第7話 今だけのステージ

 会場に近づくにつれ、人通りも多くなってきた。道の脇に立ち並ぶ屋台も徐々に増えてくる。


 人をかき分けながら、イベントステージに向かって進み続ける。



 ステージの上では、私たちの出番のひとつ前のグループが演奏していた。

 よかった。間に合ったみたいだ。


 胸を撫で下ろすと、すぐさまステージ裏に向かう。

 そこにはいつものみんながいた。


「え、優衣?!」


 一番に詩音が私に気づき、その声で他のメンバーも振り向く。


「優衣じゃん!」

「どうしたの?!」

「今日模試だったんじゃ?!」


 みんなのもとへ駆け寄る。久しぶりにあんなに走ったので、酷く息切れしていた。


「模試……抜け出してきた……」


 4人は、えっ!と目を丸くした。


「あの真面目な優衣が、まさかのサボり?!」

「うん……やっぱりみんなと……バンドしたくって……」


 呼吸を整える。


「一緒に……ステージに出てもいいかな……?」

「いいに決まってんじゃん!」


 4人は声を揃えて言った。


「でも私、ギター練習してないんだよね……」

「優衣、ボーカルだけだったらできる?」


 詩音が尋ねてくる。歌詞ならスコアをもらった時から何度も何度も読み返していた。一言一句しっかり覚えている。


「歌うだけならなんとか……」

「よし、じゃあ今日はボーカルだけお願い!優衣の分のギターは私がなんとかする!」

「わ、わかった。ありがとう!」

「詩音よかったね〜、優衣が歌ってくれて」

「練習の時やばかったもんね」

「そうそう、『ギター弾くのと歌うの同時にできない〜!』って」


 そう言って笑う3人に詩音は「だって難しいんだもん」と頬を膨らませる。




 観客席から拍手や歓声が聞こえた。どうやら、前のグループのステージが終わったらしい。次はいよいよ私たちの番だ。


 いざとなると胸がドキドキしてきた。身体中の筋肉が硬直し、喉の奥も狭まったように感じられる。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると、詩音に呼ばれた。


「優衣、円陣するよ」


 ライブをする前に、5人で円陣を組んで気合を入れるのは恒例行事だった。

 私も輪の中に加わる。


 久しぶりに直に触れたメンバーの温かさに、涙が溢れそうになる。またここに戻って来られたんだと実感した。


「優衣、今から本番だよ?泣くのは終わってからにしなよ」

「ごめんっ……ていうか、みんなも泣いてるじゃん……」


 4人も目を赤くして、鼻をグスグスと鳴らしていた。みんな涙を溢さないようにするのに必死で言葉が出てこない。


 そんな中、詩音が「あ〜っ!」と目を擦って声を上げた。


「みんな、この夏祭りにこのメンバーで出られるのも最後なんだよ!今日限りなんだから楽しもう!だから早く泣き止みなよ!目を腫らして鼻水垂らした女子高生5人が現れたら、お客さんびっくりしちゃうって」


 最後の言葉に思わず笑ってしまった。他のメンバーも笑っている。


 今日限りの最後のステージ。しっかり噛みしめたいと思った。




 ステージの準備ができたらしく、私たちの名前が呼ばれる。


「よし、行こう!!」




 私たちがステージ上に現れると、客席から拍手が巻き起こった。


 体育館やライブハウスと違って大掛かりな照明もないはずなのに、目が眩むほど眩しく感じた。

 空を茜色に染める夕日は、まるで私たちのステージを見届けてくれているかのように、西にある山からひょっこりと顔を覗かせている。



 演奏は、ボーカルの私の合図によって始まる。

 私はわずかに視線を落とし、そのまま目を閉じた。顔を上げたら、演奏を始める合図だ。

 両隣のギター、ベースのポジションと後ろのドラム、キーボードのポジションからメンバーが私を待ってくれているのを感じた。もう緊張はしていない。私には4人がいるから。



 最後に、忘れてはいけない彼のことを思い出す。



 成瀬。君がいなかったら、私は今ここにはいない。


 そのまま夜まで模試を受けて、終わったら真っ直ぐ家に帰っていたはずだ。そして思ったはずだ。「ああ、ライブ出たかったな」って。

 きっとその後悔は大人になっても続く。「高校3年生の時、あのライブ出ておけばよかったな」って。


 だって、この夏祭りでライブができるのは今年で最後。

 来年からはみんなそれぞれの夢に向かって、それぞれの道を歩き出す。

 みんなと一緒にここに立てるのは、今しかないから。



「つまんねー」って初めて使ってみたけど、本当にいい言葉だね。こんなに最高な景色を見せてくれること、こんなに最高な気持ちにさせてくれること、私は知らなかった。


 成瀬、教えてくれてありがとう。

 楽しいを通り越して、私は今、めっちゃ幸せだよ。




 どこからか「つまんねー」という声が聞こえた気がした。

 そうだね、早くしないとお客さんもメンバーも待ちくたびれちゃうもんね。


 そろそろライブを始めようか。




 この声が、君に届きますように。


 そう願いながら私は顔を上げ、マイクをぎゅっと握り締めた。






































































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魔法の言葉「つまんねー」 あろはそら @blue_sky99

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