第2話 また会う日を楽しみに

「今、僕とこうやって対話しているでしょう。そんな感じに。挨拶でも構いません。誰と会話しましたか。家族? その仲の良い友人? ナンパ? キャッチセールス? ここの店員とは会話しましたか? なにも注文してないようですが、聞かれましたか。お冷はもらいました?」


―― ……えっと……


「ここを指定したのは僕でしょう。この個室を予約したんです。」


――なぜそんな事を?


「貴方だけだと席が取れないから」


――なんですって?


「話を変えましょう。所で、巷で噂の通り魔ですがね、この街にもそいつの被害者が出ていた事、知ってました?」


――えっ、そうなんですか?


「食いつきましたね。何故、貴方はその日、9月5日の事を調べているんですか」


―― 事件があったのはその日何ですか?


「質問の答えは質問じゃあないでしょう。 まあ、いいか。そうですよ。9月5日、この街で死者が出ました」


―― そんな……


「知ってましたか、子春さん。その人はね、市内の女子大の一回生なんです。貴方と同じですね」


**

――なぜ私の大学を……? それに名前も……


「ニュースで見ました。それでね、子春さん、その人は写真サークルに所属していて、いつもカメラを持ち歩いてました。警察は、犯人が彼女を殺したのは、その写真に、犯人への手がかりが写っていたからだと考えたようです。彼女のカメラの中には、その日撮ったいろんな写真がありましたから。最後の一枚は確か……そう。落ち葉で戯れる子犬、しば犬だったそうです」


――…………


「その日は友人と、7月に開店したパンケーキを食べに行く予定でしたが、友人の体調不良により、延期になったそうです」


――……やめてください


「話は少し飛びますがね、幽霊の中には、自分が死んだことに気が付かない。それでも何か違和感を感じて、自分が死んだ日の事を知ろうと、無意識のうちに行動する人がいるんです」


――やめてってば


「ねえ、小春さん。あなたは何で9月5日の事を知ろうと思ったんですか。ただの写真サークルの貴方が、何で、学校帰りのただの高校生の僕に話しかけたんですか」


――……違います


「僕だけだからでしょう。貴方に反応したのが、僕1人だったからでしょう。貴方は自分が死んだ時の事を知りたかったんだ。無意識に、真実を知りたがった」


――もう黙ってくださいよ!!


「……一つ確かなのは、貴方は何も悪くない事です。あの通り魔は貴方本人に恨みがあったわけじゃない。貴方の撮った写真に、不味いものが写っていたわけでもないんです。世間はそう考えていますけど、全然違うんですよ。犯人はただ、A型で牡牛座の人間なら、誰でも良かったんです」


**

――…………


「不運だった、なんて言葉は不謹慎かもしれませんけど、ほんとうにそれだけなんです。貴方は大学帰りに、曲がり角で待ち伏せていた通り魔に、首を後ろから刺されたんですよ」


――………………


「ああ、泣かないでください。思い出そうとしないでください。致命傷が開きますよ……ほら、言わんこっちゃない」


――なん、でっ……ゲホッ、傷、首の……


「僕も不思議なんですけどねえ。どうやらつらい死に方をした人は、その辛いことを思い出さないようにするためか、致命傷が開くらしいんですよね。今までも何度か会ってきました。そんな幽霊さん」 


――何の、ために


「優しさなんじゃないですかねえ。まあ、僕が幽霊だったら余計なお世話としか思いませんけど。……別のことを考えたら痛みも引いて傷もふさがりますよ。ああ、塞がってきましたね」


――私、あなたのこと、きらいです


「やっぱり伝え方がまずかったですか? でも、最初に「あなたもう死んでますよ」なんて言うわけにも行かないじゃないですか。それとも、不運だったって言ったことですか」


――全部です。全部、全部がきらい。ひどいじゃないですか。私ずっと死んでるのに、何食わぬ顔で話して。あなたと私、初対面じゃないですか。なんで話をしようと思ったんですか。


「かわいそうだなあって思って」 


――かわいそう?


「公園のベンチに座っていたじゃないですか、あなた。ほかの人は全然反応してないし、それに首元が真っ赤だから、すぐに死んでるって分かったんです。見慣れてるしね」


――自分が死んだことに気づかないで、普通の人のつもりで過ごしていた姿が滑稽だと? 哀れみですか。


「哀れみじゃないけど……まあ、死んだことを気づかせてやりたいなとは思いましたけどね。だって、現場に行くとあなたのお友達や家族が花を置いて泣いているんですよ。でも、あなたは全然違うところでボーッとしてる」


――……不思議だとは思ったんです。初対面の人に、9月5日のことが聞きたいと言われて、すんなりと頷いてくれたのが。私だったら絶対断ります。気味が悪くて。


「……うん」


――私、ほかの人に無視されてるなんて思ってませんでした。自分から、あえて話しかけてないだけだって、そう思ってました。……思い込みたかっただけかもしれないけど。


「皆そうですよ。受け入れるには重すぎる話だし」


――もし、死んだことに気が付かないままだったら、どうなってたんですか?


「さあ? 僕はただの高校生ですから。霊能者でもないし、詳しくは知らないけど……ずっと街をうろついていますよ。でも、傍から見ていると、すごくつらいです」


――つらい?


「全然幸せそうじゃない。ゾンビみたいに、虚ろにうろついてるんです。どんなに現実が辛くても、あれじゃあ成仏して生まれ変わった方がずっと良いと思います」


――……私、成仏できますかね。


「きっと」


――やり方もわからないのに?


「人間、うまくできてますよ。精子と卵子がくっつくだけで命ができて、心臓が動いている間は生きて、止まったら死ぬ。だから死んだ後も、なんだかんだうまくいくと思います」


――ずいぶんと投げやりですね 


「僕はまだ生きてますから。死後のことは、その時まではさっぱりです」


――フフッ、あなたって案外敵を作りそうな人ですね。仲の良いお友達を大切にした方がいいですよ。貴重な人です。


「肝に免じますよ」


**

――…………正直、まだ自分が死んでるなんて、納得いかない気持ちがあります。私は悪趣味な男子高校生に、からかわれているんじゃないかって。


「じゃあ、そんな悪趣味な奴と話すのはもうやめて、家族とか友達とか見に行ったらどうですか」


――そうですね。時間がもったいないですもんね


「ええ」


――…………


「大丈夫ですよ。大丈夫です。何も不安にならないでください。貴方は強い人だ。すぐに事実を受け入れられたんだから」


――そうですか?


「そうですよ」


――……じゃあ、私はここで。八つ当たりしてごめんなさい。ありがとうございました。


「いいえ」


――大輝さん、もし、他にも私みたいに、死んだことに気が付いていない人がいたら……また助けてあげてくれますか。


「僕は霊能者じゃないんですよ。ただの、高校生です。……でもまあ、そうですね。見つけたら、話くらいは聞こうかな」


――アハハッ、お願いしますね。では、さようなら。


「さようなら。良い成仏を」




――縁があれば、また来世で。




「はい、また来世で」

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曼珠沙華をあげる 夢星 一 @yumenoyume

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