第4話
なんだろう。声が聞こえる。言い争うような、二つの声。ああ、そういえば、あの人たちもしょっちゅう言い合ってたなあ。でも、あの二人とはちがう。あれは刺々しくて、底にはどろっとした憎しみがあった、これはそんな声じゃない。刺々しいんじゃなくて……そう、うるさい、ただただうるさい。でも、なんだか、すこしだけ楽しい気持ちになるような…
カイウスが目を覚ますと、見覚えのない天井と、こちらを覗き込む、金髪赤眼の見知らぬ少女と、見知ってはいるがあまり関わりあいになりたくない魔王が視界に入る。
見知らぬ少女はともかく、魔王とは視線を合わせたくないので、カイウスは自らの上半身へと視線を逸らす、そこは包帯ががんじがらめに巻かれており、両腕も同様だった。俺に何があった? 疑問に思うカイウス。
その時、よかったと安堵する声が頭上からかかる。視線を戻すと、見知らぬ少女が、よかった、本当に無事でよかったと、今にも泣き出しそうな顔でつぶやいた。
その瞳からは涙が次第にあふれて、ついにはぽたりぽたりとカイウスの顔へと落ちてゆく。
「ああ、ごめんなさい」
謝罪し、涙を拭う少女に、
「いや、構わなないさ。何か拭き取るものはないか、あとそれから君は」
とカイウスが言いかけたところで、魔王が割り込んできた。
「まったく、もう、何やってんだい君は。ほら、さがったさがった。あ、盾役くんはじっとしといて、顔に触れちゃだめだよー」
そう言って、魔王はパチンと指を鳴らす。
すると、カイウスの顔をびちゃびちゃにした少女の涙が、じゅっと音を立て蒸発した。
魔王は口をすぼめてその蒸気をものすごい勢い吸い込んでいく。
「いやー、さすが美少女の涙、元気が出るなー」
蒸気を吸い終わった魔王は、満足そうにそう言う。満面の笑みだ。
それを唖然と見ていた少女は、我にかえり絶叫をあげる。
「うきゃー! へんたい、へんたい、きもちわるっ、キモッ、キモすぎるー。返せっ! わたしの涙を返してー」
あまりの気持ち悪さに、その身をくねらせ泣き喚く少女。
対して、魔王は悪びれることなく言う。
「いやー。ご褒美だよ。ご褒美。だってウチがいなかったら今頃大変なことになってたんだぞ。それなのに、君はお礼も言わずにウチを責め立てるばかりで、仕方がないから強制徴集したまでさ」
「お礼を強制徴集とか聴いたことないから! てかその大変なことの原因はあんたでしょ! あんたがここに魔力を流し込んだりするから」
いや、それは先ほども言ったように、などと魔王が弁明を始めたその時、ちょっといいか、とカイウスが声をあげる。
「すまないが、言い合いはそこまでにして、状況を説明してくれないか。何が何だかさっぱりわからん。ここはどこだ? なぜ俺は包帯まみれに? 君は誰だ? なぜ魔王がここにいる? 女神はどこにいった、大変なことってなんだ?」
まくし立てるカイウスに、少女が答える。
「う、うん、そ、そうだよね、必要だよね、説明……でも……」
「なんだ、煮え切らないな、何か言いずらいことでもあるのか?」
「そ、それは」
と顔を伏せ、口籠もる少女。どう説明すればいいのかわからず、ちらっと、縋るような目で魔王を見る。
これには魔王もため息をつき、
「まったく、君ってやつは……本当に女神様なのかい? ウチには十代の小娘にしか見えないなあ」
そう言う魔王。これに少女は、バカにするなー神様なんだぞー、とわめく。
ん、この子が女神とはどういうことだ? とカイウスは魔王にたずねる。
「なんだい、盾役くん、気づいてないの? 鈍感熊め。あっそうか、さっき女神はどこだって言ってたもんね。ほら、君のご所望の女神ならそこに」
と向かいのベッド脇を指さす魔王。
カイウスがそちらに顔を向けると、少女は少し恥ずかしそうに身をよじらせ、上目遣いに、
「ごめんね、騙すつもりはなかったんだけど、言い出せなくて。ちょっと事情があって、人の姿になってます。女神タワーです」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
困惑顔のカイウスはそうかとうなずき、
「そうか、驚いたな。いや、さっきまでの霞のような姿と違い、ずいぶん可愛らしいから」
そう言うカイウス。声も態度もずいぶん違うし、と続ける。それに気をよくしたのか、少女姿のタワーはえへへとはにかみながらも、カイウスの腕に抱きつく。
「お、おい、急に抱きつくのやめてくれ。怪我に響く、響くか……ん?」
どうかしたのかい、と魔王。
「こんなに、包帯まみれってことは、ずいぶんな大怪我を負っていたんだよな?」
「ああ、そうだよ。それが?」
「いや……その割には、痛みがなくてな。むしろ、調子がいいというか」
不思議そうに首を傾げるカイウス。
「ああ、それには事情があってね」
その言葉に、事情ってのはなんだと返すと、魔王はタワーを指差して、
「そこのところは、女神様に聞いてほしいんだけど、この様子だと無理そうだね」
と言った。カイウスが振り向くと、腕に抱きついたままのタワーが何故だか潤んだ瞳でこちらを見上げている。頬もほんのり赤く染まっている。
「これはいったい……何がどうなっている。俺が気を失っている間に何があった? 説明してくれ」
困惑した表情のカイウス。
「ああ、まったく、ウチは君を魔族にするためにこんなところまで来たっていうのに」
片手で頭を抱えて、ため息をつく魔王。
「しょうがない、君に何があったのかウチから話すよ。こんなところにいつまでもいられないしね。そのかわり、一つお願いがあるんだけど」
「お願い? まさか、お前も俺の腕に引っ付きたいのか」
えっいいのかい、と嬉しそうに言って魔王は右腕に飛びつこうとする、がカイウスが駄目に決まってるだろう、と腕を遠ざける。
そして、その遠ざけた腕をがしりと掴み、その手を自らの頭へ、ポンと置くタワー。嬉しそうに笑っている。
そちらを振り向かずに、困りきった表情でため息をつき、
「俺、どうすればいいと思う」
とカイウス、
「結婚しちゃえばいいんじゃないかな」
とそっけなく返す魔王。冗談はよしてくれと弱りきった彼の声に、冗談で済めばいいけどねとさらに返す。
「で、ウチのお願いのことなんだけど、いやいや、そう身構えないでよ。別に、ウチもなでなでして欲しい! とかそういうのじゃないからさ……いや、して欲しいけども!」
勘弁してくれ、と弱々しくつぶやくカイウス。
えー、いいじゃない、両手に花で、と魔王。
「いや、まあ確かに。普段の俺なら大喜びで受けいれるんだがこの状況じゃ……ん、どうした? 急にポカンとして」
「えっ、ああ、いやこれは、その……もう! 君がおかしなこと言うから」
ぼーっとした態度から一転、慌てた様子で言葉を返す魔王。
俺、何か言ったか? と首を傾げるカイウス。
「まあ、それはいいから。それよりも、ウチのお願いを聞いてくれない? 君が嫌がることじゃないから」
気を取り直して、そう言う魔王。カイウスは、訝しげな顔で本当だろうなと言う。
魔王は、本当だよと真剣な顔つきで言うので、わかったとカイウスはうなずいた。
そして、訊ねる。
そのお願いってのはなんだ。
「うん、それはね……ウチに、君の名前を教えて欲しいんだ」
それが、ウチからのお願い、そう言って魔王は、少しはにかんだ笑みを見せた。
魔王に敗れ死んだ勇者パーティの一員の俺は、駄女神と契約し死を回避する為に過去へ飛ぶが、なぜかパーティメンバーが全員女、しかも俺が見あたらない……えっこれが俺? どう見ても子熊なんですが @okmamidori
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