第12話 ペティアの復讐
雪に彩られた道を歩き、コルザが屋敷へ帰り着いたのは、スリージェル侯爵家跡を出て二十分程後のことだった。気力も体力も尽きたように眠るペティアは未だ目覚めず、何時間も雪に濡れた身体は、陶人形のように冷たい。
これから彼女がどういう行動に出るかはまだ何も教えてもらっていないが、その前に凍傷寸前の彼女を何とかしなくては。
「あぁっ、コルザ様! ご無事で何よりですわ」
「……!」
彼女の青白い寝顔に、密かな焦りを滲ませつつ裏口から屋敷に戻ると、深刻な顔をしたパスキーが自分たちの帰りを待っていた。木椅子に腰かけ、まるで祈るように俯いていた彼女は、無事に帰って来たコルザの姿に、心底ほっとした笑みを浮かべている。
「お怪我はございませんか? まぁ、こんなに濡れて…すぐにお着替えを……!」
「待っててくれたんだね、パスキー。よかった。俺はいいから、すぐにティアの傷を見てやってくれる? あと、召し換えも。他の使用人には内緒でね」
矢継ぎ早に言う彼女の表情から、パスキーがずっとひとりで待機していたことを察したコルザは、ふと表情を緩めると、ペティアを見遣りながら声を落として言った。
ラスターとの交戦でできた傷が痛まないわけではないが、とにかく今は彼女が最優先だ。
「大変…っ! すぐに準備を致しますわ。しかし、コルザ様…あなた様の傷も手当てを……」
「俺のは後ででいい。今はとにかく、お嬢様のケアが最優先だ。俺は部屋に戻ってるから、彼女のことは任せたよ、パスキー」
「……かしこまりました」
心配そうな面持ちを見せるパスキーにコルザは念を押すと、周囲に他の使用人がいないことを確認しながら自室へと戻っていった。
本当は聞きたいことも話したいこともたくさんあったが、すべては彼女が目覚めてからだ。
「……?」
重たい瞼をゆっくりと瞬き、目を開けると、見知った天井が目に入った。
いつの間にか、トレフィーヌ家にある自室で眠らされていたようだ。鈍く痛む頭でぼんやりとそのことを理解したペティアは、いまいち把握できない自分の状況にほんの少しだけ困惑しながら、そっと起き上がった。
夜明け前の薄明るい空からして、さほど時間が経ったとは思えないが、もちろん自分で屋敷に帰った記憶も、傷の手当てや召し換えも記憶にはない。では……。
「あぁ、ティアリー。よかった、目が覚めたんだね」
「ぱ…パスキーさん…っ! えっ、と、あの……」
スリージェル侯爵家跡でのことを思い出そうとゆっくり視線を上げたペティアは、心配そうにこちらを見つめるパスキーに気付いて飛び上がった。
どうやらペティアの世話を任されたパスキーは、彼女の傍で目を覚ますのを待っていたようだ。
そのことに微かな違和を覚えながら目を瞬くと、パスキーはいつもと変わらない労わるような声音で優しく問いかけてきた。
「寒気はないかい? 腕の傷は? まったく、女の子が吹雪の夜に出歩くなんて、いけませんよ。もっと自分の体を大切にしなくてはね」
「……」
「でも、目が覚めてよかった。コルザ様も大層心配しておられましたからね」
「……!」
パスキーの口から出た彼の名に、ペティアはハッと目を見開くと、さっきまでスリージェル侯爵家跡にいたはずの自分の身に何が起きたのかを察した。
あのとき、自分の死を偽装するための証拠をラスターに手渡した後、急に意識が朦朧として、目の前が真っ暗になった。その直後、驚くコルザの声が聞こえたところまでは覚えているのだが、自分が今ここにいると言うことは、答えは一つだ。
「コルザは……っ! あ、コルザ様はどちらに? ご無事なのですか?」
「ええ、手当ても済みまして、今はお部屋におりますよ」
「すみません、私、向かいます」
ほぼ無意識に近い動作で飛び起きたペティアは、その行動力に驚いて目を瞬くパスキーに礼を言うと、すぐさま部屋を飛び出した。
彼にはまたたくさん迷惑や心配をかけてしまった。
ちゃんと会って、謝らなくては。
「コルザ様、ティアです。失礼してもよろしいでしょうか?」
使用人の宿舎である別棟を出て、急ぎコルザの自室へとやって来たペティアは、周りを気にしながら遠慮がちに扉をノックした。
すると、程なくして扉が開き、中からしっかりと包帯を巻き直されたコルザが顔を出した。
彼は微笑みながらも怒ったような、どこか曖昧な表情をしている。
「……目が覚めたんだね。体の方は大丈夫なの?」
「ええ……」
申し訳なさそうに俯くペティアを中に通し、長椅子に腰を落ち着けたコルザは、隣に座らせた彼女に優しく問いかけた。
屋敷に戻って来てまだ一時間余り。傷の痛みは退いていないだろうし、睡眠不足も含め、体調が万全だとは思えない。
だが、それでもここに来たと言うことは、彼女なりに急く思いがあるのだろう。
そんなこと考えながら彼女を見つめていると、やがてこちらに向き直ったペティアは、深々と頭を下げながら囁くように告げた。
「ごめんなさい、コルザ……。私……っ」
「……」
「結局、あなたに迷惑ばかり……。そんな体で無茶させて…本当にごめんなさい」
謝意を示すペティアの声は、今にも泣き出しそうな、くぐもったものだった。
もう二度と、コルザを危険な目に遭わせたくないと勝手に別れを決めておきながら、結局、ここに戻ってきてしまった。頼ってしまった……。
おかげでラスターを説得できたことには感謝しているけれど、また彼を傷つけたことに深い罪悪感があるようだ。
「……ほんと、俺は結構怒ってるよ」
申し訳なさに頭を下げ続けるペティアを驚いたように見つめていたコルザは、しばらく迷った後でそう切り出した。
「俺の傷のことはいい。これは、自衛し切れなかった俺が悪い。そんなことより、俺が怒っているのは、きみが勝手に全部一人で背負い込んで、勝手に出て行ったことだ」
「……」
「どうして初めから、俺を頼ってくれないのさ……! いや、賊に襲われて、きみの罪悪感を煽った身で言えた口じゃないかも知れないけれど、それでも俺は、一緒に闘ってほしいって、言って欲しかった。俺たちのために死ぬなんて決断、させたくなかった……」
「……ごめん、なさい」
憂いのある沈んだ声で、寂しそうに本心を口にしたコルザは、謝り続けるペティアを引き寄せると、そっと彼女を抱きしめた。まるで彼女の存在を確かめるように、ゆっくりと力を込めて抱いた彼は、今度は心底安心したように、
「でも、無事でよかった……。本当に、きみを守れて本当によかった……」
「……!」
耳元で聞こえた彼の心からの言葉。安堵と嬉しさを混ぜた優しい声音に、ペティアはハッと目を見開くと、ほんの少しだけ微笑んだ。
悪いのも迷惑をかけたのも自分で、彼に心配される価値なんて本当はない。それでも。
(……生きていてよかった。コルザを悲しませることにならなくて、本当によかった……)
「ありがとう、コルザ。いっぱい、心配かけてごめんなさい……。もう絶対に、勝手に死ぬなんて言わないから、最後まで、私の傍にいて……」
ぎゅうっと力強く抱きしめられたまま、ペティアは静かに願いを口にした。
彼女にとって誰かに寄りかかるのは、とても勇気のいる行為だった。けれど、彼になら、彼となら……。
五年をかけた復讐劇を終わらせて、違う日常を生きていけるかもしれない。これまでずっと支えてくれた彼への、これがペティアなりの答えだった。
「……それで、きみはこれからどうするつもりなの? 死んだことになるきみが、うちで堂々と侍女を続けるわけにはいかないよね」
ペティアの願いに応えるように、気が済むまで彼女を抱きしめていたコルザは、しばらくの余韻の後、よやくこれからのことへと話題を移した。
手元にある証拠資料を使って彼らを告発するにせよ、今日明日で実行できるものではない。手筈を整えるためにはまだ時間が必要だ。死んだことになる彼女は、その時間をどこで使う気なのだろう。
「実は王都の端にスリージェル家の別邸があるの。主にお父様が貴族の警察の仕事で使っていた場所で、今の名義はうちの主治医。彼女から好きに使っていいと鍵はもらっているし、民家からも離れているから、しばらくはそこに身を潜めようと思う」
「なるほど……。じゃあペティアの身はとりあえず大丈夫だとして、俺たちはどうしていればいい? 協力できることなら何でも言って」
ペティアの行き先にほっと息を吐いたのも束の間、コルザは自分たちの行動について、身を乗り出さんばかりの勢いで尋ねた。今度こそちゃんと頼ってもらえたからには、少しでも早く、彼女をこの復讐劇から解放してあげたい。そんな思いが彼をどうにも急かしているようだ。
「そうね。ひとまずコルザたちは伯爵の計画通り、ラスターの言葉に応じて告発を諦めるフリをしないとね。そして、元の生活に戻る。そうすればこちらに告発の意志がなくなったと、彼らを納得させられるはずだもの。……できる?」
「え、…まぁ、俺たちを警戒しているうちに不用意な行動はできないから、そうすべきだと思うけれど、何が心配なの……?」
「いえ、そういう演技があなたにできるかな……と」
そう言ってペティアは不安そうに彼を見上げると、心の中にある心配事を正直に告げた。
家族と友人以外にはある程度節度を保てるとはいえ、嘘と隠し事が下手な彼に、伯爵たちを欺くような演技ができるか、正直心配だった。
「あぅ…や、やるよ!」
「……」
「だって、俺のせいで作戦が露見する事態になったら、ペティアの身も、ラスターの命も危ない。だから、極力人と会わないようにしたりして、今度こそ絶対にやり通して見せるよ」
彼女の指摘に、コルザは痛いところを突かれたと思いながら、まくしたてるように言った。
今まで色々とやらかしてきたことは認めるが、今度こそ必ず、守り通してみせる。
そんな熱意がこもった彼の視線に、ペティアはしばらく黙っていたが、やがて頷くと、どこか念を押すように言った。
「……分かったわ。あなたの決意を信じる。彼らを完全に納得させるためにも、しばらくは日常の演技を続けていてね」
「うん。頑張るよ。ちなみに期間はどうするの? その間、俺たちに手伝えることは?」
「そうね…。期間は彼らが警戒心を緩め、取引を再開するまでかしら。コルザたちにはその間に舞台を選定してほしい」
「舞台?」
人差し指を顎のあたりに当て、考えながら言う彼女の言葉に、オウム返しに尋ねる。
「ええ、彼らを告発する舞台。多くの王族や貴族が出席するパーティで、国としての注目度が高いものがいいわ。彼らがいつ取引を再開するかは分からないけれど、それらを事前にピックアップしておけば、彼らの警戒心が解け次第、催されるパーティで告発を決行できるもの」
「なるほど。内々に告発するのではなく、大勢の大人たちの前で直接告発するんだね。確かにそれなら隠蔽工作はできないし、認めざるを得ない状況を作れる。すぐに更迭も可能かもしれない。よし、やってみるよ」
「ええ。……これで、やっと彼らに復讐ができる。総仕上げね」
頭の中で思い描いていた復讐劇のイメージを告げたペティアは、納得の笑みを見せるコルザを見上げたまま、どこか曖昧な表情でゆっくりと頷いた。
五年もの時間をかけた復讐劇がようやく終幕へ向かっていると言うのに、彼女の表情は晴れてはいなかった。目的が復讐とは言え、もっと嬉しそうな顔をしてもいいはずなのに……?
「どうしたの? やっと実行できるって言うのに、なにか心配でもあるの?」
そう思って首を傾げながら尋ねると、ペティアは自分でも自分の感情に戸惑っているのか、胸に手を当てながら、今、心にある気持ちを素直に紡いでいった。
「ん…ようやく、両親をあんな目に遭わせた彼らに復讐できる。それは本当に嬉しいわ。……でも、お父様たちがお亡くなりになってから、私は復讐にすべてを注いできた。一生をかけて、復讐を成し遂げるつもりだった。だから、ここで彼らを更迭したら…復讐を終えたら、私にはもう、生きる意味がなくなってしまう。それだけが少し、不安なの」
復讐を成し遂げたい、闇を払い除けたい。そう強く願う気持ちと、復讐を終え、空っぽになった後の不安。ペティアの中にある二つの感情がぶつかり合って複雑な文様を描くように、本音を告げる彼女は、何とも言えない表情をしていた。
「大丈夫だよ、ペティア」
すると、未来を思い俯くペティアに、コルザは優しく笑うと迷うことなく言った。
「何にも不安に思うことなんてないじゃないか。生きる意味なんて、生きていればすぐに見つかるよ。だからきみは、これからもきみらしく生きて行けばいい」
「でも……」
「うーん、そんなに意味が欲しいなら、とりあえず俺のために生きて? 俺はペティアにこれからも傍にいて欲しい。俺の傍で、一緒に新しい目的を探していこうよ」
「!」
いつもと変わらない穏やかな笑顔で言うコルザの告白めいた言葉に、ペティアは目を見開くと、少しだけ戸惑った顔で視線を逸らした。
彼の想いは知っているし、今回もそんなつもりで言ったわけではないことも承知しているけれど、面と向かってそんなことを言われるのは、どうも気恥ずかしくて……。
「……ありがとう。そうね、大丈夫。とにかく今は、告発のための準備を進めましょう。すべてはその後よね」
心を落ち着かせようとゆっくり息を吐いた彼女は、しばらく間を開けた後で、にこやかな彼の笑顔を見遣りながら答えた。
今やるべきことは未来に思いを馳せて不安がることでも、思わぬ言葉に動揺することでもない。両親の仇を討ち、スリージェル侯爵家の遺志を継ぐために行動するときだ。
揺らぎそうな心を抑え、気持ちを切り替えた彼女は、復讐劇に終止符を打つため動き出した。
トレフィーヌ公爵家を出て、王都の端にあるスリージェル家の別邸に身を潜めることにしたペティアは、ラスターに譲ってもらった重要証拠と、これまでに見聞きした話を基に、情報の整理と告発の手筈を整えていた。
ラスターを味方につけて既に二十日余り、コルザたちは告発の舞台となる場所を選定しながら、彼らを油断させるための芝居を続けてくれている。
(……あとは、彼らが動き出すのを待つのみ。そろそろ動きがあってもいいころかしら)
何度も読み返した資料をしまい、窓の外に広がる木々を見つめながら心の中で呟く。
あの雪の日を最後に季節は幾分和らぎ、春がそう遠くないことを告げるように、穏やかな日々が続いていた。常緑樹の間に伸びる枝ばかりの寂しげな木にも、いつの間にか新芽がちらほら顔を出し、春の到来を今や遅しと待ちわびている。
「……!」
そんな穏やかな情景を見つめながら思案していると、不意に玄関扉を叩く音が聞こえてきた。
民家からも離れたこんな辺鄙な場所にわざわざやって来たのは、おそらく彼だろう。来訪者を予測しながらエントランスへ降りたペティアは、扉を開くとその人物を出迎えた。
「ごきげんよう、コルザ。問題はない?」
「こんにちは、ペティア。うん、ちゃんと花を供えてきたよ」
玄関から顔をのぞかせたのは、彼女の予想通りの人物だった。
笑顔で挨拶を告げたコルザは、ペティアの問いかけに頷くと、中に入りながら報告した。
ペティアが別邸に移って以来、コルザは定期的にこの場を訪れ、現状報告を行っているのだが、大事な想い人を亡くして沈んでいるはずの彼が不用意に外出すれば、伯爵たちに不審がられるかも知れない。そこで彼の外出目的を予め献花と決め、ここに来る前に必ずスリージェル侯爵家跡に花を供えてもらっているのだ。
ちなみに屋敷では、侍女は倒れた母のために里帰りしていることになっている。
「それで…あちらの様子はどう?」
屋敷を出る前に決めた約束をきちんと守っていることを確認しつつ、一階の談話室に彼を招き入れたペティアは、お茶を用意すると早速、そう問いかけた。
伯爵たちの動きを尋ねる彼女の表情は、期待半分と言った様子だ。
「うん、それが、今日はかなりいい知らせを持ってきたよ。ついに彼らが動くって」
「! ……いよいよね」
そんな彼女の面持ちを見つめたコルザは、一息つくと少しばかり弾んだ声音でそう答えた。
今まで慎重に慎重を重ねて取引を実行してきたであろう彼らが、どれだけコルザたちを警戒するのか、そればかりは計りようもなかったが、従順なフリをしている息子・ラスターのおかげもあって、ついに取引が再開されるようだ。
こちらの復讐計画が露見していないことを裏付ける知らせに内心ほっとしながら、彼女は真剣なのに嬉しそうな笑顔を見せるコルザに詳細を尋ねた。
「それで、日取りはいつなの?」
「明後日の晩だってラスターが言ってた。あいつ、それが決まってすぐ俺に知らせてくれたんだ」
「そう。……必ず助けてあげないとね。彼ら兄妹を、この闇から」
彼らへの恐怖心を抑え、妹のため協力者となってくれたラスターの想いに応えるためにも、必ず闇を白日の下に曝してやりたい。彼の気持ちを酌むように改めてそう口にしたペティアは、先日オリヴィエが届けてくれたパーティの予定表を取りだすと、思案を始めた。
奴らの取引が再開されるのであれば、こちらも待っている理由はない。取引から一番近い催しは……。
「決めたわ。取引から四日後に行われる王家主催の春のお茶会。ここで復讐を実行しましょう」
ここ一ヶ月内に開催される、オリヴィエ作の予定表をじっと見つめていたペティアは、しばし間を空けた後で力強く宣言した。
すると、向かい側のソファに腰かけ、彼女の様子を見守っていたコルザは笑って、
「春を祝うお茶会で告発か。正しく、闇を払い除け、王国の春を迎えるにぴったりの舞台だね。当日は迎えに来るから、勝手に出かけないでよ?」
「分かっているわ。ここまで来れたのはみんながいたからだもの。最後は全員で、彼らの闇を払い除けたい。一緒に行こうってみんなへ連絡してくれる?」
自分の決断に笑顔で賛同してくれたコルザに、ペティアはどこか改まった表情を見せると、思い切って尋ねた。
今までのペティアなら、周囲を傷つけないため、一人で決着を着けたことだろう。
だが、彼らと再会し、寄りかかってもいいんだと思える存在を得た彼女の決断は違った。
これでようやく、五年をかけた復讐が終わる。だからこそ最後まで一緒にいて欲しかった。
「もちろん、そのつもりだよ」
再会したばかりのころには考えられなかった彼女のお願いに、コルザは嬉しそうに表情を緩めると、弾んだ声で言った。
「きみだけに荷は負わせない。俺たちも最後まで一緒にいるよ」
そうして各々が為すべきことを為すうちに日々は過ぎ、ついに復讐の日がやって来た。
本日宮殿で開かれる春のお茶会は、この時期では一・二を争う大きな催しだけあって、招かれる客たちは朝早くから身繕いに勤しみ、友人たちを誘い合っては会場へと足を運んでいた。
街も、そんな貴族たちの浮き足につられたように、いつもよりどこか生き生きとした様子を見せ、国全体が新たな春の訪れを喜んでいるようだ。
「さぁ、最後に髪を結わせていただきますね」
そんな城下の喧騒から離れた別邸では、告発の手筈を整えたペティアが宮殿へ出向くための準備を行っていた。
身分を隠すため、今まで散々身に付けてきた制服や安物のドレスを脱ぎ、お茶会に向かう侯爵令嬢に相応しい豪奢なドレス姿へと召し換える。
しかし、久方ぶりに本来の姿に戻ったペティアは、どこか落ち着かない様子だ。
「どうかなさいまして?」
「いえ、久しぶりの正装なので、どうにも変な感じがしてしまって……」
ドレッサーの前に腰かけ、コルザの命でお召し換えにやって来たパスキーの手で結われていく髪と、豪奢な最先端のドレスに身を包む自分の姿を見遣る。
こんな綺麗な格好、もう二度とする機会なんてないと思っていたのに。
ランタンスリーブから扇のように広がる袖口の美しいレースやリボン、ドレープのかかったオールドローズのドレスと施された細やかな銀糸の刺繍。そしてハーフアップで複雑に編み込まれたピーチベージュの髪……。これが本来自分がいた世界だと言うのに、ずっと自分を偽ってきたせいか、どうにも場違いなように感じてしまう。
「まぁ、そんなことありませんわ。よくお似合いですよ。それに……こうして見ると本当に、ご両親に似ておりますね。あなたのご両親も大変素敵な方たちでしたから」
どこか萎縮したようなペティアに、パスキーは笑うと懐かしそうに言った。
実のところ、パスキーは採用面接のときからペティアの正体に気付いていたというのだ。
それでも、お嬢様の目的に水を差すまいと何も言わずにいたパスキーは、さりげなく彼女を見守ってきた。そして今回も、事情など一切聞かずに付き従ってくれている。
「ありがとうございした、パスキーさん。本当にお世話になりました」
「とんでもございませんわ。さぁ、行ってらっしゃいませ」
そんなパスキーの存在に感謝しながら、召し換えを終えたペティアは礼を言うと、証拠資料を手に部屋を出た。
そろそろ、友人たちも皆、到着し始めていることだろう。
この姿でみんなの前に出るのは少し気恥しい気もしたが、早く覚悟を決めなければ。
「わぁ、なんて綺麗なんだ……!」
そんなことを思いながら廊下へ出ると、不意に弾んだ声が耳に届いた。
驚いて声の方を振り返ると、そこには、ペティアを待ちきれなくなったのか、自室まで自分を迎えに来たコルザの姿があった。彼はいつも以上に美しいペティアの姿を眩しそうに見つめている。
「よく似合ってるよ。やっぱりグランディアーナで特注して正解だったね」
「ありがとう…変じゃないか心配だったけれど……」
「全然。むしろこっちが緊張しそうなくらい、本当に綺麗だよ。……さ、みんなのところへ行こう。お披露目しなくっちゃ」
笑顔で手を差し出したコルザは、そう言うとペティアをエスコートした。
そして、二人して幼馴染みたちが待つエントランスホールへ向かう。
「そういえば、ラスターとナルシア嬢はもう見えた?」
「あ、うん。言われたとおり奥の談話室に通しておいたよ」
と、その途中、気になったように言う彼女の問いかけに、コルザは談話室の方を見遣ると、思い出したように報告した。
今件の協力者であり伯爵の手先でもあったラスターは、告発中の妹の身を考え、お茶会への参加を辞退し、身を潜めることを望んだのだ。
本来であれば全員で悪に向かいたいところだったが、妹を優先したい彼の心を酌んだペティアの提案により、ラスターは今、談話室で妹と二人、静かに時を過ごしている。
「……いよいよだね。絶対に成功させようね、ペティア」
「ええ。必ず」
すべてを任せてくれたラスターと亡くなった両親のため、必ず告発を成し遂げる。
自らの意志を改めて声に出しながら、ペティアはコルザと共にエントランスホールへ続く階段を下り切った。そして、共にお茶会へ向かってくれる幼馴染みたちに声を掛けようと……
「ペティア~!」
「!」
したその瞬間。
彼女の言葉は、いきなり飛び付いて来た少女の声でかき消されてしまった。ペティアより頭半分くらい背の低いその少女は、両手で力いっぱいペティアを抱きしめ、嬉しそうに笑っている。
「会いたかったよぉ~。本当に生きていたんだね、よかった~」
「……ミュっ?」
だが、満面の笑みでこちらを見つめる少女とは裏腹に、突然現れた予想外の姿を目にしたペティアは絶句すると、しばらく言葉も出ない様子で固まっていた。
こんなところにいるはずのない人物の登場に、頭がついて行っていないようだ。
「フフ、離しておやりよ、ミューナ。ペティアが大混乱しているからさ」
「……っ!」
すると、そんな彼女を見かねたように、近くから聞き覚えのある声が飛んできた。
それも自分を抱きしめる彼女と同じで、この場にいるはずのない女性の声に、ペティアはさらに混乱すると、エントランスホールのソファに手を掛けて佇む彼女に目を向けた。
濃灰色の長い髪を後ろに流し、大人びた笑顔を見せる彼女はどう見ても……。
「……さ、サリィヌ? それにミューナもどうして、ここに…?」
「どうしてって、あたしたちもお茶会に参加するからに決まってるでしょう?」
「えっと…状況がよく掴めないのだけれど……?」
当たり前のようにそこに立つかつての親友の姿に、ようやく声を取り戻したペティアはひどく混乱した声音で尋ねた。ハイテンションで自分を抱きしめるミューナにも、自分たちから少し離れたところで嬉しそうに笑うサリィヌにも、ペティア自身は正体を明かしていない。
まして目的など知るはずのない二人がどうして……?
「驚かせてしまってすいません、ペティア」
すると、ペティアの物問いたげな視線に、ソファに座ってこちらの様子を見守っていたオリヴィエが遠慮がちに切り出した。
「実は、侍女としてコルザの傍にいたあなたの正体に、二人とも薄々気付いていたようで、先日問い詰められましてね……」
「……!」
「今日のお茶会であなたは本来の姿を見せることになっていましたし、予め話しておいても問題はないかと思ったのですが、いけなかったでしょうか……?」
事後報告を詫びるように、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべた彼は、ペティアたちを順に見遣ると、二人がここにいる経緯を説明してくれた。
やはり五年と言う年月が経とうとも、子供のころから一緒にいた親友の目を誤魔化し切ることはできなかったらしい。そのことに、ペティアは初めこそ驚いた顔を見せていたが、やがて彼女は小さく息を吐くと、困ったように言った。
「そう。ここまで来て正体を隠す理由はないし、本当のことを話したのは構わないけれど…どうして連れて来たの? 私たちはこれから彼らと対峙しに行くのよ? 危険すぎるわ」
「ええ、私も十分に言って聞かせたのですが、二人とも一緒に行くと聞かなくて……」
「あったりまえじゃない! 幼馴染み総出で王国の闇とやらをおっ払いに行くのに、あたしたちだけ仲間外れはナシよ。あたしたちも共に行くわ」
「でも……」
「そうよ、ペティア。私たち、今まであなたが大変なときに何にもしてあげられなかった。でもだからこそ、最後の最後くらい、一緒にいさせてよ」
「……っ」
共にお茶会へ向かうことに否定的な彼らに負けじと、真剣な顔つきで声を張り上げた二人はそう言って、心配げな眼差しを見せるペティアににじり寄った。瞳に固い意志を宿した彼女たちは、もう誰がなんと言おうとペティアと共に行く気満々のようだ。
「いいじゃん、一緒に行こうよ、ペティア」
「……!」
すると、正体を黙っていたことに怒りもせず、一緒にいたいなんて言ってくれた彼女たちの言葉に口ごもるペティアの、心の迷いを見透かしたように、傍にいたコルザが優しく言った。予行演習も何もない一発本番のお茶会の舞台で、彼らがどんな行動に出るのか、それは正直予想もできないことだ。そんな状況の真っ只中に二人を巻き込むリスクくらい、コルザたちも分かっていることだろう。それでも。
「大丈夫、何があっても絶対に二人に怪我なんてさせないよ。それに、ミューナもサリィヌも俺たちと同じで、きみと共にいたいって、そう思ったから一緒に行くことを決めたんだよ」
「……ん」
二人の想いを前に迷うペティアの背を押すようなコルザの言葉に、ミューナもサリィヌも、そしてオリヴィエもアルクも力強く頷いた。
これがペティアを大切に思う彼らの答えだ。
「ありがとう、みんな……」
王都の西側に位置する荘厳な宮殿で行われる春のお茶会は、午前十時の開始とともに大変な賑わいを見せていた。
一階の大広間と中庭を解放した会場には、陛下お抱えのパティシエが作り上げたタルトやカップケーキ、ビスケットにゴーフルといった様々な焼き菓子や新鮮な果物、そして何種類もの紅茶やハーブティが置かれ、招待客たちを楽しませている。
集まった貴族たちは皆、春に相応しい明るい色の衣装に身を包み、舞踏会とはまた違う和やかな様子で会話とお茶を楽しんでいるようだった。
「あっ、見て……!」
そんな笑い声で溢れた会場に、遅ればせながら若い貴族の一団がやって来た。
この国の次世代を担う名家の嫡男やご令嬢の登場に、会場の雰囲気がほんの少し変化する。
「さぁミューナ、着きましたよ」
「わぁ、今年も華やかで本当に素敵ね~」
先頭をきって会場へ足を踏み入れたのは、青を基調とした洗練された衣装に身を包み、長い銀の髪をなびかせた王国きっての美青年オリヴィエ・レシュラン。そしてマリーゴールドのようなオレンジ色のドレスに可愛らしい笑顔を浮かべる婚約者・ミューナだ。
二人はなぜか、あえて貴族たちの注目を集めるように話を続けている。
「お菓子にがっつくのは後でだからな。用が済むまでは我慢してろよ。甘党」
「そのくらい分かってるわよ、香りを楽しむくらいいいでしょう? あ~甘い香り……」
そんな見目麗しい二人に続いて現れたのは、金装飾の施された黒い軍服姿の赤毛の青年アルク・グランディアと大人びた見た目とは裏腹に甘党と名高いサリィヌ・ブラーティン。
彼らもまるで、こちらに目を向けることを望んでいるように方々に声を掛けている。
そして、そんな彼らに続くのは……。
「これが春のお茶会……。本当に豪勢ね」
「国を挙げての一大イベントだからね。普段屋敷で開くお茶会とは段違いさ」
最後に姿を見せたのは、深いカーキ色の髪に黒縁眼鏡、グリーンを基調とした柔らかな色合いの衣装に身を包んだ、公爵家の嫡男コルザ・トレフィーヌ。
彼は見たことのない、実に美しい顔立ちをした少女を連れ、客たちの目を引いている。
「見て、コルザ様が女の子をエスコートしてるわ。しかも、とっても綺麗なお嬢様よ」
「あら珍しい~。一体どこのご令嬢かしら?」
突然現れた謎の美少女に同世代の若い貴族たちはどよめき、大人たちはどこか知ったようなその姿を、不思議そうな眼差しで見つめていた。
名だたる貴族が集まる王国のお茶会とは言え、人との繋がりが重要な社交界ではその多くが顔見知り以上の関係のはずだ。だが、あんな美しい娘は見たこともなければ、どこの家の娘であるかも分からない。今まで表舞台に出てこなかっただけか、そもそも何者なのか……。
疑問を宿す彼らの注目を集めたまま、コルザと共に会場を進んだ彼女は、中庭を横切ると、大広間を出てすぐのところにある席に腰かけ、談笑を続ける、ある貴族たちの前で立ち止まった。
そして……。
「大変ご無沙汰しております。スリージェル侯爵家の娘、ペティア・スリージェルと申します。今回このような場でお会いできて光栄ですわ。ジャスター公爵、そしてドニーク伯爵」
「……ほぅ」
「なっ…」
貴族たちのざわめきを伴い現れた少女の挨拶に、一瞬にしてその場の空気が変化した。
今耳にした信じがたい名に、誰もが愕然としているのが背中越しにも伝わってくる。
だが、スリージェル侯爵家の娘を名乗る彼女は、後ろにいる大勢の貴族には目もくれず、ゆっくりと警戒心を露わにするジャスター公爵とドニーク伯爵をじっと見つめ続けた。
ほんの数秒が、永遠にすら感じられる、形容しがたい沈黙がその場を支配する。
「……ふむ、シフルの娘か」
するとしばらくして、長い白の顎鬚をしきりに触り、思案するように彼女を見上げていた公爵が、深い青色の瞳をすっと細めながら静かに言った。そこにはペティアが現れたときに見せた動揺は微塵もなく、王国最年長の大臣としての堂々とした貫録があるのみだ。
「昔一度会うたことがあるのぅ。……して、わしに一体何用かな?」
「実は公爵様に是非お聞きいただきたいお話がございまして……。不躾で申し訳ございませんが、私に少し…お時間を頂けないでしょうか?」
そんな彼の威厳ある雰囲気に負けまいと唇を噛み締めたペティアは、飾ることなく単刀直入に問いかけてきた公爵に、言葉を選びながら答えた。
幼馴染みたちが周りを囲い、大勢の貴族が聞き耳を立てるこの状況で、公爵がどんな反応を見せるのか、それは分からなかったが、とにかく復讐の舞台を作らないことには始まらない。
何としてもこの場で話をさせてもらわなければ……。
「話しか……。よいだろう、申してみよ」
切実な思いを胸に秘め、じっと公爵の様子を窺っていると、同じようにペティアの真剣な面持ちを見つめていたジャスター公爵がゆっくりと口を開いた。
公爵はペティアの目的を悟っているのかいないのか、彼女が名乗って以来、動揺した様子もなく、普段通りを保ったままだ。
そのことに微かな疑問を抱きながら、ペティアは公爵の後ろで表情を引きつらせているドニーク伯爵も視界に入れると、ここにやって来た目的を静かに告げた。
「お気遣い感謝致します。では、失礼ながら……。私がこの場に参ったのは、我がスリージェル侯爵家で起きた火事の真相を明らかにしたいと考えたからです」
「五年前のあの火事か。確かあれは一家心中事件と聞いておるぞ?」
「はい、五年前当時の騎士団警察部隊が調べた結果、火元が一階にある父の仕事部屋のひとつであったこと、そして、父と仲が良かったという外務省職員の「スリージェル侯爵は仕事で悩んでいるようだった」という証言から、侯爵家で起きた火事は一家心中事件とされました。しかし、事実はそうではないのです」
「ふむ……?」
「あれは父を憂いた、ある貴族による口封じ……。私の家族は悪意によって殺されたのです」
衝撃的とも言える告白に、会場がより大きくざわめいた。
みんなして互いに顔を見合わせ、事実を改めるペティアのよく通る声に耳を傾ける。
しかし、その一方でジャスター公爵は微動だにせず、彼女の話を聞いていた。そのあまりの表情のなさに、ペティアは微かな不安を抱いていたが、ここで話をやめるわけにもいかない彼女は、公爵の様子を窺いながら話を続けた。
「我がスリージェル侯爵家には、王国の騎士団警察部隊とは別に、上流階級の危険因子を調査する、貴族の警察と言う密命を代々陛下より受けておりました。父も当主を継いで以来、社交界の闇を探っていたと聞きます。そして、今から約五年前…王国のあるお方が強大な闇と関係を持っている可能性を掴んだ父は、その証拠を探していました。ですが、その途中、その方と繋がっていた父の友人に秘密を知られ、私の家族は屋敷ごと葬られたのです」
「ほう。証拠…いや、根拠はあるのかね? 火を放ったのがぬしの父ではないと言う根拠が」
「はい。あの日父は調査内容を陛下にご報告するため、出火の一時間以上前からずっと三階にある書斎で家族と共に準備を進めておりました。時限発火装置のようなものは騎士団警察部隊の調査でも見つかっていませんので、三階にいた父が一階に直接火を放つことは不可能です」
国が調べ確定した事実を覆すように、すらすらと当時の状況を語るペティアの言葉を、その場にいた全員が固唾を呑んで聞いていた。いつの間にかざわめくことを忘れた会場は静まり返り、ペティアの澄んだ声と公爵の穏やかな相槌のみがその場に聞こえている。
「ふむ…調査が仇になったか」
するとしばらくして、ペティアの話を止めることも、否定することもなく聞いていた公爵がため息交じりに呟いた。そのどこか意味深な言葉にペティアは眉をひそめたが、公爵は探るような眼差しを向ける彼女の視線を気にした様子もなく、静かに問いかけた。
「……して、五年もの年月を経てぬしが現れたと言うことは、ぬしの父・スリージェル侯爵を裏切った者の正体も、黒幕である人物の正体も掴んでおると言うことじゃな」
「はい」
「そうか。では申してみよ」
確信を宿すペティアの瞳を見つめたまま、公爵は臆することなく促した。
その途端、公爵の背後で話を聞いていたドニーク伯爵が、さらに表情を引きつらせたのが見えたが、公爵は意にも介していない様子だ。
二人の中にある明確な温度差に、ペティアは一瞬、虚を突かれたように目を瞬いたが、すぐに表情を改めると、固唾を呑む周囲の気配を気にしながらはっきりと告げた。
「……僭越ながら申し上げます。父を裏切り、屋敷に火を放った張本人は、ドニーク伯爵…あなたですね。父とは元々、幼馴染みだったとか……」
「……!」
「そして、闇と繋がるこの事件の黒幕は、ジャスター公爵……あなた…ですよね……」
「……っ!」
「証拠ならここに。言い逃れはできませんよ」
そう言って答えを告げるペティアの声に、会場中が言葉を失くしたのが分かった。
話を聞いていた貴族たちは皆一様に口を大きく開け、今聞いたことが信じられないと言いたげな驚愕の表情を見せている。
だがその一方で証拠を突きつけられてなお、ジャスター公爵の表情が変わることはなかった。
それどころか、うっすらと笑みを浮かべた彼は、小さく息を吐くと独り言のように呟いた。
「フフ、そうか。さすが、あやつの娘よ。ついに証拠を掴まれたか……」
「……? 認めるのですね、ジャスター公爵」
「ああ認める。黒幕は確かにわしじゃよ」
何か裏があるのではないかと疑うほど、ジャスター公爵はあっさりと闇との繋がりを認めた。
その否定の姿勢すら見せない様子に、ペティアも周りにいた幼馴染みたちも怪訝な表情を見せたが、彼はまっすぐにペティアを見つめたまま、闇との関係を築いた理由を語り出した。
「わしが闇との関係を築き上げたのは、今から二十五年程前のこと。この国は大国より独立し、貿易と豊かな資源で他国とも渡りあっておる。だが所詮、長い歴史を誇る他国に比べて、武力も兵力も蓄えは少ない。いつかまた、国同士の諍いが起きたとき、我が国などはあっという間に他国の手に堕ちるじゃろう。それを防ぐために強大な武力が欲しかったのじゃ」
「やはり、セレイアを始めとする各港を整備し、東欧諸国との貿易の強化を図ったのは闇を呼び込む隠れ蓑にするためだったのですね。しかし、あなたほど賢明な方がどうして……」
「フフ、よく調べておるの。強い武力はそれだけで国を守る矛になると思うたからじゃ。ドニークはそんなわしの考えに賛同し、共に関係拡大に尽力してくれた。そして、障害となったスリージェル侯爵家を亡き者にし、我々は誰の邪魔立てなく、彼らとより密接な関係を築いていけるはずじゃった。……じゃが、よもや消したはずの娘に繋がりを暴かれようとはな……」
どこか残念そうに付け加えたジャスター公爵は、すべての理由を語り終えると、何かに気付いたように、ちらりと後ろの大広間に目を向けた。
気付くとそこには三十代くらいの青年が佇み、二人のやり取りに耳を傾けている。
「平和な国に強大な武力は要らぬ、皆がそう思うのであればわしを捕らえるがよい。わしは己が間違っておるとは思わぬが、我を通そうとも思わぬ。のう、陛下……」
「……ジャスター公爵、本当にあなたが……」
公爵の呼びかけに、ほんの少し戸惑うような声音で、青年――ルリエル国王は輪の中に進み出ると静かに呟いた。突然姿を見せた国王陛下に、ペティアや幼馴染みをはじめ、話を聞いていた貴族は皆一様に驚いた顔を見せたが、ジャスター公爵だけは彼の存在に気付いていたのか、いつもと変わらない平然とした様子だ。
「左様、今この娘とわしが語ったことはすべて真実でございます。わしとドニークの処遇については陛下に一任する所存。わしは見苦しく足掻いたりはせぬのでご安心を」
「そうか。……よもや貴族庶民問わず慕われていたそなたが、闇と繋がっていようとはな」
淡々と、処罰を恐れた様子もなく語るジャスター公爵の至って真面目な眼差しに、陛下はひとつため息を吐くと、考えるように口を閉じた。
そして、しばし間を開けた彼は、覚悟を決めると、自分を見上げる公爵にきっぱりと告げた。
「……だが、この国に強大な武力は必要ない。我らは国のためにも民のためにも、争いのない平和な国を望む努力をしていかなければならないのだ。国を守る名分で強い武力を持てば、必ずそれを疎ましく思う国が出てくる。負の心は争いの火種になりかねない。そうならぬよう、わたしはそなたたち二人を更迭する道を選ぶ。連れて行け」
こうして、陛下の命によりジャスター公爵とドニーク伯爵は更迭された。
二人の後ろ姿を見送ったペティアは、ほんの少し笑みを零すと祈るように空を仰いだ。
これで五年をかけたペティアの復讐劇は、幕を閉じた。
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