第16話 今日のお兄ちゃんは格ゲーをする
私はお兄ちゃんの妹。今日はリビングでプロゲーマーの格言集を眺めている。世間の逆風の中、未開拓の世界を切り開いてきた彼らの言葉には重みがあった。
私が開拓者たちの言葉に感動していると――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんがアケコンを持って!! 縦ロール!!
……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのお嬢様な姿にテンションを上げたりしない。
お兄ちゃんの姿は異常だった。清楚なワンピースに金髪縦ロールのウィッグ。脇にいわゆるアーケードコントローラーを抱えている。あぁ。つまりそういうことか。
私はお兄ちゃんの異常な姿を理解した。あれはお嬢様。お下品な言葉で罵りあいながら格ゲーで対戦をするあのゲーミングなやつだ。格ゲーあるあるが詰め込まれた熱くて笑える漫画だ。
お兄ちゃんはアレを読んでしまったのか。そして格ゲーがやりたくなったというわけだ。いや、それにしてもお嬢様にならなくて良くない?
私の疑問などさておいて、お兄ちゃんは早速リビングのゲーム機にアーケードコントローラーを接続して格ゲーを起動する。プレイするのはオーソドックスな2Dタイプの
お兄ちゃんはアーケードコントローラー、すなわちアケコンの感触を確かめている。左手のレバーを倒すとカチカチと音が鳴る。ボタンを叩くとダンッと気持ちいい感触が手に返ってくる。そう、アケコンは触っているだけで楽しい。
お兄ちゃんが最初に手を付けたのはトレーニングモードだった。動かないCPU相手に技を繰り出す練習をするモードだ。他にも高度な設定をしていろいろな練習ができる。
お兄ちゃんが選んだのは胴着を着た主人公のキャラだ。飛び道具、無敵対空、突進技と格ゲーの基本パーツが揃っている。
まずは飛び道具を出す練習。お兄ちゃんはレバーを真下に入れてから前方向に4分の1回転させてパンチボタンを押す――。が、出ない。繰り出されるのはただのしゃがみアッパー。そう、コマンド入力は難しい。初めてすぐはボタンを押すタイミングが掴めず、なかなか狙った技がでない。
お兄ちゃんは小さな舌打ちと共に息を吸いながら首を傾げる。ちなみに、意図しない行動が発生したときに首を傾げるのはゲーマーの習性だ。お兄ちゃんはナチュラルボーンゲーマーだね。
練習を繰り返すお兄ちゃん。首が
お兄ちゃんはコツを掴んでよっぽどうれしいのか、何度も飛び道具を打ってはガッツポーズをして喜んでいる。この、自分の成長を感じられる瞬間が格ゲーの楽しみの一つだろう。
一通り技が出せるようになったお兄ちゃんはとうとうオンライン対戦を始める。マッチングしたのは、体力の多いプロレスラーのキャラだった。いやな予感がする。
第一ラウンド。お兄ちゃんは早速、飛び道具を打つ。相手は動きが鈍重だ。距離を詰める方法に乏しいため飛び道具は有効である。いいぞお兄ちゃん。
しかし、打ち過ぎた。あまりにもワンパターンな攻撃。完全に読み切られて相手のジャンプ攻撃が通ってしまう。そのままお兄ちゃんは足払いでダウンを取られてしまう。ド密着でのダウン状態。まずい。
ゲームの種類にもよるが、格ゲーではダウンしたあと起き上がりの瞬間に取れる行動は限られている。その瞬間を狙って攻撃することを起き攻めというのだが……。
相手は起き攻めに投げを重ねてくる。空中に持ち上げられ、ぐるぐる回されてはパイルドライバーで落とされる。そして相手が前にステップすると再びド密着のダウン状態。くっ! これは投げループ! 起き上がりにジャンプすれば抜けられるのだが初心者のお兄ちゃんには分からない。投げハメなんてクソわよ!
そのままループから抜け出せず、お兄ちゃんはラウンドを取られる。手も足も出なかったお兄ちゃんは悔しそうだ。ダダダンッ! とスタートボタンを連打して次のラウンドへ。相当あったまってるなお兄ちゃん。
しかし、次のラウンドも似たような展開だ。一度寝てしまったが最後、死ぬまで投げられ続ける。初心者であるがゆえに読み合いも発生しない。あまりに一方的な虐殺はナンセンスなスプラッタ映像を見せられているようだった。うぇぇ。
格ゲーの難しさは
だからこそ、格ゲーに必要なのは何よりも仲間である。情報を共有して、互いに切磋琢磨できる仲間が居なければならない。これは手軽にインターネット対戦ができるようになった昨今、逆に
お兄ちゃんがうなだれている。ストレート負けしたお兄ちゃんに再戦する気力はなかった。まずい、格ゲー歴1日での引退などさせたくない。お兄ちゃんに格ゲーの楽しさを、成長する喜びを教えなければ! 私は黒髪ロングのウィッグにリボンカチューシャを付けてお嬢様スタイルになる。
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