第18話 今日のお兄ちゃんは茶会をする

 私はお兄ちゃんの妹。今日はリビングで俳句集などを読みながら風流を感じている。この離れて暮らす兄妹の悲哀を詠んだ歌などいとをかし。


 先人が句に残した、兄妹はやはり共に在るべきだという一つの到達点に共感し、私も一句詠んでやろうかなどと考えていると、涼しげな水の音とともにカコン! と気味の良い音が鳴る。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが和服で!! はかま!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのハイカラさん姿にテンションを上げたりしない。


 先ほどの涼やかな音はミニチュアのししおどしだった。気が付けばリビングはお兄ちゃんの手によって趣深い和の空間に様変わりしていた。

 座卓とソファーは片付けられ、空いたスペースにイグサで編んだ茣蓙ござを敷き、壁の洋風タペストリーを掛け軸に変える。そして、お兄ちゃんの傍らには茶の道具一式。ふむ。私は理解した。お兄ちゃんはこれから茶会を行うつもりだ。


 私はお兄ちゃんの意図を汲んで客として茣蓙に座る。お兄ちゃんが主人として私にお茶をもてなす形だ。

 居住まいを正したお兄ちゃんはまず茶器を清める。帛紗ふくさと呼ばれる布で、抹茶の入ったなつめという茶器の蓋をぬぐい、次に抹茶を掬う匙である茶杓ちゃしゃくを丁寧にく。私はお兄ちゃんの静かで美しい所作に魅入る。丁寧な動作から心遣いというものを感じる。


 続いて茶碗にお湯を注いで、抹茶を混ぜるための道具である茶筅ちゃせんの先を湯につけてかき混ぜる。これは茶筅通しといって、茶筅の先を柔らかくするものだ。


 ここらでお兄ちゃんは私に茶菓子を提供してくれる。桃色と白の餡が鮮やかに映える練り菓子だ。ほほう。これはなかなか。私は可愛らしい菓子を愛でながら、お兄ちゃんの動作を見守る。


 お兄ちゃんはいよいよ茶をて始める。清めた茶碗に、茶杓で掬った抹茶を入れる。そこにお湯を注いで、茶筅でかき混ぜる。

 ――シャカシャカシャカ……。

 茶筅の先が、一定のリズムで茶碗に擦れて不思議なびを感じる音を鳴らす。お兄ちゃんは背筋を伸ばし、少し前かがみになって、手首から先を小刻みに揺らして茶を点てる。その姿は美しく、また張り詰めた緊張感も感じられる。


 やがて茶を点て終わったお兄ちゃんは私に茶を提供する。はっ! すっかり魅入ってしまった。私はお辞儀をしてお点前てまえを頂戴する。まずは茶碗を持ち上げて目礼。茶碗を眺めると正面に描かれた牡丹ぼたんが美しい。それから手前に二度、茶碗を回して、ゆっくりと口元へ運び静かに飲む。温かいお茶がのどを通り抜ける。お兄ちゃんの丁寧な所作を見ていたからか、お茶の味さえも丁寧に感じて心までぽかぽかしてくる。


 飲み干した茶碗の口を付けた部分を指で拭い、懐紙かいしで指を綺麗にする。それから茶碗を再び二度回して、床に置く。


 大変美味しゅうございました。物足りなささえ感じる余韻に浸っているとお兄ちゃんは茶器を片付け始める。これで茶会はお開きということだ。


 私はお兄ちゃんとの茶会を通して和の心尽くしを学んだ。茶とはまさに心の修行。一句詠むなら感性を磨いた今しかないだろう。すぐにでも一筆したためたいところだ。


 しかし、立ち上がろうとしてそれが叶わないことを知る。


「ア、アシガシビレタヨ。オ兄チャン……」

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私はお兄ちゃんの妹。今日もリビングでお兄ちゃんを観察する。 比良 @hira_yominokuni

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