第2話
すべてが混沌へと塗りつぶされた暗闇の中で、一際きらめくものがある。
それは丸みを帯びた光りかがやく霞のようであり、中にある何かを包みこむようにして、暗闇の中を漂っていた。
中にある何かとはなんであろうか、それは赤子のようにやすらかな顔でうずくまるカイウスであった。
なんだかやさしい光を感じる。あたたかい。なんなのだろうこれ、いつまでも包まれていたい、そんな気持ちになる。
カイウスはやすらかな心持ちでそう思っていたが、ふと自分がうずくまっていることに気づく。(確か俺は魔王城での戦いに挑んで……そうだ、あの長話好きの魔王を、隙をついて殺そうとしたが、いつのまにか拘束されて無理矢理魔族に変えられそうに……だが、なぜうずくまっている? 気配を感ずるにここは魔王城ではないようだが。なんだか妙な雰囲気だ。なにがどうなってるんだ?)そう疑問に思い、今、自分がどのような状況に置かれているのか、確認するために瞼を開こうとした、その時、
「バカモノッ! 目を閉じていろっ!」
とカイウスを包みこむ霞から怒声が響き、一瞬、カッとまばゆい光を放った。
「よいか、瞼を開くではない、開くではないぞ! 少しでも瞼を開いてみろ、その瞬間、貴様のその頭蓋の二穴からそこらじゅうの混沌が体内に流れこんでこの世のありとあらゆる苦痛を体験したあと爆発四散するぞっ! そんなことになればわしとてただではすまん。いいな、開けるな!」
何が何だかわからないが、かなり切迫したものを感じたカイウスは、この声の主の言う通りにしたほうがよさそうだと、素直にうなずいた。
それを見て声の主は安心したのか、
「うむ、よいよい、やはり人間とは神に従順であらねばならぬ、そこのところをお前はよくわかっているようだ。感心感心。さすがは選ばれしものであるな」
と先ほどまでの切迫感は消え、声の主は偉そうに言う。
神という単語を聞き取ったカイウスは、
「申し訳ないのですが、あなた様は誰で、ここはどこで、わたしはどうなっているのでしょうか? 先ほどまで魔王城にいたはずなのですが。それと、わたしが選ばれしものとはいったいどういう事でしょうか?」
と彼としては、精一杯の丁寧な言葉遣いで、そうたずねる。すると周囲の霞から嬉しそうな声が響く。
「わしは女神タワー。いや、そう改まらずともよい。おぬしのやりやすいよう、いつも通りにするといい」
そう言われたので、カイウスはわかったとうなずき、遠慮なく言う。
「そうか、では……ここはどこで、俺はどうしてこんなところにいる? 魔王はどうなった? 答えろ」
「いやまて! いつも通りでよいとはいったが、いくらなんでもそれはない、ないぞ! 敬意を持て敬意を! わしは神様なんだぞ」
そうわめくタワーを、カイウスは気にも止めずに、言う。
「そうか神か、そりゃよかったな。でここはどこだ?」
「よくない! いや、神様に生まれてよかったけど、ってそうじゃなくて……もう! 敬意を持てと言っとるのに! ここは終わりなき草原のどこかにある混沌の吹き溜まりの中!」
「終わりなき草原? あのおとぎ話に出てくる? 冗談だろ」
「冗談なんかじゃない! ほんと!」
あと、ほんのちょっとでいいから、敬意を持って接して……おねがい。と呟くタワー。それを無視してカイウスは、
「混沌の吹き溜まり……聞いたことないな、そんなもの。で、今俺はどうなってる。生きてるのか死んでるのか? さっきまで腹に大穴が開いていたはずなんだが、それにさっきから瞼を開こうとしてるんだが、まったく開かない、なにをした?」
と尋ねた。それに対し、タワーは大慌てで言う。
「なっ、さっき瞼を開くなって言ったでしょ! いくら封をしているからって、無理矢理開こうとしないで、少しでも隙間が開けば混沌が入り込んじゃう。死にたいの!」
「ということは、今俺は生きているってことだな。封ってのは、魔法かなんかで混沌が入り込まないように? 腹も魔法で?」
「うん、そうだよ」
「あとその混沌ってのはそんなにヤバいものなのか?」
「そうだよ! ヤバいもんなんだよ。さっきも言ったように、苦しいんだよ、爆発するんだよ……だから、もう、おねがいだからおとなしくしていて」
疲れたような声で懇願までするタワー。そこに先ほどまでの威厳はなく、完全に口調も崩れている。
そうか、とうずくまった姿勢のまま顎を撫でるカイウス。そしてうなずいて、
「わかった、あんたの言う通り、おとなしくしていよう。悪かったな。いやこの態度は性分でね。自分でも如何ともしがたくてな、本当にすまなかった」
うずくまったまま謝罪するカイウス。
これにホッと息をついたタワーは、
「ああ、わかってくれればそれでいいんだよ。よかった。それじゃ、長くなってしまったけど、さっそく、本題に」
と話を進めようとしたところで、
「いや、まだ答えてもらってない質問がある」
そう言ってカイウスが割り込む。それに「ええー」と嫌そうに言う。もういいじゃん、しゃべり疲れたよー、と呟きが漏れる。
本当に神様なんだろうか、と訝しむカイウス。表情には出さずに、最後の質問をする。
「これで終わりにする。で、なぜこんな危険なところに俺を連れてきた? 選ばれしものってのは、なんのことだ? 勇者とは違うのか?」
「はぁ、わかった、答えますよ、答えますぅー。それはね、ここが他の誰にも話を聞かれない唯一の場所だから」
そして選ばれしものっていうのは、ある少女を助けるための、天命を帯びた英雄のことなんだよ。
サマーは、胸を張ってふんぞりかえったような声音で偉そうにそう言う。
それにカイウスは眉をしかめて、俺が英雄? 馬鹿馬鹿しいと、首を振る。
「俺は、自慢じゃないが、今までろくでもない人生を歩んできた、神の前で懺悔してもしたらないほどにな。その俺が英雄? 本当に? 嘘はないな?」
「本当だよ。嘘なんかつかない。」
サマーは短くもそう言い切った。そこに迷いはない。
「そうか、俺が英雄か……」
顎をさすりながら感慨深そうに言うカイウス。
「それでは、改めて、カイウス、そなたに頼みたいことがある」
女神タワーは真剣な声音でそう言って、カイウスは神妙にうなずく。
が、そこに甲高い笑い声が割り込んだ。
「アーハッハッハー、まさかこんなところにいるとはねえー。いやー盲点だったよ。もー、ウチいろんなところ探し回ったんだからね! 盾役くん! 世界中だよ。せ・か・い・じ・ゅ・う」
「げっ」
「むっ」
とこの声の正体に思い至った二人は同時に声をあげる。
「さあ、それじゃあ、さっきの続きといこうか」
魔王はそう言ってその膨大な魔力を、混沌の吹き溜まり中に流し込んだ。
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