第4話 エピローグ〜悪魔降臨

「てめえら、盛り上がってるかーっ!」


 会場いっぱいの観客は、桐原潤一郎もとい新進気鋭のバンド『Diabolos』のリーダー、ジャッカルが呼びかけると、各々雄叫びを上げて答えた。

 客は日本人も進駐軍もごちゃ混ぜになっていて分かりづらいが、割合的には7:3くらいだろうか。


「おい! 声足んねえぞ! その程度かよ、お前らの忠誠は」


 ドラムの留三もといボーアが煽ると、ライブハウスは割れんばかりの咆哮に包まれた。

 しばし熱狂を楽しんでから、ジャッカルが中指を立てた右手を突き上げると、シンと会場は静まり返った。


 Diabolosのメンバーは、多少の違いはあれど、皆黒革のジャケットに細身のやはり黒革製のズボンを履き、首や腰からはジャラジャラとチェーンを下げている。

 髪は整髪料で逆立て、顔には白粉を塗りたくり、不健康で凶悪な顔立ちに見せるよう各々が工夫した化粧を施している。

 奇抜な出立ちは地獄から蘇ってきた動物を守護に持つ悪魔の化身という設定に即しているのだ。

 結局、別の設定に変わっただけじゃないかと他のメンバーには笑われたが、みんな面白いいたずらを思いついた少年のような笑みを隠せずにいた。



「次の曲……『滅びよ、斜陽族』。てめえら半端な気持ちでついてくんじゃねえぞ、腹から声出していけぇ!」


 ピーター改めオカピのベースによる前奏が入ると、観客たちも中指を立てた右手を突き上げてコールを始める。


 めちゃくちゃに下品なコールに騒音さながらの演奏。

 でも、潤一郎は全力で生を楽しんでいる。


 あの夜以降、女には会わずじまいだ。

 曲が出来上がって、バンドのメンバーを説得して再結集させていた時期、女は人喰い川に身を投げてこの世を去った。

 新聞に大きく顔写真まで出されて報道されたので、今や日本中の誰もが知る魔性の女になった。


 ずっと可憐で真面目な女だったのに、最後の最後で、とんでもない不良になってしまった。


 川から引き上げられ、筵をかけられた女とその恋人の妻子ある小説家の遺体の写真を新聞で目にした時、潤一郎は歯噛みした。


 悔しい、勝ち逃げしやがって。

 あんな派手な真似されたのでは、どんな死に方をしようと勝てない。


 だったら俺はこのクソみたいな世界でしぶとく生き汚く生きてやる。

 ジジイになっても声枯れるまで、汚いスラングを吐き散らし、うるさい音楽をがなり立ててやろう。

 死んだ母ちゃんの口紅塗って、実家暮らしの荒唐無稽な悪魔の化身としてな。


 ラジオではとても放送できない下品なコールが小さくなる。ウィル改めホワイトウルフのピアノソロの後すぐに歌い出しだ。


 見ろよ、これがあんたに恋した俺の革命だ。


 潤一郎はそっと瞼を閉じて深呼吸する。

 刮目して、最初の歌詞を口にしようとした一瞬、立見のライブ会場の最前列に置かれた2つの椅子に満足そうに微笑む女と会場の雰囲気に気圧されて頭痛を堪えているような、不健康そうな男の姿を見た気がした。


 しかし、次の瞬間、2人の姿は跡形もなく消えていた。

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さくらんぼの恋 十五 静香 @aryaryagiex

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