第15話仕事ノ後デ

「やべぇな…、こりゃやべぇ…」


 その日の仕事は割と簡単なものだった。客は金持ちのオヤジで、邪魔になった愛人を消して欲しいとの依頼を受け、市の端にあるマンションの一室で女性を一人殺しただけ。早々と仕事を終わらせ、アミーゴに業務連絡を入れた後、ミケからの着信があり、アジトに戻ったら収穫した大麻のトリミングを手伝ってくれと頼まれた。二つ返事で了承したが、殺しの反動を解消しようと都市高速の環状線をバイクでぶっ放そうと目論んだ。

 高速に入り、いつもの様に料金を払いながら『ETCがありゃぁな…』、なんて愚痴を漏らしたが、当然ガキの俺にはクレジットカードなど持てるはずもなく、このかったるい現金払いがこの先も続く事に落胆していた。

 時刻は夕暮れ時で、西日の差す高速道路は何台かの自動車がチラホラしている程度だった。口に放り込んだLSDがイイ感じに効いてきて、自然とアクセルを開ける右手に力が入った。ゴキゲンな幻覚と高揚感に入り浸っていると、後方から得も言えぬ違和感がゆっくりとその魔の手を伸ばしている事に気付いた。いや、気付くのが遅かったのかも知れない。俺は既に追われていたのだ。

 何かの勘違いかもと思い、法定速度を大幅にオーバーするスピードで振り切ろうとしたが、交通量の少ないこの状況では難しい。というか、振り切れないって事は完璧に俺に用があるって事だ。真っ先に今日の依頼を思い返したが、ターゲットは水商売をしている普通の女性だ。その関係者が報復に来るとは考え辛い。

 どうしたもんかと少し悩んだが、このまま追われ続けてアジトまで連れて行くワケにもいかないので、出来る限りのハイスピードで逃げるしかなかった。しかし追っ手は追跡を止める気配はない。これは俺一人でどうこう出来る問題ではないと判断し、ポケットのガラケーを操作した。

 バイクに跨りながら片手で何とか着信履歴を開き、すぐに発信ボタンを押した。直前の相手はミケのはずだ。メットに備えられたインカムから、呼び出し音が聞こえたかと思うと、すぐにミケは電話に出た。


《ゼータ?どしたの??早く来てよ。今日中に終わんないじゃん》


「ミケッ!!緊急事態だッ!なんかヘンな奴らに追われてるッ!!」


 取り急ぎ今の状況を掻い摘んで説明すると、ミケの声色が変わった。俺のピンチ具合を察してくれた様だ。彼女は俺の現在地を把握する為、『Nシステム』を利用するかの判断を俺に迫った。確かにそれを使えばリアルタイムで正確な位置を特定できる。だが、現在地が分かった所で手の打ち様がない事と、それ相応のコストがかかる事があり、一旦Nシステムの利用は取り止めた。

 運良くミケの近くにアミーゴがいたらしく、俺との通話を聞きつけた彼はミケと電話を変わった。


《ゼータ、オレダ。オ前ヲ追ッテル奴ノ車種ハ分カルカ?》


「ブタ鼻グリルのドイツ車、黒のセダンだッ!!ナンバーは、○○-○○!!」


 そう告げるとアミーゴは、筋モンや同業者の類ではないと断定した。そうなると心当たりになりそうなのは、『Flying Squirrel』関連だ。でも話じゃ、下の世代は小学生が中心なはず…。ガキが転がすにゃ身に余る車だが、この街は車社会の工業都市だ。何処で誰がどんな車に乗っていようが不思議はない。現に俺が乗ってるバイクも元は中坊が所有していた外車だし。

 そうこうしている内に事態は悪化してしまい、追っ手が増えやがった。計二台の車と一台のバイクに行く手を塞がれ、ついには環状線を逸れて市の西へと進路を強制された。これはマズい…。

 市の西は、俺が生まれる前から都市開発の皮切となっていて、殆ど住居はない。しかも開発は一時頓挫しているので、事業者や工事関係者もおらず誰の目も届かないアナーキー状態にある。そして市の北東に位置するアジトとは正反対の方角なので、どんなに早くアミーゴたちが動いてくれたとしても最低40分はかかる。

 そんな状況下の中、アミーゴは絶対に俺を助けると約束してくれた上で、いくつかのミッションを課した。まず、東南アジア系コミュニティとの諍いについて聞き出す事。人数を把握する事。独断で殺しをしない事。そして、増援が来るまで決して死なない事…。


「イイカ、連中ニ拘束サレタラ通話ヲ『スピーカーフォン』ニ切リ替エロ。絶対ニ電話ハ切ルナ」


 都市高速の端、『千音寺インター』で下りる様ガキどもに先導された俺は素直に従い、案内されるまま廃墟となった公共施設へと辿り着いた。おそらくはスポーツセンターか何かだ。賑わっていただろう過去の面影は一つもなく、割れたガラス、燃えたバイク、夥しいほどの血痕がこれから降りかかる近未来を暗示していた。

 愛車のエンジンを切り、ヘルメットを脱ぐ姿をガキどもに拝まれた俺は、シールド越しでは分からなかったヤツらの全貌を覗いた。案の定、明らかに俺より年下の連中だった。人数は七人か。


「本当にタケシくんそっくりだ……」


「でも、タケシくんじゃねぇ…ッ!!お前ッ、一体ナニモンなんだよッ!!」


 コイツらの憧れであるタケシのスキンを被っているワケなので似ているのは当たり前だが、それを踏まえても俺を『タケシではない』と言い切れる証拠があるらしかった。それは刺青だ。奴さんは両手の甲に自分の干支と星座のタトゥーを施していた様だ。だからタケシの弟は俺にした人違いをすぐに正せたのか。

 そのタケシの弟は、このグループのリーダー的存在で、怒りと悲しみを煮詰めた様な面で俺と対峙した。


「あんたがタケシ兄ちゃんじゃないのは分かった…。でも、なんであんたがタケシ兄ちゃんのバイクに乗ってやがるッ!!タケシ兄ちゃんたちはどこに行ったんだッ!!」


 まさかとは思ったが、コイツら兄貴連中が族丸ごと皆殺しにされた事を知らないみたいだ。いや、殺されたんじゃないかっていう憶測は立てていながら、それを認めたくないんだろう。不良じゃない俺でも知っているくらいのヤバいチームがケンカで負けるとか考えられないしな。それに親族であるなら、生きている可能性を捨てきれないはずだ。だからこそ、俺の解答には相当の価値がある。これをエサに情報を引き出すか…。


「答えてやってもいいが、先にお前らに聞かなきゃいけない事がある。俺の知りたい事を教えてくれるんなら、俺が答えられる事は何でも話してやるよ」


 俺はガラケーの通話がちゃんとスピーカーフォンになっているのを確認した。


「お前らの兄ちゃんたちが東南アジア系の労働者と揉めた原因はなんだ??」

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