第14話 またの決着を

 わたしたちは軽音部をあとにし、廊下を歩いていた。


 風紀委員の三人は気分良さそうにしている。特に猿渡くんは口元の筋肉がゆるゆるになっていた。ハンコちゃんも、何だかんだ言って風紀委員が勝ったら嬉しいみたいだ。


「花田さんにも言いに行かないとな……」

 と賢太郎くんは呟いた。

「そうっすね! それは謎を解いた我々の仕事っすもん! 解いた我々の!!」

 猿渡くんは強調して言った。自分で解いたわけじゃないくせに……。

 一香ちゃんは露骨な挑発に乗り、ぐぬぬと唸っていた。

「どうしたっすか、一香。悔しいんすか?」

「うるさいわね!」

「いーひっひ! 素直に負けを認めることっすよ」

「秋斗が解決したわけじゃないのに……」

「う、うるさいっすよ!」


 このままでは延々と言い争っていそうだ。


 仕方ない。わたしが一肌脱ごう。


「――そうね。わたしの負けね」


 言い合っていた二人は口をつぐみ、ぽかんとした表情でわたしを見ていた。素直に負けを認めたことが意外だったらしい。


 すると賢太郎くんは、顔をくしゃくしゃにし声を出して笑った。


「アハハ! そうだ、おれの勝ちだ! どんなもんだいっ!」

 とても嬉しそうだった。不快感はない。無邪気な顔を見ていると、なんだかわたしまで嬉しくなってくる。

「負けを認めるよ? 今回は、だけどね。次からは負けないから」

「言ってくれるな。けどおれの勝ちは勝ち。これで一歩、名探偵に近づいた」

「六十九勝、六十二敗でまだわたしが勝ち越してるけどね」

「あ、そうだったな……」

 賢太郎くんの声は小さくなっていった。

 わたしがくすりと笑うと、賢太郎くんも破顔した。


 今は勝った負けたはどうでも良かった。こうして賢太郎くんと盛り上がれていることが、何よりも楽しく心地良いものだった。


「音葉先輩! なにを仲良くしてるんですか!」

 一香ちゃんに怒られてしまった。

「別に仲良くなんて……」

「そうっす! ハリケンさんもっす!」

「そんなんじゃないって」


 わたしが一香ちゃんを、賢太郎くんが猿渡くんをいさめていると、ハンコちゃんと智美は悪い顔をしてくつくつと笑っていた。いちいちムカつく顔だな……。


 一香ちゃんに来た道へ手を引っ張られ、賢太郎くんと強制的に別れさせられた。こっちのルートからでも生徒会室に帰れるでしょ、というのが一香ちゃんの言い分。

 わたしと賢太郎くんの恋には、障害が多いみたいだ。壁があるだけ、燃えるってもんだけどね!


 名探偵に一歩近づいた、と賢太郎くんは言っていた。


 良かった……。まだ賢太郎くんも名探偵に憧れているんだ。昔のことを覚えてくれていたんだ。 

 小学生の頃は、今とは違い賢太郎くんと仲良く遊んでいた。ライバルだなんて思ってもみなかった。

 よく図書室に行き、推理小説を読みどちらが先に犯人を当てられるかと遊んでいた。

 ある時、どちらともなく言い出した。名探偵はわたし(ぼく)、助手は賢太郎くん(音葉ちゃん)だって。


 わたしは驚いた。賢太郎くんも名探偵になるつもりだなんて。しかもわたしが助手? わたしの方が名探偵に相応しい!


 賢太郎くんのことは当時から大好きだったけど、それだけは譲れないと思った。それによく言うでしょ? 結婚する前から言い合いで負けていたら、結婚した時にこっちが譲ることが多くなるって。

 わたしが探偵。賢太郎くんが助手。これが最高の幸せの形。だから負けられない。

 理想のためにわたしは戦っているのだ。


 一香ちゃんに引っ張られたまま、後ろを振り返った。


 賢太郎くんもこちらを振り返っており、目が合った。コンマ何秒、見つめ合った。賢太郎くんも、わたしと同じ気持ちでいるのだろうか?


 お互い前を向き、廊下を歩いていく。


 わたしは思った。賢太郎くんが前を向いたとき、かすかに微笑を浮かべていたような――

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学園と探偵たちと謎と恋と タマ木ハマキ @ACmomoyama

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