第17話命ノ価値

「ゼータ大丈夫ッ!?助けにきたよッッ!!」


 銃声の後にやってきたのはチキータの声で、彼女の到着は俺の救済が確約された証となった。何とか持ち堪えられたか…。ぶっちゃけアミーゴから言い付かった指令で一番難しいのが、俺が死なない事だった。このガキどもの振り切れっぷりを見ると、殺されててもおかしくなかったからな。

 チキータが放った弾丸はアツシの頬をかすめていたらしく、外車を転がす様な調子に乗った小学生を黙らせるには充分だった。浴びせられていたリンチが止んで辺りを見回すと、結構な大所帯で俺を助けにきてくれたのが分かった。ミケやムラマサに加えアミーゴもいる。素直に嬉しい気持ちと、心配かけた申し訳なさの二律背反を味わっていると、まだいくつかの影がある事に気付いた。その群衆の中にはヤブさんもいて、みんな白衣を纏っている。医療班なのだろうが怪我をしているのは俺一人なんだし、少し大げさじゃないかな。

 イマイチこの状況を飲み込めないでいると、未だガキどもに囲まれている俺の方へとミケが近寄ってきた。無防備に距離を詰める彼女が見過ごされるワケもなく、二人のガキがミケに牙を剥こうとしたが、それが彼女に届く事はなかった。一人はムラマサが持つ刀の柄の頭で、もう一人はチキータの拳銃のグリップエンドで、それぞれ後頭部を殴打されその場に伏せた。

 流石にマジモンの日本刀と弾が込められた銃を目の当たりにさせられちゃあ、反旗を翻すワケにもいかないだろう。そして容易に俺の所までやってきたミケは、何の説明もなしに注射器を取り出しては針を刺してきやがった。


「へっへ~。コレ何か分かる??ヘロインだよ~ッ」


 バカヤロウと声を大にして叫びたかったがドラッグの王様の即効性はバツグンで、それまで堪えていた痛みから俺を解放してくれた。まるで今にも垂れ落ちてしまいそうな水滴に包まれている感覚を覚えていると、後からヤブさんが駆けつけた。怪我の具合を診てくれるんだろう。痛みが引いて冷静さを取り戻し、俺自身も漸く自分の状態を確認する事ができた。よく見ると折れた左腕や右足の骨が皮膚を突き破って見えちゃってる。


「ありゃりゃ…、結構派手にやられちゃったね。腕の方は元に戻せるけど、右膝はかなりの工事が必要だね」


 ゾッとする話だが、ミケの打ってくれたヘロインのお陰か取り乱す事はなかった。ドロドロとした意識の中で周りの状況を確認すると、アミーゴが誰かと一緒にガキどもを吟味していた。見た事はないが、あの人も組織の人間だろう。オバサンみたいな恰好をした黒人の大男は、下まぶたをせり上げた卑猥な表情で三人のガキを選りすぐった。

 俺にも分からない事をヤツらが察せるワケがなく、にじり寄ってくる変態の黒人に為す術なくひっ捕らえられた。両手を後ろに縛り、頭にずた袋を被せた状態でガキ三人をワゴン車に詰め込むと、黒人は去っていった。


「おいッ!!あいつらをどうする気だよ、お前らッッ!!」


 仲間が拉致された事に怒りと疑問を隠せなかったアツシは、チキータに銃口を突き付けられながらも遺憾の意を表した。その声に応えたのもチキータで、彼女が話す内容は耳を覆いたくなる様なものだった。


「あの三人は売られるんだよ。ヘンタイ御用達のオークションがあってね、日本人の男子小学生なんて引く手数多だから、高値が付く。殺されるような事はないけど、死ぬまでヘンタイどものおもちゃになるの。死んだら死んだで、今度は死体にしか興奮しないヘンタイに売り飛ばされる…。気の毒だよね」


 そう言いつつも眉一つ動かさないチキータに腹が立ったのか、アツシは彼女に向かって襲いかかろうとした。だがそれは自分を苦しめるだけの浅はかな行動だった。ヤツの拳が届くはるか手前で引き金を引いていたチキータは、アツシの右膝を貫いた。

 奇しくも俺と同じ所を…、と思ったが違った。チキータさん、少しキレてらっしゃる。俺に怪我を負わせた事を怒ってくれてるんだ!だからあえて俺と同じ苦痛を…ッ。なんてかわいい子なんだ、チキータはッ!!


「大人しくしてて。こっちの仕事はまだ半分しか済んでないの。ジャマされるとうっかり殺しちゃうかもでしょ?わたしたちお金にならない殺しはしないの」


 年下の先輩にいじらしさと敬愛の限りを味わっていると、今度はヤブさんが残りのガキを吟味し出し、アツシ以外の三人のガキを選んだ。さっきの三人はルックスを重視していたが、次は体格の良さが決め手となっていた様だ。

 BLACK MARKETの面々とリーダーが撃たれた事実を前に、ヤツらは腰を抜かしてしまったのか、白衣姿の集団に取り押さえられてもガキどもは抵抗しなくなっていた。もしかしたらさっきの説明で殺される事はないと高を括り、正常バイアスが働いていたのかも知れない。死ぬよりも辛い事があるとも知らずに…。


「じゃあムラマサくん、お願いね」


 ヤブさんの号令を受けたムラマサは、商売道具の刀ではなく一本の牛刀を取り出した。ガキどもを捕えている医療班は、結束バンドでヤツらの両肘両膝の上辺りをきつく絞め上げている。それを見て、これから何が行われるかの予想は大体ついた。

 手始めの一人目に颯爽と近づいたムラマサは、何の躊躇いもなく肘の関節に牛刀を突き刺した。その瞬間、子供の声とは思えないほどの絶叫が轟いた。だがムラマサは気にも留めずに皮膚や筋肉、腱に深く切り込みを入れグルンと間接を回し、ものの数秒で腕一本を切り落とした。同じ事をもう三度繰り返し、一人のガキがダルマになるまで一分とかからなかった。

 ムラマサが二人目のガキに地獄の痛みを与えている最中、アツシがまた疑問を口にした。しかしさっきとは様子が違う。大粒の涙をながしながら絞り出した声は、二人目の絶叫にかき消されそうなほどか細かった。


「ね…、ねぇ……。なに…やってるの……??」


 膝の銃創を忘れてしまうくらい信じがたい光景を目の当たりにしたアツシの精神は、ほぼ崩壊していた。それにトドメを刺したのはまたもやチキータで、ヘンタイに売られていった先の三人の処遇がまだマシに思えるほどの絶望を語った。


「あれは実験体になるんだよ。この後、ちゃんとした医療施設で眼球とか声帯とかを切除して、意識はあるけど意思の疎通ができない状態で延命処置が続けられるの。『ジョニーは戦場へ行った』って映画知らない?そういう実験をしたがってる病院とか大学ってけっこうあるんだけど、そんな都合の良い怪我人なんていないでしょ?だからすっごく高く買ってくれるんだよ」


 チキータが言い終わる頃には三体のダルマが出来上がっていて、それぞれが救急車に詰められて何処かの病院やら大学やらに運ばれて行った。

 これで漸く我らBLACK MARKETの仕事は完了し、チキータもアツシに向けていた銃口を降ろした。事の顛末を拝見させてもらえた俺もストレッチャーで救急車に入れられた。チキータはそんな俺に付き添ってくれるのか、脇の座席を陣取ろうとした時、その場に残されていたアツシが大声で叫んだ。


「殺せぇぇッッ!!殺してくれぇぇッッ!!頼むから…ッ、殺してくれええぇぇッッ!!」


 救急車に乗り込もうとしていたチキータは一旦車から降り、アツシに駆け寄ると氷点下の眼差しで見下ろしながら囁いた。


「誰を殺してほしいの?」


「俺と…ッ、俺とアイツら全員…、殺してやってくれぇ……ッ」


 腐ってもそこはリーダー格なだけはあるなぁ。仲間のこれからを考えると、殺してもらった方が助かるもんな。だけど、そうは問屋が卸さない。殺しは慈善事業ではないのだ。


「だったらお金払って。七人だと大体5000万円。ロビーへの紹介くらいはしてあげるから」


 去り際に放ったチキータの言葉は、アツシの精神を完全に破壊した。

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BLACK MARKET 碑文谷14番 @AF13

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