やや下世話な語りで送る本格的な異世界サバイバル巨編


導入部である序章こそ、漫画みたいな日常感ない濃いキャラや背景で、異世界転移追放もののテンプレ展開をなぞる微妙な立ち上がり。
おそらくは、常人離れした根性を持つ主人公の個性を、ひと目で特別とわかる強めの主人公属性と比することでモブ的に埋没させる仕掛けと思われるのだが、少々ご都合的なものを感じるのは否めない。
しかし、そこをぱっぱと乗り切れば、異世界の自然と戦い征服するために知力体力を尽くす、心躍る異世界サバイバルが始まります。
そこからがこの作品の本番。そこまで来たらそれまでの展開は一度記憶から放り出していいかな?と思います。あるいは、最初から序章は飛ばし、気になったら後で読むというのもいいかも?


そうして始まったサバイバル生活で逞しく成長した後に旅立ち、現地の文明に出会い交わっていくが、そこにあったのは魔物が跋扈し、割拠した小国が興亡を繰り広げる物騒な世の中。人情もあるが隙を見せれば牙を剥く世知辛い人の世界で、寄る辺もなく頼れるものは己の力のみという状況。
主人公は、サバイバルの日々でさらに鍛え上げた根性と、偶然出会い必死で手繰り寄せた奇跡を元手に、たった一人でも野蛮な世界を生き抜くための体力、武力、知識、資力を、過酷な鍛錬や苛烈な冒険を通して積み上げて行きます。
この作品はそこを描く緩急の塩梅がとても上手い。
主人公は人並みの欲も情もあるが、別に命懸けの冒険や奉仕に酔う英雄気質などなく、功利的かつ保身的な思考によって安全マージンを取った行動を選んでいる(時折、アホなノリで危ういこともするがw)。その判断の確かさは計画性が物を言う鍛錬の成果に現れてるのだが、冒険の方では、意に反して巡り合わせの不運によって、生死の狭間を苦しみ彷徨い、死神の鎌を搔いくぐるような恐ろしい苦難の道行きを強いられ、退屈させない。
強さのリアリティを支える地道な鍛錬と、その成果を否応なく発揮させ、さらなる深化をせざる得ない過激な冒険行の組み合わせの妙が、実に素晴らしい。


さて、こう書くと、なんだか読むのを躊躇してしまう重くハードな物語のようにも受け取れますが、そこはそれ、このレビューのタイトル冒頭にある「下世話な語り」が効いてきます。
主人公は体育会系で下半身健全な現代のオスガキなのです。
そう、ひと昔前にどこぞの大学のラグビー部が神社のバイトを下半身を晒す格好でやって、けしからん!と叩かれましたが、そういう笑えるアホなことを勢いでやってしまうような人種なのですw
シモから時事からネットミームまで軽妙なネタトークや不謹慎思考を一人称の語りにブチ込み、時に自らエキセントリックな行動を取り、重苦しい空気など存在し続けさせません。
もちろん、神妙で涙を誘うシリアスシーンもありますが、生きて行くためにはそうすることが必要なのだと示すがごとく、いつまでも浸ることなど許さないのです。
その辺りのバランスもまた絶妙で評価できるところです。


最後に、登場人物について軽く触れますが、この作品ではモブ的な存在であっても個性を与えられ、世界に確かに無数の人が蔓延り息づいていることを感じさせます。
特に、主人公と関わる人物には、ひたすら有能そのものな人物や、行動が何から何まで糞舐めててぶん殴りたくなるやつ(実際、鉄拳制裁してるw)から、恐るべきPTSD製造機まで、実に多岐に渡り味のある人物が揃っていて、築かれた人脈がいずれまた物語の盛り上げに一役買ってくれる期待感を持たせてくれます。


ちょっと長々しく語り過ぎた感がありますが、それだけ見所いっぱいであるということで、今後にも大いに期待できる良作中の良作と評価しております。

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