悪役令嬢地獄変

いとうはるか

処刑

 階段をゆっくりと上がっていく。


 まず2本の柱が見え、次に巨大な刃が見え、最後に手と頭を入れる拘束具が見えた。大がかりな断頭台。いまから私、エミリー・マクスブルグを殺すために設営された道具。


 階段を登りきる。広場を埋め尽くす群衆が眼下に広がる。彼ら彼女らの視線はみなこちらに向いていて、貴族の令嬢が処刑される瞬間を今か今かと待ち構えている。


 これでいい、と思った。


 前に進む。拘束具に手と頭を入れ、静かに目を閉じる。











 昔からゲームは好きだった。子供のころは王道のアクションゲームやRPGをやっていた気がするが、高校時代に乙女ゲーと出会ってからはそればかりやっていた。


 いくつか必修と呼ばれるような王道のタイトルをプレイし、そのあとに多少マニアックなタイトルにも手を出し始め―――そして、そのゲームに出会った。


 衝撃だった。悪役の造形が凄かったのだ。エミリー・マクスブルグという名のそのキャラの生き様に、当時高校2年生だった私は何か言い表しがたい感情を抱いた。


 彼女は没落しつつある貴族の令嬢だった。自身の一族を外戚とし家を再興するため、好きでもない王子との結婚を目論む。そして邪魔な主人公を蹴落とす悪辣な策を巡らせる。最後は主人公に負け、策略が露見し処刑される。そういうテンプレートな悪役令嬢だった。


 しかし私は、彼女の純粋さに惹かれた。


 誰に言われるでもなく、自分で定めた一つの目的。そのために、恵まれた容姿も高い知能も貴族の令嬢という地位も、全てを使う。その結果として手に入るのが好きでもない男との結婚生活だとしても、全く躊躇しない。


 その純粋さが、なにより私の心に響いた。こうありたいと―――自分も身を捧げられるような目的が欲しいと、純粋な何かでありたいと、彼女に憧れた。


 だからあの夜。この世界に転生して、鏡を見て、エミリー・マクスブルグの姿をそこに見たとき―――私は、彼女の生き様をまったく同様に辿ることを決めた。


 私はこのゲームのシナリオを知っている。だからきっと、彼女よりも上手く立ち回ることができる。主人公と仲良くして、処刑を回避して、安穏と暮らすことができる。


 でもそれはしたくなかった。それは彼女のたった一つの目的を、それに対する彼女の純粋さを、侮辱することになると思った。


 そして何より。彼女の生き様を完璧に再現することになら、自分の命を捧げてもいい、と。やっと自分の目的を見つけられたと、そう思ってしまったのだ。


 だから、この世界に転生したその瞬間。あのときには既に、この結末に辿りつくことは決まっていたのだろう。












 あとは刃が落ちてくるのを待つばかり。目を閉じたまま、その時を待つ。彼女の生き様の再現、それが完遂されるその瞬間を。


 ガコン、という音。拘束具からわずかに振動が伝わってくる。


 最後の瞬間、私は何故か、目を開いた。


 首に熱い感触。直後、奇妙な墜落感。


 ぼとりと落ち、最後に見えたのは自分の―――エミリー・マクスブルグの足。


 最後に見えるのがこれなら、もう私には十分だ。


 意識を手放すその瞬間。きっと私は、彼女の顔で、満足げに笑っていたのだと思う。

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