第39話 太陽系方面軍創設計画

 将軍は微苦笑して、「それをワシの口から話すのはよそう。だが、すぐにわかるはずだ」と言った。

「地球を滅ぼそうとしている人たちですか?」と、純一。

「それも、ウソをついてな……。ワシは見ての通り、腕っ節だけが自慢の突撃バカだが、この目で見たものの意味を理解できない程アホウではない。ブーモからもらった言語セットを入れて、改めてソルジャーが見てきたものを解析した。その結果は、これまでの認識を覆すものだった。地球には文化的な社会があり、住民が非武装で暮らす地域が現に存在する。子供たちは強制されることもなく、みな善意を持った人々だ――。与えられた情報とは明らかに違う。そうとわかった以上、これまでどおり、作戦行動を続けるわけにはいかない。我々のように武力を行使しうる立場の者は、その結果を前にして、間違っていましたでは済まないからだ」


 彼らがどのような映像を見ていたのか、純一は知らなかった。だが、攻撃目標地点を誤って降下したソルジャーたちが、りょうもうブルワリーにたどり着くまでに目にした光景は、彼らが想像していたものとは大きく異なっていたのである。ため息ひとつ漏らして、将軍は続けた。

「地球の全てがそうだとは限らないが、すでに始まりつつある一連の地球攻撃は、誤りである可能性が高い。今回の件については、申し訳ないことをしたと思っている」

「あ、いえ……」 思わず純一は目を潤ませた。


「実のところ、今回収集・分析した〈地球ファイル〉を、無線で軍令部に送りつけることも考えた。だが、ただでさえセンシティブな内容だ。政府の大方針をくつがえしかねないだけに、途中で握りつぶされる可能性や、リークして騒動になる可能性も考えねばならない。だから、我が軍の総司令官と、統合参謀本部とうごうさんぼうほんぶの参謀総長に会って、じかに渡すことにしたのだ。その結果こうして時間がかかっているわけだが……」

「軍隊の一番偉い人に……」

 ビールの揺れるグラスを将軍は机の上に置いた。そして、純一をじっと見つめて言った。

「詫びの代わりにもならんが、我々の内情について、少しだけ話しておこう」

 将軍は大きくひと息ついて、話を続けた。


「テラ・リフォーミングの後の話だが、先頃船団政府は、『地球に総督府を置いて直轄統治する』と宣言した。それと連動して、防衛軍を母体に〈太陽系方面軍〉を創設しようとしている。そのための志願兵の募集も始まるようだ」

「太陽系方面軍?」

「惑星系の守備を謳っているが、事実上の地球防衛軍だ。地球を拠点にするから、移住派の軍人には魅力的なプランなのだろう」

「そんな……。それって、僕たち地球人が、滅びてしまった後のことですよね。そんな先のことまで……」

「議会の軍事委員会では設置法案がすでに承認されている。間もなく本会議でも可決されるだろう。実質的に、すでに動き始めているといってよい……。――それもはじめは、怪しげな話だと思っていたのだ。だが、テラ・リフォーミング後の地球利権りけんが絡むとなれば、大体の筋が見えてくる……」

 純一は、息を飲んだ。

「地球利権……。そういう人たちが、いるんですね……」


 難しそうに、眉をひそめて将軍は言った。

「テラ・リフォーミングと一括ひとくくりにされるが、その後どうするかについては、大きくふた通りの考えがある。ひとつは、地球を一行政区いちぎょうせいくとして、船団、すなわち共和国政府が直轄支配するという考え方、つまり船団の一体性を重視して、惑星も船群せんぐんと同様に扱おう、というわけだ。それに対して、移住派と呼ばれる勢力は、あくまで移住者たちの自治に委ねさせて、船団中央にはとやかく言わせない、つまり分離・独立を狙っているのだ。惑星を船団政府の支配から切り離そうというものだが、中には、いずれ惑星政府が中心となって船団政府を解体、船団全体を吸収するという過激な考えもあると聞く……」


「どちらから入っていくかによって、利益を手にする人が違ってくるわけですね」と、ブーモが言った。

「そういうことになる」と、将軍。「いずれにせよ、更地さらちの地球は利権の巨大な草刈場だ。直轄統治で現政府が手にする利益は莫大なものとなるはずだが、その支配権を船団本部から切り離すことができれば、巨大な富が移住派に転がり込むのは間違いない。相当な規模の惑星国家樹立も、あながち夢ではないだろう。だがそのためには、強力な武力を備えた軍の存在が欠かせないのだ」

「惑星に於ける主権国家創設、つまり独立には、最高評議会の発議と立法院議会の承認が必要です。しかし成立するはずがありません。それを覆すには、それ相応の威力が必要です」と、ブーモが言った。


 これは一体、いつの時代の話なのか? 戦国時代と、どこがどう違うというのか。純一は、ため息を漏らしてつぶやいた。

「夢のような惑星移住話に船団の人たちを巻き込んで、けどその裏には移住の利益があって、地球を目の前にして利権の奪い合いが始まってる……。そんなことのために、地球は滅ぼされるんだ……」

 腕を組み、頷きながらバレル准将は言った。

「元々船団に帯同する軍ではないから、指揮命令系統・ロジスティクスともに独立している。防衛軍・前衛軍に次ぐ第三の軍といってよい。そこらの軍団や艦隊とは性格が違うのだ。しかも隊員には移住派の志願兵を充てるという。その意味を船団指導部が気づいていないとしたら、余程のアホウだ」


「密かに入れ込むなんて、そんなことが……」と、驚きを滲ませて純一。

 興奮によるものか、さらに赤ら顔になって将軍は続けた。

「地上に於ける財産権のこともある。どのような統治機構であれ、地球民を代表するようになれば、いずれ様変わりしてゆくだろう。総督府ですら、いつまでも総督府でいてくれる保証はないというわけだ。遠からず船団との間に、独立を巡る対立が起きる……」

「船団の人たちの間で、宇宙戦争が始まるんですか?」

「宇宙空間で戦争をやろうなんぞ、シロウトの考えることだ」と言って、将軍は笑った。「例えそうなったとして、にらみ合いができれば、それで十分なのだ」

「にらみ合い……」

相互確証破壊そうごかくしょうはかいのにらみ合いだ。それだけでも、地球支配と利権の確保には十分だ。お釣りが戻ってくる……」

 いつも対戦していたオンライン・シューティングゲームの感覚に戻って、思わず純一はつぶやいた。

「それじゃ、太陽系軍作った方が勝ちじゃん……」


 純一は火照りを感じていた。それはビールのアルコールによるものだけではなかった。熱い息をため息に換えて、彼はつぶやいた。

「そんな人たちのために、僕らは滅ぼされようとしているんですね。――あの、すみません。あと、もうひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「グモス大佐です。今、どうしているのかなって……」

「グモス?」とつぶやいて、将軍は表情を曇らせた。そして言った。「前衛軍の弁護士が動いて、一般の留置場に移されたと聞いている。防衛軍の営倉えいそうに現役の将校をぶち込まれては、前衛軍も面目丸つぶれだからな」

「留置場…… ですか?」

「普通なら、すぐに裁判が始まるはずだが、ヤツが死んだという噂もある。いずれにせよ、もうすぐ発表になるだろう」

「死んだ?」 純一は驚いた。身を乗り出して、「ほ、本当ですか?」と訊いた。

「ワシは検死官ではないからな。確かなことはわからない。だが、近いうちに何らかの発表があると聞いている。裁判を始めるくらいで、あの最高評議会がコメントを発表するものなのか、どうなのか……」 将軍は、そのあとの言葉を飲み込んだ。

「そ、そんな……」


「尤もヤツは、これまでに一度死んだと聞いている。船団からはぐれて宇宙をさまよったというが、発見されたのは、死亡認定が発表されたあとだったそうだ」

「それなら……」

「人の命など、宇宙では砂粒のようなものだ」と唐突に遮って、将軍はビールを口にした。

「砂粒……ですか?」と、違和感を覚えて純一は訊いた。「地球では、『人の命は地球より重い』って、いいますけど……」

 将軍は苦笑して言った。

「他者の命をそう思うなら素晴らしいことだ。同じくらい自分の命も大事だと思うなら、まっとうだ。だが問題は、それは単なる建前で、裏では『自分の命は惑星より重いが、他人の命は砂粒並』くらいにしか考えていない連中がいることだ。そういう信念は、矯正のしようがないから始末に負えん……」

「そういう人って、地球にも、いるかもですね……」

 将軍は笑った。

「今我々がいる銀河系には、恒星が一千億個ある。そんな銀河が、この宇宙にはさらに一千億ある――。おまえももっと飲め。いつ宇宙の元素に戻ってもおかしくない砂粒みたいな我らだからこそ、互いの存在と邂逅かいこう奇蹟きせきおそよろこび、こうして共にブレを酌み交わすのだ」

 軍人らしからぬことを言うと、純一は思った。存在することと出会いが奇蹟であり慶びだという。それを詩的と呼ぶのかポエムと切り捨てるべきかわからないが、しかしそれは、宇宙の危険と常に隣り合わせの、船乗りの言葉でもあった。『死ぬ時は一瞬』と言った、ジョンの何気ない言葉が頭をよぎる。そこからにじみ出て来るのは、宇宙に暮らす彼らの、独特の死生観だった。


 死んでしまえば、どこへ行くわけでもなく、後に何か残るわけでもない。これといった哀愁がそこにあるわけではなく、恐怖さえもそこにあるかは疑わしい。再び目覚めることがないという以外、入眠と何ら変らないのである。記憶を失った生体部品パーツとしての魂と、無限宇宙の真空にも似た「無」がそこに残るだけ。それ故に賢者の記憶(コピー)を置いてくのではあったが、彼らの意識の中では、生から見たその先が、喜びも苦しみも霧散した全くの無であることに変りないのだった。


 一度は生死の境に踏み込んでしまった純一だった。そんな彼だからこそ、宇宙の静寂の中で迎える死というものを、〈ひとつの終わり〉として、疑いもなく、あるがままに受け止めることが出来た。ここでは、命は砂粒ほどにも軽い。死は常に隣りにいて、ごく簡単に訪れる。だが、むしろそれゆえに、今ある生――生きるということ、生きているということ――が、かけがえのないいとおしいものでもあるのだ。彼の心の中で、砂の一粒一粒が、にじむように膨張を始めた。これといった形もないその像が無限に膨らんでゆくさまを、彼はほろ酔いの中、ただ黙って見つめていた。

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スターシップ・ドランカーズ(下)宇宙編 笹野 高行 @fair-wind

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