伝説の殺し屋


 表通りでも戦いは激しいものとなった。

 送り込まれてきた『火葬屋』はA級が3人。B級が3人。C級が4人。

 全員、暗殺ギルドで見覚えのある顔だった。

 『火葬屋』とは、その正体を隠しているというより、殺し屋たちのなかに紛れ込んでいるものようだ。

 組織への反逆の意志を刈り取るために。


「アダム、アーティ……」


 石畳みのうえで、青い髪の少女が浅い息をたもっている。

 だが、じきに死ぬ。腹部の穴が致命傷だ。


「前に受付で会ったかな」

「はい……お会いしました……」

「そうか。やっぱり、マムのところにいたか」

「はい……」

「今回の依頼者はだれだ」

「……私は、プロですよ」

「そうだな」


 プロフェッショナルの口を割らせるのは不可能だ。

 情報を聞きだす方法はあるにはあるが、この子にはもう使えない。

 かなりの手練れだったので、必死に応戦した結果、殺してしまった。

 まあ、まだ生きてるが。


「狩り人がくる……息をひそめて、隠れないと……」

「……」

「アダム……アーティー、あなたは、ジェントルトンを殺すんですね……」

「ああ」

「そうですか……では、幸運を祈ります……わたしたちの、救世主……」


 少女は息絶えた。

 もう二度と目を覚ますことはないだろう。


 俺は見開いたままのまぶたを閉じてあげる。


 救世主か。

 彼女がなぜそんな言葉を選んだのか、想像はつく。すべての殺し屋たちの魂の解放を望んでいるのだろう。組織のくびきからの解放を。


「気が向いたら、助けてやる」


 俺は凄惨な現場となった表通りをあとにした。


 向かうのはシェフの担当した裏通りだ。

 気配を消して、すばやく移動する。


 やってくると、シェフへ杖を突きつける男の姿が見えた。

 俺は慌てて、されど完全に気配を消して『死神紳士』に背後からこっそり近づく。そして、一気にその首をとって、羽交い絞めにした。


「ぐうッ!? あ、アダム、アーティか……ッ!!」

「大正解」


 『死神紳士』は羽交い絞めにされた状態で、鋼鉄の弾丸を乱射してきた。

 こいつの能力も名前も知っている。俺のほかに3人いる『億の殺し屋』のひとりだし、俺よりも10年くらい先輩のベテランだ。


 だが、ある時から活動しなくなっていた。


「あんた『火葬屋』になってたとはな」


 俺は杖から放たれる弾丸を喰らわないようにしながら、首をへし折りにかかった。

 だが、俺の腕を『死神紳士』が押さえて、絶対に折らせまいと抵抗してくる。


 表通りの戦いで杖を失っていなければ撃ち殺して終わりだったのに。

 さっさと、首折らせろ。


「ぁァァアああ!」


 『死神紳士』は咆哮をあげながら、いきなり後ろへとさがりはじめた。俺はレストランの壁に思いきり背中から叩きつけられる。

 その衝撃でわずかに俺の拘束が緩んだ。

 彼は拘束を解かせるために、背後の俺へ、肘打ちをとっさに打ってきた。


 しかし──思ったより緩慢かんまんだ。


「っ」


 俺は肘を受け止め、代わりに腕をとって地面に背負い投げた。

 勢いよく叩きつけたところで、杖を持つ手を蹴って武装解除させれば、あとはいくらでも料理可能だ。

 俺はよろめく『死神紳士』の背後をとって、その首を再び絞めあげた。


「一応聞くが、あんたを送り込んだのはどこのどいつだ?」

「言う、か……ッ」

「『肉の王』か?」

「ぐぅうう!」

「『女皇』か? それとも『調教師』か? まさか『犯罪伯爵』か?」


 完全に極めた状態での尋問だ。

 いつでも首を折ることができる。


「アダム、俺は、プロだぞ……!」

「そうだな。それじゃあ、さよならだ」


 俺は『死神紳士』の首を折った。


「凄まじい……前よりも、なんというか、動きが……」

「勘が少し戻ってきたんだろ」


 シェフがあっけにとられた顔をしていた。


「行くぞ。殺すべきは『肉の王』だ」

「どうしてわかるのですか?」

「首を押さえてた。呼吸と脈を確かめるためだ。耳の動きも見てた。どんなに訓練された人間でも、危機的状況下だと生理的な隙が生まれる。質問によって隙をあぶりだすことは可能だ」


 俺はそれだけ言って、『死神紳士』の杖を拾う。さらに死体をあさって、杖をもう一本手に入れた。これで十分戦える。


 俺は立ち並ぶ馬車からおりてくる黒服の男たちを見やる。


「あとは雑魚だけだ。手早くいくぞ」



 ────



 その日『肉の王』が死んだ。


 絶対無敵と思われていた最恐の上席幹部を殺したのがだれなのか、裏社会の注目があつまっていた。

 すぐに噂は広まった。様々な情報屋が総力をあげて調査した結果、ありえない殺しを成し遂げた最高にイカれた殺し屋の正体が判明した。


「やっぱり、アダム・アーティだ!」

「あいつはやると思ってた」

「ジェントルトンの重鎮だろうと、『狩り人』の怒りに触れれば、一晩で殺されちまう」

「すべての殺し屋の希望のようなだな」

「もう殺し屋が組織に飼われる時代もおしまいかもな」


 『ハンターズオアシス』の地下カジノは伝説の殺し屋の話で大盛りあがりだった。


 『死の料理人』シェフは、いつものコックコートを脱ぎ、白いバロックコートを身に着けてこの地下カジノへとやってきていた。


 彼は奥のこじんまりとした席に座る老人のもとへ向かう。

 彫りの深い顔つきの背の低い男だ。深紅のスーツを着ている。


 彼はシェフに気がつくと、にこやかに微笑んだ。


「やあ、シェフくん」

「ミスター・ゴフテッド、お久しぶりです」

「今日は君に頼みがあって呼んだ。来てくれて嬉しいよ」

「あなたは依頼をする時しか私を呼びません。そして、他人に時間を無駄にさせない」

「私をよくわかっている。では、さっそく、これを見てくれるかね」


 シェフは黒い封筒を渡されて、目を細めた。


「”クライアント”からだ。マーキュリーくんが動けないそうだから、君に頼むことにしたらしい」


 シェフとマーキュリーはかねてより、このゴフテッドという男から黒い封筒と、任務の支持を受けていた。以前、依頼を受けた時は、暗殺ギルドの外であった。


「あなたがそのクライアントなのでは?」


 シェフは踏み込んで、穏やかな顔のまま冗談めかして言う。


「どうだろうか。クライアントはその質問が来たらノーコメメントをするよう私に言っているんだよ。残念だが答えることはできない」

「なら構いません。して、今回はどのような依頼を? 私が好き嫌いをすることはご存じでしょう?」

「もちろんだとも。だから、君が受ける仕事をもってきた」


 シェフは封筒を開けようとする。


「ところで、シェフくん、アダム・アーティはどういう男だと思う?」

「突然ですね」

「そうでもないさ」


 ゴフテッドは聡明そうな光を宿す瞳を遠くへやる。

 シェフがその視線をおいかけると、大きな掲示板がみえた。


 張りだされているのは、死の公募だ。

 

「また誰かが公募枠を買ったのですか?」


 シェフはたずねる。

 ゴフテッドは苦笑いまじりに首を横に振る。


「あれは正真正銘、本当の死の公募だよ」

「……」


 死の公募には懸賞金と、殺害対象が書かれている。


『アダム・アーティ 16億7,000万マニー』


 報酬額は現在進行形であがり続けている。


「サウスランド・ジェントルトン『犯罪伯爵』直々の依頼だ。暗殺ギルドはアダム・アーティを本ギルドから除籍、殺害を決定した」

「『肉の王』を殺したからですね」

「ああ。上席幹部を殺すのはちとやりすぎた」


 シェフはどこか楽しげに笑っている。

 ゴフテッドも深くしわをつくって笑みをうかべる。


「殺せるとお思いですか、カジノ支配人」

「私の立場から言わせてもらえば、暗殺ギルドが総力をあげて殺せない存在などいはしない。たとえ、遥か遠国の王族でも殺せる」

「しかし、例外はあるでしょう。たとえば、『狩り人』とか」

「さてな」

「ミスター・アーティはあなたを殺しに来ますよ」

「だろうね。だから、私もそろそろ隠れ家へ引きこもらなくては」

「どこにいようと、必ず、死の足音が近づいてくる。彼が狩られる側にまわることはありえません」

「そんなに彼を信頼しているのか?」

「いいえ。これは崇拝です」

「殺しへの羨望かね」

「いいえ。すべての殺し屋が殺害行為にいだくある種の信仰心。その対象は死神、災害、戦争、いろいろあるでしょう。『狩り人』もまたその中にいるというだけですよ」

「素晴らしい。彼は殺しのイコンとなったのか。だとすれば、私も安心して逝ける」

「……『犯罪伯爵』、どうしてアダム・アーティに接触したのですか」

「君はあくまで私が闇の帝王だと思っているのかね」

「きっと、生きて会うのはこれで最後なのでしょう。すこしくらい、あなたのことを知って記憶に残しておきたいものです」

「その言い方をされると、私も誰かの記憶に残りたくなってしまう。……私は彼とそれなりに付き合いがある。信じられないかもしれないが、『犯罪伯爵』と呼ばれた男は、正義をもとめた結果、闇の帝王になったんだ」

「わかりませんね。そこまで方向性を違えることがあるのでしょうか」

「これは汚濁を飲み干す覚悟をした者にしかわかんことだよ。だから、きっと『犯罪伯爵』も待っていたんだろう。この死の公募を通してなお、彼が生きていたとしたら、それはもう紛れもなく絶対の存在だ。闇の帝王は弱い。彼は1000人殺して、5000人を救う算数しかできない。アダム・アーティには、帝王にできなかったことができる」

「……そうですか」

「満足してくれたかな?」

「はい、十分です。それでは、さようなら、ミスター・ゴフテッド。本当にお疲れ様でした」

「ははは。私が生き残る可能性もあるだろうに」


 立ち去ろうとしたシェフは、ふりかえってゴフテッドの目を見据える。

 

「いいえ。彼は必ずあなたを殺しにきます」


 シェフはそう告げると、穏やかな笑みをつくった。















         ~Fin~











 ───────────────────────────────


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 ファンタスティックです


 この作品を読んでくださった読者の方々ありがとうございました。

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【完結】 無能として追放された盗賊、実は最強の殺し屋でした ファンタスティック小説家 @ytki0920

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