エピローグ 未来
「……こんなところにいたんだね、探したよ」
「コルザ……」
すべてが終わった、夕暮れ時。
誰もいない城の中庭でひとり物思いに耽っていたペティアは、芝生を踏む足音と聞き慣れた彼の声で我に返った。
貴族たちがいなくなった会場は、先程までの喧騒など幻であったかのように静まり返り、春風が草木を揺らす音だけが時折耳に届いている。
「ごめんなさい、陛下に呼ばれて話しをしていたの」
「陛下と、話し?」
幼馴染みたちの傍を離れ、ふとどこかに行ってしまったペティアを探していたらしいコルザは、彼女の傍まで歩み寄ると、そう言って申し訳なさそうに謝るペティアを見つめ返した。
公爵たちが更迭され、復讐を成し遂げた彼女の表情は穏やかだったが、陛下に呼ばれたなんて何かあったのではないだろうか?
そんな不安を抱きながらオウム返しに尋ねると、ペティアは笑って静かに言った。
「ええ。今後のことをね。……どうやら私は、社交界に戻って来られるみたい」
「へぇ……!」
「今回の件を受けて陛下は随分お心を痛めていらっしゃるようだったわ。スリージェル侯爵家に貴族の警察を命じていたのは歴代の陛下だったから、責任を感じていたみたい……。それで、爵位はそのままに社交界へ戻って来るよう仰っていただいたの」
「わぁぁ、そっかぁ~。よかったね!」
どこかほっとした笑みを見せるペティアからの報告に、コルザは表情を明るくすると、実に嬉しげな声をあげた。
五年前の火災により、事実上没落となっているスリージェル侯爵家だったが、当主の娘が生きていたことで彼女の立場がどうなるのか、それは確かに気になるところだった。
だが、今回発覚した事実と陛下のお心遣いにより、彼女は無事社交界に復帰できる。
つまり、もうペティアとは立場を気にせず傍にいられるということだ。そう思うと、自然と笑みが零れて仕方なかった。
「まさか、また社交界に戻って来られるなんて思わなかったわ。全部あなたのおかげよ、コルザ。本当にありがとう、あなたに逢えてよかった…!」
「……!」
まるで自分のことのように喜んでくれるコルザに向き直ったペティアは、ふと表情を改めると、今ある本心を正直に告げた。
彼の天然記念物級の言動にはハラハラさせられた部分もあったけれど、こんなに早く復讐を完遂できたのは間違いなく彼のおかげだ。
彼の行動力と優しさがあったからこそ、復讐を終えることができた。だからこそちゃんと、感謝の気持ちを伝えたかった。
「……俺の方こそ、ペティアにもう一度逢えて嬉しかったよ。二度と逢えないと思っていたから、きみを見つけたときは本当に嬉しかった。本当に、奇跡だと思った。だから、その……」
彼女からの予想外の感謝の言葉に、コルザは頬を赤らめると、ゆっくり、選ぶように言葉を紡いでいった。
再会したばかりのころは警戒されて、信用できないなんて言われて、長年の想い人の言葉に傷ついたりもしたけれど、今ではそんな日々が嘘のように、彼女は傍で笑ってくれている。
それを思うと嬉しくて、笑顔を見つめ返したコルザは、やがてある覚悟を決めると、これから先の未来を口にした。
「きみはこれから、こっちの世界に慣れる必要があるよね」
「……?」
「五年も離れていたんだから、ゆっくり感覚を取り戻していかないと、いけないし。俺は、全然、焦るつもりはないからさ……。だから、ペティアが社交界に慣れて、いろいろ全部、大丈夫になったらさ……」
言葉の真意を測るように、こちらを見つめるペティアの瞳を見つめ返す。
「俺と結婚してほしい」
「……!」
本当はもっと落ち着いてから伝えようと思っていた言葉。
一度失い、取り戻したこの想いをコルザはずっと胸の内に抱いてきた。
どんな場面で、どんな言葉で伝えるのが正解なのかは分からなかったけれど、もうこれ以上、自分の気持ちを押し留めておくことはできそうにはない。
ペティアが感謝の気持ちを素直に言ってくれたように、自分も素直な気持ちを伝えたかった。
「もちろん、すぐになんて言わないよ。全部、色々落ち着いたらでいい。……俺と一緒に生きてほしいんだ。ずっと、一番傍にいたい。大好きなんだ」
「………」
照れた顔で、素直に、まっすぐに気持ちを伝えてくれるコルザからの本当の告白に、ペティア頬を染めると、顔全体で驚きを表現した。
彼の想いは以前聞いて知っていたし、分かっていたけれど、答えを求められたのは初めてだ。
改めて感じた彼の本気に、私は何と答えるのが正解なんだろう?
「……わ、私……」
熱を含んだ瞳で自分を見つめる彼の真剣な顔を見つめ返したペティアは、伝えるべき言葉を探すようにゆっくりと口を開いた。
初めて好きだと言われたとき、コルザはなんとなく、答えを欲していないような気がした。
だからそれに甘えて、ずっと自分の中で答えを出そうとしなかったのも事実だ。
いつだって一番傍にいてくれたコルザを、ペティアは信頼しているし、好きだとも思う。けれど、それは彼が自分に向けてくれる“大好き”と同じなのか、分からなかった。
一生を復讐に注ぐ、そう誓ったあの日からずっと、誰かとの平凡な幸せなんて、正直考えたこともなかった……。
でも。
「……私、も、あなたが好き…なんだと思う」
「!」
「コルザには他のみんなと違って、素直に想いや感情を出すことができるし、傍に、いてくれるだけで落ち着くもの。これが愛しい人に向ける感情なのか、よく、分からないのだけれど、でも、あなたは特別な人よ」
初めて伝える告白の返事を、ペティアはしどろもどろになりながら、ゆっくりと告げた。
自分でもきちんと把握していなかった心内を相手に伝えるのは、想像を絶するほど恥ずかしくて、本当に、穴があったら埋まりたいほど照れくさかった。
「……特別、か。ありがとう。すごく嬉しいよ」
耳まで真っ赤にして言葉を紡ぐ彼女の初々しすぎる態度に、どきどきしながら答えを聞いていたコルザは、晴れ空のような笑みを見せると、そっと彼女の手を取った。
そして、恥ずかしさに堪えかねて視線を逸らしてしまったペティアを思い切り抱きしめる。
特別な人、そう思ってもらえていただけでもう、答えとしては十分だった。
「俺、ずっとペティアの特別でいられるよう、頑張るよ。必ずきみを幸せにしてみせる。今までよりも、誰よりも幸せにしてみせるから」
「……ん」
想いを確かめるように言葉を声に出しながら、二人は息遣いすら分かる距離で見つめ合った。
答えを導き出した二人の顔は、彼らを照らす夕日よりも赤い。それでも、今までとはどこか違う、甘く熱を帯びた雰囲気が心地よくて……。
「あ~っ、ペティア発見~」
「!」
そのとき。
見つめ合ったまま無言の時を共有する二人の世界に突然、ミューナの明るい声が届いた。
驚いて振り返ると、そこにはいつの間にか中庭を歩いてくる幼馴染みたちがいて、こちらに向かって手を振っているではないか。
「……っ」
彼らの姿に思わず視線を逸らした二人は、どちらからともなくそっと互いの距離を離すと、さらに顔を赤くして黙り込んだ。
万が一、今のやり取りを見られていたらと思うと、顔から火が出そうだ。
「ここにいたのね。コルザも一緒に、こんなところで何してたの?」
「え、っと……」
「フフ、ミューナ。それはあまり聞かないであげた方がいいかもしれませんよ」
悪気なしに確信を突くミューナの質問に口ごもるペティアと、微妙な距離感で彼女に寄り添うコルザの姿に、オリヴィエは優しげな笑みを浮かべると察したように言った。
どうやら、やり取り自体は見られていなかったものの、相変わらずの鋭い観察眼で彼はすべてを悟ってしまったたようだ。
それに気付いたペティアはしばらく言葉を詰まらせていたが、やがて平静を取り戻すと今の間を取り繕うように言った。
「探させてごめんなさい。実は私、さっきまで陛下とお話をしていてね、ご厚意で社交界に復帰できることになったのよ。またみんなと一緒にいられるわ」
「本当~! よかったね、ペティア!」
「あと、ラスターのことも少し…ね。彼の処遇がどうなるのかは陛下のご判断次第だけれど、彼の協力があってこその告発だと伝えたわ」
コルザとのやり取りはさておき、幼馴染みたちの元を離れてからの出来事をペティアはその場にいた全員に報告した。ペティアの社交界復帰にミューナとサリィヌは嬉しそうな笑みを見せたが、一方で自ら望んだ復讐とは言え、ラスターの身を想って表情を暗くするペティアに、オリヴィエとアルクはできるだけ何でもないことのように言った。
「そうですか……。では我々は陛下のご判断を信じ、彼の罪が軽く済むことを祈りましょう」
「ああ。あとは国に任せて俺たちは帰ろーぜ。緊張して疲れちまったし」
「何にもしてないくせに、なんであんたが疲れてんのよ」
「うるせーよ、サリィヌ」
二人の気遣いと、アルクとサリィヌが見せるほっとするほどいつも通りのやり取りに、ペティアは小さく笑みを見せると暗い感情を押し込んだ。
たとえこれから何があったとしても、これは自分で望んだ復讐だ。
すべてを受け入れて前に進む覚悟を見せなければ、復讐を望んだ意味がない。
だから、私は、時を返せたらと望んでばかりいた日々を捨てて、前を見よう。私に生きることを望んだ両親と、妹の平穏のために協力してくれたラスターのために。
「みんな、今日は一緒に来てくれてありがとう。これから先もよろしくね」
こうしてスリージェル侯爵家の復讐を望んだペティアは想いを成し遂げ、幼馴染みたちと共に新たな日常へと一歩を踏み出すのだった。
侯爵令嬢と花びらの願い みんと@「炎帝姫」執筆中 @minta0310
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