第19話 吸血鬼は鬼の最期を看取る
「なぜ……あんたがここにいる」
俺は万象の彫像のような顔を見上げながら、よく回らぬ口で言った。
「うすうすお気づきなのではありませんか?私は悲劇が成就されるたびにこうして後始末に来るのです」
万象はそう言うと、ポケットからクラシックなデザインのマッチを出して火をつけた。
「あんたまさか……やめろ」
俺は万象がしようとしていることに気づき、思わず声を上げた。
「葬送の準備が整った以上、避けることはできません。これは運命なのです」
万象が火のついたマッチを麻利亜の胸に放ると、ナイフが刺さったままの身体はたちまち燃え上がった。
「嘘だ。……こんなことがあっていいのか」
麻利亜の身体は俺の目の前で煙ひとつ出さず、瞬く間に灰になった。
「本当に燃えちまった……」
人一人分とはとても思えぬわずかな量の灰を前に、俺は絶句した。
「もうおわかりでしょう。私は彼女たちと同じ一族――あえて『毒の血』を吸いだし、悲劇を食い止める呪わしい役割を担った人間なのです」
「つまりあんたが『吸血鬼』だったってわけか」
「そういう呼び方はして欲しくありませんね。あなただって『鬼』なのですよ」
万象はそう言うと、氷のように冷たいまなざしを俺に向けた。
「俺が『鬼』……」
「そうです。あなたがご自身の中に眠る『鬼』をそのままにしておけば、起きてしまった悲劇のいくつかは防げたはずです」
「あんたは最初に会った時から、俺の正体を知っていたんだな?」
「そういうことです」
万象はほのかが横たわるベッドに歩み寄ると、今度は黒い鞄から奇妙な形の器具を取り出した。人間の上あごに似た形のプラスチックに二本の針がついたそれは、見ようによっては吸血鬼の『牙』にも見えた。器具からは細長いチューブが伸び、その先には大きな採血バッグがあった。
「何をする気だ」
「これから彼女の中の『毒』を吸いだします」
「本気でそんな野蛮なことをするつもりか。……今までの女たちも、そうやって『吸血』してきたんだな」
「その通りです。……御覧なさい、彼女の顔を。血色が悪く、魔物のような形相になっている。『毒』の濃度が限界に近づいている何よりの証拠です」
万象はそう言うと、『牙』をほのかの首筋に突き立てた。瞬間、ほのかの両目がかっと見開き、身体がびくんと動いた。万象が両肩を押さえつけると、チューブの中を黒い液体がバッグの方へ流れ始めた。
「それが『毒の血』か」
「さようです。『吸血』は五分もあれば終わります。余計な手出しはなさらぬ方が身のためですよ」
バッグが黒い血で満たされると、万象はほのかの首筋から『牙』を外した。
「これで私の仕事はほぼ終わりです。……ですがまだ、最後の仕上げが残されています」
「最後の仕上げだと?」
「彼女が再び邪悪な血に目覚めぬよう、もう一つの『危険な血』をこの世から消すのです」
万象は再び俺の前に戻ってくると、内ポケットから黒光りする拳銃を取り出した。
「この銃には弾頭に、古来より魔物の息の根を止めると言われる銀の成分を含んだ弾が入っています。あなたに人の心がまだおありなら、『鬼』を眠らせることができるはずです」
万象は俺の前に銃を放ると「私にできるのは、ここまでです」と言った。
「あとはてめえでけりをつけろってことか。……汚ねえぜ、教授」
俺は銃を拾いあげると、自分のこめかみに銃口を押し当てた。俺が目を閉じ、引き金に指をかけたその時だった。
「――駄目っ!」
突然、ほのかの叫ぶ声が聞こえたかと思うと、頭のすぐ傍で轟音が響いた。同時に熱く焼けた塊が俺の頭をえぐり、俺は銀の弾丸が鬼を仕留めたことを知った。
俺は銃が落ちる音と、濡れたほのかの横顔を最後に深い闇の奥へと吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます