『炎の男』と『死神紳士』


 静まり返った夜の闇に紛れるようにして、馬車がレストランの裏通りを見渡せる路地にひっそりと停車している。


 馬車には殺し屋が乗っていた。

 それもひとりではない。


 ある馬車のなかでは、沈黙を約束しあったかのようなが静謐が場を支配していた。

 

「『死神紳士』さんはどう思いますか、この獲物たち」


 沈黙を破るようにその者は口を開いた。

 紅いバロックコートにに身を包むオールバックの男。

 一見して貴族の端くれか、美術品をあつかう高級商人にも思える風貌だ。


 その正体は『炎の男』として恐れられる殺し屋だ。

 暗殺ギルド内でA級の殺し屋として、非常に高い評価を受けている。

 

 暗殺ギルド『ハンターズ』には3つの等級がある。

 

 A級『一流の殺し屋』

 B級『腕利きの殺し屋』

 C級『殺し屋』


 等級が高いほど難しい依頼がはいってくる。

 同時に獲得できる報酬も法外になる。


 殺し屋になるだけでも、卓越した能力が求められる世界で、A級にのぼつめるのは容易なことではない。


「相手は『死の料理人』……C級の殺し屋です。これだけなら脅威ではないでしょう」

「そうかな」


 『炎の男』に疑問をなげかけるのは『死神紳士』だ。

 彼はゆったりと椅子にもたれ、足を組んで窓の外をながめている。


「油断はしないほうがいい。猫だってネズミに噛まれる」

「そうですね。ただ冷徹に、全力で死を提供する。それが殺し屋の仕事」

 

 2人が話していると、レストランの裏口が開いた。

 出てきたのは白い縦長のコック帽をかぶった二枚目男だ。


「あれがシェフ、だろうな」

「アダム・アーティはまだ中ですかね」

「手に武器をもっている。準備完了と言うわけだ」


 『死神紳士』は薄く笑う。


 2人の殺し屋は馬車から降りた。


 シェフはすばやく視線をむける。


 こうして向かい合った以上、殺し屋たちの戦いに言葉は必要ない。


 『炎の男』は駆け出した。

 石畳みに跡が残るほどの踏切だ。

 一瞬でシェフとの間合いをつめる。

 同時に、彼の手が真っ赤に燃えていた。

 常識を越えた現象だった。特異な魔力の使い方である。


 シェフは息を短くはきすて、マチェーテをコンパクトに水平に振った。

 

 『炎の男』はのけぞりかわすと、バネのように跳ね返る勢いで姿勢をもどした。

 腹筋の筋力だけで体をもどしたのだ。驚異的である。


「ぐッ!」


 煉獄の拳がシェフを打つ。

 マチェーテを振ったあとは隙だらけだった。


 が、彼も『死の料理人』として恐れられる殺し屋だ。

 すんでんのところで、赤熱をのびる拳と、自身の体のあいだにマチェーテの刀身をはさんでガードしていた。


 体が浮き上がるほどの衝撃に、シェフは苦笑いする。


 実力差は見る者には圧倒的だった。

 A級の殺し屋に、C級のザコが敵う訳もない。


「思ったより、強いのがきましたね……表の方が正解でしたか」


 シェフは表通りと、裏通りの担当を決める時、裏通りを選んだ。

 理由は単純。馬車の数が少ないほうを選んだんだ。

 アダム・アーティより、自分がはるかに弱いなんてわかりきっていたから。


 『炎の男』は鍛え上げられた鋼の肉体と、体術、煉獄の両手という特殊な武器でシェフを追い詰める。


 ふと、シェフは地を蹴って大きく距離をとった。

 

 『炎の男』は目を見張った。


 シェフのコックコート下から合計16本もの分厚い刃のマチェーテが出てきたのだから。彼はそれを地面の上に捨てていく。地面に捨てられるたびに、ちいさな地震が起きている気がした。裏通りに金属音が響き渡る。


 シェフの体はいま過剰な武装による重みから解放された。

 マチェーテ16本、その重量は実に80キロにも達する。


「面白い」


 『炎の男』は再度、驚異的な一足飛びでシェフに接近する。

 シェフは水平にマチェーテを振って応じる。

 最初とおなじように、『炎の男』はのけぞってそれをかわした。

 

 が、次の瞬間。

 

 『炎の男』の顔面はシェフの靴底に潰されていた。舗装された道にめりこむほどのスタンピングパワーで。

 

「殺し屋のサンドウィッチですね」


 頭を地面と挟まれたその隙に、シェフは紅いバロックコートのボタンを破壊するように、マチェーテで3回ほど殴りつけた。

 

 重厚な刃が内臓を破裂させていた。

 最初の一発で威力的に十分死んでいる。

 あとの二発は保険だ。


「では、お待ちのお客さま、お席へどうぞ」


 血にまみれたシェフの誘いで『死神紳士』は前へでる。

 コックコートはいまや牛を解体したあとのように真っ赤にそまっていた。

 

「その実力があってなぜA級にあがらない」

「私は自由にやるのがすきなのですよ」

「A級になれば、湯水のような金で自由に生きられると思うが」

「望まぬ殺しで稼いだ金でですか。汚物のような人間を糧に生きるのは構いません。ですが、暗殺ギルドには殺しの対象より、依頼主の方が死ぬべきシーンが多すぎます」

「それが殺し屋だ。組織に飼われるということだ」


 成人して自分から高額な報酬を求めて『殺し屋』になるのは全体の10%しかいない。

 ほとんどは、幼少期からそうあれと育てられてきた者たちだ。

 そんな者たちに犯罪組織の連中は汚い仕事をすべて押し付けている。

 

「あなたは自分で選びましたか」

「選ぶ必要はない。殺し屋は道具だ」


 『死神紳士』は腰裏から杖をとりだし短く構えた。

 25cmの杖身の小杖だ。

 シェフは悟る。こいつはアダムと同じスタイルの殺し屋だ。


 ガンッと金属音がして、火花が散った。


 シェフが『死神紳士』からの魔法攻撃を弾いたのだ。

 素晴らしい反応速度を見せたシェフ。しかし、彼の顔には冷汗がにじんでいた。


 穴が空いていた。マチェーテに。


 厚さ13mmの刀身なのですが……。


 動揺している時間などなかった。

 次の瞬間には、シェフは連射される弾丸に耐えねばならなかった。

 土属性式魔術によって生み出された金属の弾丸。その威力は、シェフのマチェーテを確実に削っていった。

 

 シェフが代わりのマチェーテを拾おうと、地面へ意識をむけた。

 が、刹那の意識の乱れを『死神紳士』は見逃さなかった。

 

 素早く間合いをつめて、シェフの腕を取る。

 シェフが抵抗しようするが、あっけなく投げられていた。柔術だ。


 地面に叩きつけられて隙が生まれたところへ、金属の弾丸がシェフの左胸を撃ち抜いた。


「ぐ、ぅぅう……!」


 さらに立ち上がろうとする右足と、右肩へも一発ずつ素早く弾が撃ちこまれる。


 ありえない強さだ……もしかして、この男は……。


「あなた……『億の殺し屋』ですか……」

「そうだ。相手が悪かったな。お前も相当に熟達した戦士だったよ」

「……そうですか、ありがとうございます」


 シェフは自嘲気に笑った。


 マーキュリーすみません。

 あなたを守ってあげられませんでした。


 親戚の皆さま申し訳ない。

 我が一族の天才を守れませんでした。

 

 シェフの頭に杖がつきつけられる。


「あんた億の殺し屋なのか。だったら俺と遊んでくれよ」

「っ」


 『死神紳士』は、背後から聞こえた声にとっさにふりかえった。

  が、振り返らせてもらえなかった。『死神紳士』背後から首をしめられていた。


「ミスター……アーティ、ちょっと遅いですよ……」


 シェフはそんな悪態をつくながら、思わずホッと息を吐いていた。

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