っ」

 ルリの声は震えていた。


「そうです。身体、魂、精神の三重性を持つ人間は意識することで死に向かい、死の門をくぐり抜けた意識は人の世に音楽の音楽として降り注ぐ。生きている、生かされていると実感できるのもその音楽の音楽を聞いているため。それをしていたのがあなたもご存知の、大きな猫の化身、龍猫のヨルです。人の夢を紡ぐように練り上げた真如の月という夢玉が、生物すべてにミームの夢を語っていた」


「だけど」ルリは口を開く。「都市化した世界に、ヨルは入ることができなかった」

 ヨルとは、自然が夢みた化身。だから夢見人が暮らすために作られた世界に入ることは困難なのだ。

 振り返ることもせず、ルリはその場に立ち尽くしていた。それを知ってかしらずか、メギドは容赦なく耳元でささやき続ける。


「おっしゃるとおり。ヨルと夢見人のミームがちがうことが関係しているのでしょう。ヨルの入れない都市に夢はない。満たされた自由の牢獄に暮らす彼らだからこそ、生かされていると実感できず、なにをしていいのかしたいのかもわからず、亡者のごとくさまよい歩いて死に急ぐ。都市には、溺れ死ぬ夢見人はありがたいことにたくさんいますからね。だからこそ生まれたのです。ミューティスラントは」


 夢を集めるために、死に追い込まれた夢見人の夢を集める。

 まさにタブーそのものだ。

 死を前にした夢見人は、夢を取られれば死から逃れることはできない。それに、そんなことをくり返せば生の循環が絶たれ、まさしく都市は亡者の世界となってしまうのはあきらかだった。


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