第13話 推理
「石巻のギターに傷をつけたのは、不二井、お前だろう」
「何を根拠に。そんなことする理由がないだろうが」
「いや、ある。でもそれは嫌がらせの類でもない。不二井にとってやむを得ない事情があったんだ」
「や、やむを得ない事情……?」
「不二井、軽音部の部室でタバコを吸っていただろう」
賢太郎くんは遠慮なく、ぴしゃりと言った不二井くんは目を逸らした。
タバコか……。ということはつまり――
「すべてはタバコを隠蔽するためだった。花田さんと不二井は、この部室を喫煙所にして使っていたんだろうな。学校で安全に吸うために。外で吸うのはリスクが高いからな。花田さんは主将だし、自由に部室が使えて便宜も図れる。休み時間や部活が終わってから、それと部活が休みの日とかにな……。
臭いの対策もしてあった。“消臭剤を置いてあったのはタバコの臭いを消すため”」
「タバコを吸っていたなんて、わからないだろ」
「悪いな、タバコの吸い殻を発見してるんだよ」
賢太郎くんから合図を受けると、猿渡くんはポケットからジップロックを取り出した。中にはくしゃくしゃになった電子タバコの吸い殻が入っていた。
「これが部室でタバコを吸っていた証拠」
不二井くんは苦虫をかみつぶしたような顔をした。言い訳はなかった。
賢太郎くんが部室の鍵を持っていたのはこのためか。タバコの吸い殻を探していたのだな。
「結論から言おう。ギターが削られたのは、“タバコの跡を消すためだった”。故意に押し当てたのか、なにかしらの事故だったのか、それはわからないけどな。
経緯はこんな感じだろう。
昨日、軽音部は休みだったので花田さんと不二井は、放課後、部室でタバコを吸うことにした。顧問は出張だし、メンバーが来ることもない。完全に油断していたことだろう。その時、不二井が吸っていたタバコが、石巻のギターに当たってしまった。さっきも言ったように、故意かそうではないかはわからい。とにかく、石巻のギターにタバコの跡がついてしまった。
どうしようかと思案していると、石巻から今から向かうという連絡が花田さんに入る。タバコを吸っていたことがばれるのは非常にまずい。ギターを見られたらいっかんの終わり。焦った不二井は、部室にあったハサミで、タバコの跡がある部分を削ることにした。ギターを盗むという手もあったが、軽音部でもないにギターを担いでいるのは目立つから
な。これがギターが削られた真相。
削り終わると、臭いでばれないために消臭剤をぶちまけた。たちまち消臭剤の匂いでいっぱいになり、タバコの臭いは消えた。その後、不二井は窓から中庭に逃げ出し、花田さんは飲み物を買いに行くと偽り外へ出た。その隙に削られたと思わせるために」
「…………」
不二井くんの目は泳いでいた。
「退学へのリーチがかかっていたから、何としてもばれるわけにはいかなかったんだろ?」
「見つかった吸い殻は、電子タバコだったんだろ? それなら火じゃないんだ、タバコの跡はつかないように思うけどな。もっとも、タバコを吸っていたと認めるわけじゃないぜ」
「それなら簡単。電子タバコは花田さんが吸っていたんだろうな、不二井は紙タバコ。花田さんがしていなくて、不二井がしていることがある。不二井は香水をつけ、口臭ケアもしているよな? それはタバコの臭いを消すためだ。だが電子タバコならそこまで臭いはないし、誤魔化さなくても臭いでばれることがないんだ。試しに花田さんに口臭ケアを持っているかと尋ねたが、持っていないと言われたからな。
故に、不二井が紙タバコを吸い跡をつけたのだと推理した」
あの時、訊いていたのはそういうことだったのか……。流石、賢太郎くん。抜け目ない。
「だからよ、吸っていたとは限らねーだろうが。花田さんが軽音部にいたのは、演奏の練習するためって言ってたじゃねーか。石巻と同じ理由だろう」
「不二井が中庭にいたのも関係ないと?」
「それは……。わかった、軽音部にいたのは認めるよ。花田さんの演奏を聴いてたんだ」
「なら、どうして今まで嘘を?」
「俺は部員でも何でもないからよ、部外者がいたら怒られるかと思ってよ」
嘘をついているのは明白だが、嘘だと切り捨てる材料もないのだ。
どうするのだ、賢太郎くん?
「演奏を聴いていたねえ……」
賢太郎くんは不敵に笑った。
「――嘘だな」
迷いなく言い切った。
「なんで嘘って言えんだ」
「おれたちは、隣の写真部にも話を聞きに行った。その時、軽音部から何か物音がしなかったとかと尋ねた。すると、“一切、音はしなかった”って言ったんだ。演奏の練習をしていたら、音が聞こえるはずなのに、どうして聞こえなかったんだろうな? おかしいと思わないか? 不二井の話と食い違ってくる。お前たちは、いったい何をしていたんだろうな」
勝負は決した。
不二井くんからの反論はなかった。うつむき、賢太郎くんの顔を見ることができないようだった。
それだけ、賢太郎くんの論理が綺麗だということだ。
悔しい。いい推理を見せらてしまった。
やっぱり、賢太郎くんには負けたくないな――
「わざと、ギターにタバコの跡をつけたわけじゃない」
ぽつりと不二井くんは言った。
「あのギターは、俺が座っていた近くに置いてあった。俺が机に突っ伏し、タバコを持った手をぶらりと前へ下ろしていたら、当たってしまったんだ。しかもすぐに気づくことなく数秒間も……」
あっと猿渡くんは声をもらすと、
「じゃあ、さっき軽音部の前にいた時、左手に隠した物はもしかしてタバコっすか!!」
「違うと思うぞ」
猿渡くんの問いに答えたのは賢太郎くんだった。
「不二井、出してみてくれ」
「わかった」
ポケットから取り出したのは、お金だった。二万円がその手には握られていた。
「そのお金は、ギターの弁償代なんだろ」
こくりと不二井くんは頷いた。
「悪いことをしてしまったから、せめて弁償しようと思って……。花田さんから修理代を聞いて……」
なるほど。先刻、部室に入ろうとしていたのは、修理代を置いておくためか。
せめてもの罪滅ぼし。不二井くんは、ただのやんちゃな男の子ではない。いい人じゃない。
「そのお金は、本人に謝ってから渡すべきだと思う」
「ああ、そうだな……」
「そうすれば、おれはこのことを学校には言わないつもりだ。退学になるのももったいないし、タバコくらいでがたがた言うつもりもない。素直に謝ったら、石巻も許してくれるはずだ
ただ、もう学校では吸うな。そのルールは守ってほしい。おれたちが動かなくてはならないからな。次見つけた時は、一切容赦しないからな」
「わかった」
「みんなも、それでいいだろ?」
賢太郎くんは振り返り、わたしたちに問いかけた。
みな思いは一緒だった。
こくりと頷き、その提案を呑んだ。
「迷惑をかけたよ……」
不二井くんは、深々と頭を下げた。
やはり素直な人じゃないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます