「……匠! お師匠! 」


 肩を揺らされ、老人は目を覚ました。目の前には落ち窪んだ目の、陰気臭い男の顔がある。


「立ったまま寝るのはやめてくださいよ! 器用に死んでんのかと思いましたよ! ほら、ちゃんと注文通りにマンドラゴラ五十本抜いて来ましたから!」


 言って不肖の弟子は背後の猫車を指差す。マンドラゴラの手足が、死にかけの虫のようにうねうねしている。


「シャキッとしてくださいよ、まだまだ教わりたい事いっぱいあるんですから」


 ウネウネ野菜モドキを袋に移し替え、弟子は一足先に家に入って行った。老人はあくびを一つ。眠っていたのか。ぶかぶかローブの上にかかった首飾りがしゃらりと鳴る。ラナが見せてくれたのかもしれんな。納得したように、老人は恋人の頬や髪に触れる手つきで、宝石を撫でる。


 皺の増えた手の中の抱擁を受け、レッドダイヤは微笑むように煌めく。若かりし妻の真っ赤な美しさを、永遠に閉じ込めて。ラナンキュラスの花の女は、美しい姿のまま、死後も夫の傍に在りたかったのだろう。全く最初からそう言えばいいものを。旅行の時以外服装に頓着しないのを、死ぬ間際まで根に持たれていたようだ。


「──ラナ。またワシに、永久とわに輝く思い出を見せておくれ。今度は、馬鹿弟子の心配しない場所でな」


 宝石が強く輝いたのは、春の日差しの加減か。

 さあ、どうしようかしらと笑ったのか。


 どちらにしろ、老人はまた思い出の夢を見る。

 ラナンキュラスは多年草。

 瑞々しく紅く愛しい記憶を、夫の心を土壌に咲かせ続ける。

 四季を問わず、歳月を知らず、土さえ眠りにつくその日まで。

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ラナンキュラスの郷愁~ネクロマンサーじじいの愛の思い出~ 豆腐数 @karaagetori

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