第20話 終章~眠りについた鬼たちのために


「まったく驚きです」


 ベッドの脇で脳のスキャン画像を俺に見せていた医師が、大げさな口調で言った。


「偏桃体と呼ばれている部分の一部がそぎ落とされている以外は、ほぼ損傷なしと言っても過言ではありません。この幸運を機に、人生を実り多い物にされることを祈ります」


 俺は包帯が巻かれた頭を押さえながら「ありがとうございます」と言った。


 銃から放たれた銀の弾丸は俺の頭部を斜めに貫通し、俺は丸二日、生死の境を彷徨った。

 

 ――どうやら俺の中の『鬼』は去ってしまったようだな。


 医師が部屋から去った後、ぼんやりと考えを巡らせているとドアが開いてほのかが顔を覗かせた。


「気分はどう?先生」


「銃で撃たれたにしちゃ、悪くない。それよりひどい事件に巻きこんじまってすまない」


「いいんです、そんなこと。……それより先生、これからどうなさるんです?」


「刑事の方は引退せざるを得ないだろうな。当分は怪我人でもできそうな仕事を探すさ」


 俺が「ところで万象の旦那からは何か言ってきたかい」と尋ねると、ほのかは「教授は別の大学に移られるそうです。……それと、先生宛のお手紙を預かって来ました」と言った。


 俺はほのかが差し出した紙片を受け取ると、ベッドから身を起こして中をあらためた。


 木羽様


 悲劇は幕を閉じました。

 『鬼』もどこかへ去ってしまったようです。銀の弾丸は私が預かっていますので、『鬼』が再び目覚めそうになったらご連絡ください。

                                                                 万象鉄魅


 俺は紙片を畳むとほのかに「今日を持って探偵助手は任期満了だ。学生に戻るなりなんなり、好きにしたまえ」と言った。


「わかりました。……また重大事件が起きた時は教えて下さい。お手伝いさせて頂きます」


 ほのかはそう言って淡い笑みを浮かべると、一礼してドアの方へと向かった。


 ドアが閉ざされる直前、俺はほのかの横顔に妖しい一族の面影を――哀れな『鬼』をこの世に残して灰になった女たちと似た影を、見たように思った。


               〈了〉

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Vの緋劇~眠れぬ鬼のために 五速 梁 @run_doc

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