第15話 今日のお兄ちゃんはスライムづくりをする

 私はお兄ちゃんの妹。画面の中で勇者イモウトが奥義を発動する。つるぎが黄金の光に包まれ、輝く大剣となって横凪ぎに振るわれる。こちらに敵意を向けていた青いぷるぷる達が派手なダメージ演出と共に消失した。


 テレレレー! 静かなリビングにファンファーレが響く。レベルをカンストさせた勇者で序盤の雑魚を鏖殺おうさつする遊びに興じているとお兄ちゃんがリビングに入ってくる。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが保護メガネで!! 眼鏡男子?!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのゴーグル姿にテンションを上げたりしない。


 今日のお兄ちゃんは防御力が高そうだ。マスクと保護メガネにゴム手袋。リビングで科学実験でもするつもりだろうか。


 机に並んでいるのは絵の具、洗濯のり、ホウ砂……。はっ! これは!


 そう、ホウ砂と洗濯のりといえばスライムだ。お兄ちゃんは今日、スライムを作ろうとしているのだ。さっきまでゲームでボコボコにしていた方ではない。どろっとぬるっとした、液体とも固体とも言えない物質全般を指すスライムだ。


 お兄ちゃんが取り出したのは透明なプラスチックコップ。バーベキューなんかをするときの使い捨てのやつだ。そして計量カップを使って、コップの中に水と洗濯のりを同じ量だけ入れる。合わせてコップの半分くらいかな。液体は白く濁っていてコップの向こう側は見渡せない。

 そこに、お兄ちゃんは黄緑の絵の具をちゅーっと絞り入れて、色水の完成だ。結構濃いめで、毒々しい色に見える。


 続いて、もう一つのプラスチックコップに今度はお湯を入れる。またコップの半分くらい。そこにホウ砂を小さじ1杯。量は控え目。出来上がるスライムは緩いモノになるだろう。ホウ砂は毒性があるので目に入ると危険だ。お兄ちゃんはちゃんと手袋と眼鏡をしている。安全面はばっちりだねお兄ちゃん。


 お兄ちゃんはホウ砂溶液を数回に分けて色水に入れる。割りばしで混ぜながら注いでいくとが出てくる。やがて割りばしに巻き付くようになったら完成だ。その姿は、割りばしを体内に取り込み、捕食するような迫力を感じる。クラシカルなファンタジーで描かれる凶悪なスライムを彷彿ほうふつとさせる。


 お兄ちゃんは手袋を脱ぎ、スライムを素手の上にのせる。スライムはゆっくり広がってお兄ちゃんの手のひらを侵食し、やがて指の間からどろりと下へ抜けてゆく。うへぇあ。みているこっちも名状しがたい気分になる。お兄ちゃんは口を半端に開けて、気持ちいいのか悪いのかよくわからない表情だ。


 出来に満足したようで、お兄ちゃんが黄緑のスライムを私の手に乗せた。うへぇあ。スライムを弄びながらお兄ちゃんの観察を続ける。


 お兄ちゃんは先ほどと同じ手順でもう一度スライムを作る。ただし今度は銀色の絵の具にラメを入れたものだ。きらきらしてメタリック。なかなかきれいだ。


 どうするのかと思えばお兄ちゃんは小さなスーパーボールを取り出す。それを机の上に置いて、メタリックなスライムをかける。スーパーボールが核になって山となり、その周りに水たまりのようにスライムが広がる。なんだか見覚えがあるような。


 続いて細いストローをところどころに挿して少し息を入れる。ぽこりとメタリックなスライムに泡が立つ。この姿はまさか。最後に画用紙で作ったつぶらな瞳とだらしない口をつける。で、でたー!


 ドロドロでメタリックなその姿はまさしく経験値の塊。倒せばレベルアップ間違いなしのアイツだった。しかもはぐれているやつ。レアだ。

 お兄ちゃんはプラスチックナイフを私に手渡す。まさか、倒してしまって良いのか。私はヤツが逃げてしまわないように迅速に構える。えいっ。


 サクッ! イモウトは てづくりスライムを たおした。しかもいい音が鳴った。強くなった気がした私はファンファーレを口ずさむ。


「てれれれー! レベルアップだよ! お兄ちゃん。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る