庭園を運営する金持ちは言った。


 ──複雑な花弁は薔薇に似て、しかし人の手を傷つけないのがいい。


 広い土地を持った道楽家の、手間暇かかった芸術。老人の妻も、人畜無害の穏やかさだった。夫の仕事を手伝うのに、人の死体を弄っているなどとは、彼女の纏う草花のような雰囲気から想像出来まい。血を連想させる髪と瞳の印象的は、せいぜい赤クローバーほどに薄まってしまうだろう。当然腹の内までわかるまいが。


「ちょうど見頃の時期に来れて良かったです」


 ラナンキュラスの花は、蕾でも枯れかけでもない一番の美しい時間を、人に成り代わった仲間の女に見せびらかした。ラナもまた、花の美しい盛りであった。出会った時より肉感がよくなり、肌の色も髪や瞳に負けぬ薔薇色帯びて。


「私は……ロレンスにとって、美しいですか?」


 心を読むように、ラナは問いかける。吹きすさぶ風がラナの赤髪をもて遊ぶ。彼女は黙って風に身を任せていた。足元に広がる同じ名前の花達が、妻をラナンキュラスの女王にしていた。


 対するロレンスは、真っ赤な血の色の花達が死霊術師へ仕立てていた。まだ黒かった髪を上げ、人に紛れるよう仕立てのいいスーツを着たって、お前の生業は誤魔化せないと。


 ラナは、夫の仕事を手伝っていても、どこも綻びず、どこにも乱れなく、どこにも非の打ち所がない。少なくともロレンスにはそう見えた。人の死体を持て遊ぶ死霊術師も、妻の前ではただの男だった。


「美しい……美しいよ、ラナンキュラス。足元の花を従える女王のようだ」


 花ではなく君が愛しいのだと伝えたくて、ロレンスは妻の瞳を見て語った。そうして瞬きも見逃さぬよう観察しているうちに、ふとその瞳の色がキラキラと、希少なレッドダイヤのように輝く。目じりに浮いた涙に、瞳がお色直しをしたのだとロレンスは思う。


「私を……私を美しいというの、ロレンス。肉屋の血の色から産まれたのだと囃されていた、私を?」

「ああ。僕の仕事は知っているだろう? 肉の糧から咲いた真っ赤な花嫁、僕のラナンキュラス。君は、僕に出会う為にやって来たんだ」


 庭園には謀ったように、夫婦の一組以外誰もいなかった。ラナと同じ一面の赤い花達だけが、雲ひとつない青空から陽射しを受け取って、二人の愛と風に揺れている。


「だったら……私を永遠に焼けつけて。いつか私がいなくなったとしても。貴方の巧みで鮮やかな術で、醜い私を掘り起こさないで。一番の美しい盛りだけを覚えていて」

 

 彼女はいつでも愛おしく、老いたくらいで興味は尽きないように思った。けれどもきっと、自分の術でも。彼女の内面で風花のように舞い上がり散る、燃え盛る魂の花びらまでは再現出来まい。だから懐かしい光景の再現の中にいても、ロレンスは思い出の中の自分と一字一句変わらない言葉だけを口にした。


「約束するよ。君がいなくなっても、ラナンキュラスの一番美しい盛りを胸に生き続けると」


 願わくば。ラナンキュラスの赤髪が、全て雪割草の白に変じゆく興味深い現象を見届けられるまで、共に有りたかったと。叶わぬ想いを、秘めながら──。

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