第16話納得ノ痛ミ

 ガキどもから聞いた事の真相はこうだ。

 Flying Squirrelの中には、定食屋を営む祖母に育てられていたメンバーがいた。古くから近所の台所として繁盛していた定食屋だったが、時代の流れと共に客層も変わっていった。小さな町工場や商店は軒並み潰され、大きな企業の大きな工場が立ち並ぶ様になると、立地的に立ち退きを逃れられた定食屋を利用するのは専ら外国人となった。

 店主のおばあさんは時代や客層が変わろうとも、味と量と値段を変える様な事はしなかった。300円で腹一杯にしてやる、そう言って毎日毎日店を開けた。

 客の大半は近くにある自動車工場の従業員で、その殆どはタイやシンガポール、インドネシアなどの東南アジアからやってきた外国人労働者だった。決して多くはない給料を祖国の家族に仕送りする彼らにとって、おばあさんの定食屋は随分と重宝されていた。

 だが時は進み、企業の成長と共に労働者の賃金が増えると、外国人たちは横柄になっていった。この街の経済は自分たちが回していると増長してしまった彼らは、おばあさんにイチャモンを付ける様になった。やれ味が濃いだの薄いだの、飯が固いだの柔らかいだの、終いには金を払う価値はないと言って無銭飲食をする輩まで出てきた。その事を当のあばあさん以上に気に病んでいたFlying Squirrelのメンバーだった少年は、仲間と結託し正義の鉄槌を下す事にした。

 とは言っても中学生にできる事などたかが知れていて、理不尽なクレームを突き返したり、ちゃんと金を払う様に言い聞かせたりと、その程度のものだった。ところがある日、口論になった外国人の客と取っ組み合いになり、おばあさんが仲裁に入り事なきを得たかと思うと、その外国人は帰り際に店の暖簾にツバを吐き付けていった。それを見ていたFlying Squirrelの面々は、湧き上がる殺意を静める事が出来なかった。そして後日、その外国人を見つけて『犯行』に及んだそうだ。


「なるほどねぇ…。お前の兄ちゃんたちは自分らの正義を貫き通したってワケだ。でも、ちゃんと確認はしなきゃダメだって。殺されたのは全く関係ない別人だったみてぇだぞ」


 それを聞いたガキどもの動揺は大きかったが、気にせずその後のエピソードを伝えてやった。

 確かに東南アジア系の労働者に暴走族と揉めた人物はいたが、殺されたのが別人だったという事でコミュニティは激怒し、我が組織『BLACK MARKET』に族の殲滅を依頼した。たかが中学生の勘違いで人一人が殺されたとあっちゃ他の者に示しがつかないし、この街で築いてきたメンツに泥を塗られては立つ瀬がなくなるからだ。自分たちのプライドや食い扶持を守る為と、自分たちを脅かす存在を消す為に、彼らは一億という金を積んだ。

 正式な依頼として受諾したウチは一人の殺し屋を送り込み、一晩で…、というかものの数分でFlying Squirrelを皆殺しにした。丁度その頃、殺し屋になる様誘いを受けていた俺の顔を変えるべく、族の死体から一つ顔面を剥ぎ取った。俺の顔がタケシに似ているのはそのせいだ。


「あ、そうそう。俺が今乗ってるバイクな、海外に売り飛ばされるところを俺が買い取ったんだよ。顔とバイクの持ち主が同じだったのはただの偶然だ」


 タケシの弟は顔面蒼白の様子だったが、全員が俺の話を聞いているワケではなく、ガキの一人は俺の私物を漁っていた。そしてリュックサックの中から拳銃が出てきた事で俺の話に信憑性が増し、ガキどもの動揺はさらに大きいものとなっていった。

 それにしても、今日の仕事が簡単な依頼で助かった。女性一人殺すだけだったから、弾二発しか入れなかったし、ちゃんとそれを使い切った。余計な弾を持っていたら、この時点で俺に向けられていてもおかしくない。残る懸念はポケットに入ってるナイフだけど、これは気にしなくていっか。

 などと考えていると、猛烈な痛みと衝撃が俺の右膝を襲った。ガキの一人が金属バットをフルスイングしやがったのだ。俺はその場に倒れ込んだ。


「おいアツシぃッ!!こいつタケシくんじゃねぇんだろ!?もうやっちゃっていいよなァッ!!」


 ほう、タケシの弟はアツシというのか。やはりコイツがリーダーなんだな。いや、そんな事より膝がヤバい。グッチャグチャになってるんですが。ここから怒涛のリンチが始まるんだろうなぁ…。覚悟はしてたけど参ったな。まぁ聞く事は聞けたし、後の事はアミーゴに任せよう。


「アミーゴ!!事情は伝わったか!?ガキどもは全部で七匹だッ!!あとは頼んだッッ!!」


「こ…こいつケータイ繋いでやがるッ!仲間と連絡取ってたんだッ!」


 俺が叫んだ事でスピーカーフォンにしていたガラケーの存在がバレ、過剰に怒りを買ってしまった俺はアツシを除く六人に踏み付けにされた。中には鉄板の入ったブーツを履いているヤツもいて、何発かいいのを貰ってしまった。何本の骨が折れるのやら…。

 ストンピングを受け続けている俺は、痛みを堪える中である事に気付いた。コイツら、何故か顔だけは狙ってこない。中身は別人でも、面だけはタケシの物だ。そこだけは手を出さないのは、本当にタケシが慕われていた証拠なのだろう。さっきの話も、おばあさんの尊厳を守る為に及んだ凶行だった。危ない噂ばかりのFlying Squirrelも、一人一人は人情に溢れた良い子たちだったんじゃないかな。

 実際に手を下したのは俺ではないが、大好きな先輩たちの命を踏みにじった殺し屋という意味では、この子たちが俺に向ける悪意や憎悪にも納得ができるし、無抵抗の俺に容赦なく暴力を振るうこの子たちを非難する事は、殺し屋の俺にはできない。だってもっと酷い事してんだもん。


「あぁ…、そうか。だからチキータはイジメに耐えられるんだ……」


 小さく呟いた言葉が腕の骨を折られる音にかき消されたのと同時に、一発の銃声が響いた。

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