8枚目:Something Four

─Something old, something new,


歌うように囁きながら、若い娘が花を摘んでいる。瑞々しいそれはまだ朝露を含んで、切り取られてなお鮮やかに咲き誇る。


─something borrowed, something blew,


一通り摘み終えたらしく屈めていた腰を伸ばし、娘は伸びをした。さらりと流れる淡い金髪が朝日を受けて煌めいている。


─and a sixpence in her shoe.


やがて軽いスカートの裾を翻し、彼女は花園から去っていった。






 娘は花籠を手に駆けてゆく。明るい表情で、頬は赤く上気させて。やがて一軒の家が近づいてきて、彼女はそこへ飛び込んだ。家の中は朝日が入り込んで、蠟燭ろうそくを灯さずとも明るく照らされている。忙しなくテーブルに籠を置いて、その前に座った彼女は早速籠から花を取り出した。


 籠いっぱいに摘まれたのはデルフィニウムという青い花。幾重にも重なる花弁が豪華な雰囲気を醸し出すその花はブーケにも使われる。鈴なりに花が咲くそれを、娘は迷わず編んで何かを作り上げていく。編むことができる茎の部分がかなり下のため、編まれたそれは外へ広がりふわふわと形が良くわからない。娘の腕の半分くらいまで編むと、今度はそれをくるりと端同士繋げて輪っかを作った。何かの細い蔓をまた籠から取り出すと、自由に内外へ跳ねる花たちの間を縫うように巻き付けて形を整えていく。最後に2輪だけ黄色のガーベラを挿すと、娘は満足そうにそれを掲げた。


 出来上がったのはデルフィニウムの花冠。何度か回し見て大きさを確認すると、花冠を机に置いた娘はその場を離れた。花に誘われたらしい蜜蜂が、一匹家の中へ迷い込んでくる。静かな家の中でその羽音はよくわかるが、娘は気にも留めずに支度を始めた。

 

 クローゼットから美しい白のドレスを引っ張り出して、慣れないらしく試行錯誤しながらそれを纏うと一息つく間もなくドレッサーに向かう。まだ作ったばかりの真っ赤な口紅で唇を染め、引き出しから見たこともない意匠が刻まれた箱を取り出してその中身を取り出す。それは宝石の耳飾りで、蓋の裏には女性の名前が書かれている。しかしそれは彼女の名前ではない。大事そうに、慎重に、その耳飾りを付けた彼女は鏡に向かって微笑んだ。机の上に放置された花冠を被り、その隣に畳まれている薄い布を被ると端を少し引っ張って整えた。布の置かれていた場所には手紙が残され、差出人はまた別の女性の名前。宛名には名前ではなく『古い親友へ』と流れるように書かれている。中の手紙が広げられ、そこにはこの様に綴られていた。


『貴方にこれを”貸して”あげる。上手くいくことを願っているわ。』






 支度を終えた娘はその姿のまま家を出た。靴は不釣り合いな黒、持ち物も無くヴェールをはためかせながら森へ向かった。その方向は、今朝彼女がデルフィニウムを摘みに行った場所と同じ。


 森の中は鬱蒼としていたが、今日は天気が良い分日差しが強く、スポットライトの様に木漏れ日が降り注いでいる。彼女は迷うことなく道なき道を進んでいく。真っ白なドレスとヴェール、それに隠されてけぶった青の花冠がその中で良く目立つ。木々の間から覗く動物たちはそれを不思議そうに見つめて、しかし一瞬で興味を失くしたようにその場を離れていく。


古い耳飾り。

新しい口紅。

借りたヴェール。

青の花冠。

黒い靴の中には5ペンスの銀貨。

これらを身に着けた彼女がたどり着いたのは初めの花畑。その奥に進むと、一つの石でできた墓標があった。そこには男性の名前。それを慈しむ様に見つめた娘は、その白い手で墓標を撫でる。


─おまたせ。漸く、支度が出来たのよ。


そう言うと、娘はその場に座り込んだ。そのまま墓標に寄りかかり、目を閉じる。一陣の風が駆け抜け、青の花弁が舞い上がるそこには、先程までいた娘の姿は跡形もなかった。あとに残ったものは、白いドレスと黒い靴のみだった。

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絵が囁く物語 こんききょう @Konkikyou098

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