第17話 今日のお兄ちゃんは花細工をする
私はお兄ちゃんの妹。目の前のテーブルに置かれているのは折れてしまったヘアピン。飾りっ気のないシンプルな髪飾りだが、昔お兄ちゃんがプレゼントしてくれたお気に入りだった。大切に使ってはいたのだがとうとう壊れてしまった。生じたものはいつか滅する。私は諸行無常を噛みしめる。
乾いた心でこの世の真理を体感しているとリビングによい香りが漂ってくる。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが花束を抱えて!! フローラル!!
……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのお花畑な姿にテンションを上げたりしない。
お兄ちゃんが持っているのは白、黄色、薄桃色の花束だ。柔らかい香りが、これらの花が生花であることを伝えてくる。リラックス効果のある良い香りだ。
お兄ちゃんが最初に取り出したのは2本の茎の長いシロツメクサだ。花が隣り合うように交差させてそれらを持つと、一方をもう片方に巻き付ける。巻きつけた茎ともう一方を束ねるようにして持ち、さらに新しいシロツメクサを同じ手順で巻き付け、茎を束ねる。繰り返すごとに、輪っかでまとめられた花のロープが伸びてゆく。なるほど、これは花冠でも作ろうということか。
お兄ちゃんは、時折タンポポや薄桃色のアネモネを織り交ぜながら花のロープを伸ばしてゆく。白い花の中に控え目な黄色や桃色がアクセントになってとても可愛らしい。なかなかいいセンスじゃないかお兄ちゃん。
お兄ちゃんはロープの長さが指先から肘くらいまでの長さになったところで花を編むのを止める。そして、先頭の花を最後尾の花の隣に置いて、全体をつなぐための花を一本、先頭から最後尾に、つまり編んできた方向とは逆向きに茎を束ねる輪っかに差し込んでゆく。始まりと終わりがつながって花の輪っかができる。最後にあまった茎を目立たないように茎の中に編み込んで、仕上げにフローラルテープで補強したら完成だ。
あっという間に完成させたお兄ちゃんの器用さに感心していると、出来上がった物を持ってお兄ちゃんがこっちにやってくる。どきどき。もしかしてくれるのだろうか。私は期待しながら目を瞑って頭を差し出す。
ぱさり。頭を通りぬけて首に何かがかかる感触。ゆっくりと目を開けると私の首に花の首飾りがかかっていた。なるほど長いとは思ったがあれは首飾りだったのか。ヘアピンを失って頭が寂しいからどちらかというと花冠が嬉しかったなぁ。
とはいえ、お兄ちゃんのくれた手作りの花のネックレス。私は夢中になって眺める。首元で一周させてじっくり観察を終えると、ふと気づく。テーブルに置いていたはずの壊れたヘアピンが無い!
どこに行ったんだろうと部屋を見渡すと窓が開いている。と同時に金属の焦げる匂いが漂ってきた。お兄ちゃんを見ると、はんだごてを持っている。はんだを使って継いでいるのはヘアピンだった。はっ! さっきネックレスをかけた時か。まったく手癖の悪いお兄ちゃんだぜ。などと思っているとあっという間にヘアピンはU字を取り戻す。
修理してくれたのは嬉しいけど、そのままだとはんだがむき出しでちょっと無骨じゃないだろうか。しかし、お兄ちゃんの手はまだ止まらない。次に取り出したのは造花のカスミソウだ。短く切った茎をまとめて、ヘアピンにフローラルテープで巻きつける。するとちょうど花によってはんだで継いだ部分が隠れる。ははぁ、これでおしゃれな花飾りに生まれ変わったというわけだ。
私は生まれ変わったヘアピンを受け取る。早速、頭につけると自分の身体の一部が帰ってきたみたいだ。嬉しい。ありがとうお兄ちゃん。最高のプレゼントだよ!
しかし、造花なんてお兄ちゃんは持っていただろうか? 再び部屋を見渡すと花瓶に刺さっていた花が造花から生花に変わっている。お兄ちゃんはあれを使ったのか。なかなか機転が利くじゃないか、なんて思いながらお兄ちゃんに言う。
「花瓶の水換えは私がやるね! お兄ちゃん。」
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