協力者


 静かな夜に、激震が走っていた。


「ジェントルトンに逆らって生き残れる者はいない」

「ああ。クラッツィオ、それでいいんだよ」

 

 納屋へ突入してきた怪物。 

 それは黄色くとけた人体をいくつも折り重ねて生まれた醜き四足獣だった。

 到底この世で自然発生する生命体ではない。


 クラッツィオの古巣にて生み出された禁忌の怪物だ。


「その男を殺せ、ケルベロス」

「ぐじゅるるるるるるるる」


 醜き怪物ケルベロスが襲い掛かってくる。

 俺は杖をすばやく抜き打ちして、三つの首にそれぞれ一発ずつ風の弾丸をお見舞いした。

 ケルベロスの動きが鈍る。

 

「不死鳥の魂よ、炎熱の形を与えたまへ、我が敵を焼き尽くしたまへ──≪アルト・ファイナ≫」


 第二式の強力な業火が槍のように発射される。

 ケルベロスの胴体に穴が空き、納屋の壁も吹き飛んだ。


 その衝撃で納屋が崩れはじめる。


 倒壊がおさまり、舞い散った埃が晴れる。


 そこには、右肩からさきを瓦礫につぶされたクラッツィオの姿があった。


「アダム……お前の幸運を祈ってる……」


 俺はクラッツィオの顔の近くの瓦礫に、高級ポーションを隠すように置いておく。


 クラッツィオをジェントルトンの裏切り者にするわけにはいかない。

 そんなことをすれば、彼もまた殺される。

 だから、あくまでも俺に馬をわたすよう脅され、それを断り、俺と戦ったあげく敗北し、逃走されたというシナリオでなければならない。中途半端な手ではジェントルトンを欺けない。


 だから、彼には片腕を犠牲にしてもらった。



 ────


 

 サウスランド牧場をあとにした俺は、シェフのレストランへ赴いていた。

 事務所のような部屋へ足をふみいれる。


「おや、これはこれはミスター・アーティ。なにか御用ですか?」

「マーキュリーがジェントルトンに襲われた」


 俺はシェフにことの経緯を説明した。

 俺の話を聞いて彼がなにをするのかは自由だ。

 だが、これで『殺し屋』であり、暗殺ギルドに加盟しているシェフは、俺を敵として排除しなければいけなくなった。


「シェフ、お前じゃ俺を殺せない。すぐにマーキュリーのところへいけ」

「その必要はありません。私もジェントルトンと戦いましょう」

「……正気か?」

「あなたのほうこそ」

「俺が引いても、ジェントルトンの方は追いかけてくる。俺は戦うしか残されてないんだ。だが、お前は違うだろう」


 シェフは愉快そうに笑みをうかべる。


「実は、私はですね、マーキュリーの叔父なのですよ」

「……似てないな」

「ええ、いろいろ複雑でしてね。生家は魔術王国の貴族ですが、いろいろ嫌になってしまいましてね」

「いろいろ嫌になって殺し屋になるやつなんているのかよ」

「殺し屋は本業じゃありません。言ったでしょう、私はシェフです」


 たしかに、貴族の子息が料理人を目指すのは難しいかもしれない。


「殺し屋の身分は、気に入らないやつを殺すための手段ですよ。『死の料理人』は殺すに値する者を選んで依頼を厳選してます」

「ギルドからの評価は低そうだな」

「ええ。その分、安い報酬しかもらえませんが、別にクレジットを稼ぎたいわけじゃありません。私は自分の信念を通すためにやってるんです」


 透明感のある瞳が、真摯に俺を見つめてくる。


「特にこの町、いや、この地方近辺は腐った卵でつくったフレンチトーストのようにぐちゃぐちゃに汚れきっています」


 それフレンチトーストに風評被害いってませんか。大丈夫ですか。


「いいだろう。お前を信用してるわけじゃないが、手伝ってくれるなら断りはしない」

「増援と言う意味でいうなら、ジェネラウスファミリーに助けをもとめては? 彼らは攻撃された側です。ジェントルトンとの戦いに協力してくれるやもしれませんよ」

「しないよ。あそこにのボスには何人か子供がいた。クレアの姉妹兄弟だ。だから、彼女のためにジェントルトンに歯向かいはしない。ジェントルトンと戦うということは100年続いたファミリーを終わらせる覚悟をするということだ」


 スノーザランドとジェネラウスは抗争状態だったという。


 おそらくそこまではベイブの計画通りだった。あのアルとドットとかいう伏兵をジェネラウスファミリーに送りこみ、クレアを使って抗争の火種をまいた。本来なら下っ端たちに罪をかぶせてクレアを殺すつもりだったのだろう。だが、俺が助けたから話が変わった。


 ベイブは計画の変更を余儀なくされた。

 別の手で、どうにか抗争を本格的なものにしたかった。

 

 きっと、そこでジェントルトンが出しゃばってきたんだ。

 つい先日、俺という殺し屋にみすみす息子を殺されてるベイブだ。ジェントルトンからの要請を断れるとは思えない。


 ベイブはまたもや計画を修正したんだ。


 ジェントルトンの依頼「『狩り人』の抹殺」と、スノーザランドの思惑「ジェネラウスとの抗争本格化」とを組み合わせて、俺をおびきだした。

 俺がクレアに構っている間なら、隙ができるとでも考えたのだろう。まあ、その手は正解だった。あやうく死ぬところだったし。


「ジェネラウスはどこまで認知してるんだろうな。大マフィアとの抗争なんて、より弱い側のマフィアになんの得もない」

「でしょうね。おそらくはジェネラウスは沈黙を選ばざる負えなくなったのです。なんたって、ジェントルトンから『娘を犠牲にしろ』と”お告げ”があったわけですから」


 であるならば、やはり、ジェネラウスに助けを求めることはできない。

 まあいい。もとより、手を借りようなんて思ってない。


「ジェントルトンを倒す算段はあるので?」

「ああ。直接の依頼者を殺す。巨大な組織だ。一枚岩じゃない。俺を殺すことは、ジェントルトンの意志かもしれないが、ジェントルトンの意志を代行するやつはいる」

「それは誰ですか?」

「おそらく幹部6人の誰か……あるいは『犯罪伯爵』、この7人のうちに『火葬屋』を動かしたやつがいる」

「大物すぎやしませんかね。全員を直接相手にするのは、ひとりで戦争をはじめるようなものです。正確に犯人を突き止める必要があるでしょう」

「そんな必要はない」

「なぜですか?」

「面倒だったら全員殺せばいいんだ」

「ああ、それはとても良いアイディアですね。頭脳明晰な作戦に感動しました。殺し屋引退を宣言していた者の言葉と思えません。その怒り……自分のためではないですね」

「詮索は嫌いだ」

「失礼しました──おや?」


 シェフは机のうえへ視線をむけた。

 『遠方からの呼び声』が開いた状態で置いてあった。

 何も書かれていない古びた羊皮紙に、赤く焼きつくように文字が刻まれる。


「私の仲間からの連絡ですね。どうやら、ジェントルトンの馬車がこのレストランの表と裏にとまっているらしいです」

「何台だ」

「表に7台。裏に3台のようですね。ミスター・アーティ、尾行されましたか?」

「いいや、されてない。まだ突入してこないことを考えれば、可能性のある場所に手下を張らせてるんだろう。ただ、数が多いな。ここが本命だと思われている可能性が高い。殺し屋専門の殺し屋が複数人来てるだろうな」

「なるほど。では、私は立派にあなたの関係者だと判断され、敵だと思われていると。さすがはジェントルトン、すべてお見通しと言わんばかりの先見性です」

「悪いな。迷惑かけて」

「いえ。まったく気にしていません。ですが、乗り込まれると困りますね。店がめちゃくちゃになってしまいます」

 

 シェフはコックコートを翻す。

 分厚い刃のマチェーテが二振りでてきた。

 重みをたしかめるように、柄をしっかり握りこんでいる。


「では、参りましょうか。パーティの時間です」


 俺たちは星空のもとへ、颯爽と躍りでた。

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