第3話
暗闇が支配する、混沌の吹き溜まり内部。そこに先ほどまで静けさはなく、魔王によって外から送り込まれる魔力に混沌が反応し、嵐のように荒れ狂っていた。
そして、混沌が荒れ狂うその時同じくして、瀕死の獣がのたうちまわるような、悲痛な叫びがあがった。
それは、この暗闇の世界の中で唯一存在している光かがやく霞の中から響いており、その中心部でひざを抱えじっとうずくまったままのカイウスから発せられるものだった。
「わ、わわ、ど、どうしたの、な、なにが起こって。」
突然、苦しみだし、叫び声をあげるカイウスに驚き、慌てふためくタワー。急いで、回復魔法をかけるも、効果は見えず、カイウスは叫び声をあげ続ける。
「ね、ねえ、君、急にどうしたの? ま、まさか、体内に混沌が入り込んだんじゃ……」
そう思い、カイウスの体中を自らの霞を纏わせいじくりまわすも、混沌が体内には入った跡は見られない。
「どうしよう……わたし、どうすれば…‥」
叫び、苦しみ続けるカイウスを前に、タワーはなすすべもなく、自分の無力さを噛み締めていたが、そこに上から、少し間延びした、魔王の声がかぶさってくる。
「おーい、女神タワー、盾役くーん。なんだかさっきから獣の叫び声みたいなのが聞こえてくるんだけどー、いったいぜんたい君たちはなにをしているのかなぁー?」
その声を聞きとったタワーは、魔王に詰めよるために、声をあげようとするが、
「はっ、まさか……君たち、いくらそこが真っ暗闇で誰からも見られる心配がないからって、エッチなことはダメだぞ、エッチなことはー。いくらウチが魔王だと言っても、さすがにそれは看過できないぞー……お返事待ってまーす」
とおちゃらけた感じで、さらにかぶせてきた。
これにタワーはブチギレ、
「こぉん、のぉ、バカ魔王! 今すぐにやめて! この人、ひどく苦しんでる。なにしてんのか知らないけど、それをやめて! 今すぐ!」
大声でそう悲鳴のように叫んだ。
魔王はこの叫びを聞きとった瞬間、困惑した表情になり、タワーに言葉を返す。
「ふむ、苦しんでるだって? 盾役くんがかい? いや、今ウチがやってるのは、君たちをそこから追い出す下準備として、ただ単にこの吹き溜まりの中に魔力を流し込んでるだけで、盾役くんを苦しめる気なんてさらさらないよ。たとえ、誤って盾役くんにウチの魔力が流れ込んだとしても、盾役くんがその程度で苦しみだすなんてのは、考えられないなぁ? 何か別の原因があるんじゃ」
「そんなこと、今はどうでもいいから、早くやめて、おねがい! この人死んじゃう! おねがいだから!」
魔王の発言に割り込み、そう懇願するタワー。その声はもはや涙声で、しまいにはすすり泣くような音まで聞こえてくる。
「ああ、もう、わかった、わかったから。その、泣くのをやめてくれ。ウチは泣かれるのが苦手なんだよ。ほら、魔力はもう解いたから、ほら、とーいた。だから泣くのをやめよう。君は女神様なんだから。そんなんじゃ盾役くんも心配する」
そう言い、はあとため息をつく魔王。まったく仮にも女神ともあろうものが、たかだか人間一人の生き死にで、こうも取り乱すとは、とぼやく。
いやいやこの世界の未来は安泰だなぁ、などと皮肉ったところで、またも女神の叫びが聞こえてきた。しかも今度は怒りを滲ませながら。
「うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、この大うそつきー。全っ然、治ってないじゃないかー。このぉ淫乱魔王のこんこんちきー!」
と怒声を撒き散らすタワー。その声にはもう涙は混じっておらず、魔王を非難する響きだけがあった。
「まあ、確かにウチには淫乱のケがあるけどぉ。急にうそつきとか言われてもなー。普段はともかくとして、今この場に限って言えば、嘘なんてついてない。もう魔力は流し込んでいない。これはほんと。あとウチは狐の魔王じゃなくて鬼の魔王だから。てか、こんこんちきなんて言葉よく知ってるなー」
と言葉を返す魔王。続けて、
「あ、そうか、君って見た目に反して相当のババ」
と魔王が言おうとしたところで、背筋に冷たいものが走った。
なんだか……嫌な予感がする。
魔王は即座に、混沌の吹き溜まりの中に突っ込んでいた両腕を引き抜き、そそくさとその場を後にしようとするが、時すでに遅し。
「!」
ドン! と響き渡る轟音とともに、混沌のしぶきを撒き散らし、吹き溜まりの中から出てきたのは……まばゆい光を放つ巨大な腕。それは神々しくかがやく霞でできており、その腕は魔王を捕捉すると、「責任とれー」と怒声を発して急速に伸びてくる。
「責任とれと言われましてもー」
と情けない叫びをあげ、逃げる魔王。しかし、哀れ魔王は地面に転がっていた石につまずき転け、顔面強打。「うにゃー」と鬼のような見た目とは裏腹な、かわいらしい声をあげながら転げまわっているうちに捕まってしまう。
巨大な光る手に握り込まれた魔王は、殺さば殺せーと、口をもごもごさせ言うが、光る手は自らの怒気に任せ、魔王を握り潰すことはなく、魔王を握り込んだまま混沌の吹き溜まりの中へと戻っていった。
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