魔王に敗れ死んだ勇者パーティの一員の俺は、駄女神と契約し死を回避する為に過去へ飛ぶが、なぜかパーティメンバーが全員女、しかも俺が見あたらない……えっこれが俺? どう見ても子熊なんですが

@okmamidori

第1話

「たかだか二十も生きていない、ハナタレショウベンタレの坊ちゃん嬢ちゃんにしては、遠路はるばるこの魔王城までの旅路ようやったなぁとウチとしてはほめたいところだったんだが……はぁ」

 鈴の鳴るような声がカイウスの頭上で響く、その音は軽やかで甘くまるでおとぎばなしに出てくる妖精のよう。ため息でさえ。だが実際は魔王だ。100万の軍勢を率いカイウス達の住む大陸の国々を次々に占領していった、悪鬼のような姿をした魔族の王。

「いやこんなくそつまんない結末になるとはなぁ、せっかく退屈な日々から脱出! 血が沸る戦いのはじまりやって期待してたのに……ウチガッカリ、ほんとガッカリ」

 もっといろいろ頑張ってくれよなぁ人間諸君、と続く言葉にはほのかに悲しさや寂しさが感じられるような、だが思い違いだろうなとカイウスは思う。なんせ土手っ腹に大穴を開けられ血がドバドバ出ている。頭にまわる分なんかありゃしないだろう。まともな思考なんてできるわきゃない。

 

 魔界の荒野を天高く飛ぶ野鳥から見たら、今の魔王城は地面から突き出た岩だらけで城も城壁も崩壊しいたるところで火の手が上がり煙でもうもうとしていた。中心部の玉座の間があったであろう箇所は直下から突き出した岩壁が天を貫かんとばかりに伸びている。


 岩壁の頂上は玉座の間がギリギリすっぽり入るぐらいの広さではあるが、それに比べて人の数は少ない。何故か憂い顔の魔王、それに見おろされる板金鎧の腹に貫通するほどの大穴を開けうつ伏せに倒れている大男、そこから少し離れたところに黒焦げの死体が五つ。

 この死体群は身につけていた武具装飾品などが燃え尽きてしまったのか見あたらなく、一見すると誰が勇者で誰がそのほかの仲間なのかわからないが、よくよく観察すると一か所だけほぼ無傷な皮膚をさらしている死体があり、そこには防御魔法陣の起点となる複雑で精緻な印が刻まれており、これが勇者なのだろう。

 魔王はその勇者の死体を見て暗い顔でため息をつく。

「これほどまでの印を刻めるのであれば、あらゆる所に刻めばいいものを、予算をけちったのかそれとも技術的な問題でこれが限界なのか、なんにせよ、ほんとに此度の魔王討伐連合は質が悪い。」

 はあ、と再度ため息。魔王城にたどり着くまでは良かったんだがなとぼやく。その後表情をいっぺんさせ楽しそうに言う。

「それに比べこの勇者たちときたら、直接こちらの大陸に赴くのではなく、自国の街や村々を善行を積みながらまわりパーティーにかかる守護神の力を高め、その後占領された国々を解放し人々の羨望と期待を集め反魔王の機運を高め、いざ敵地へと赴かんと意気揚々とこちらの大陸に降りたったら、今までとは真逆の悪虐非道の酒池肉林。魔族がそんなにも憎いのかそれともこちらに降りたって連合の監視が薄れたので単にタガが外れただけなのか、どちらにせよ大変に愉快で面白いものを見せてもらった。やはり人間とはこうでなくてわな、ウチ大満足。まぁ臣下の大半は引いてたけど。」ククッと喉を鳴らす魔王。 

「いやー勇者とあろうものがあそこまでの悪らつ豹変っぷり。襲いかかってくる魔族をちぎってはなげ襲いかかってこない魔族も出向いてちぎってはなげ、老若男女見境なく手を出し、というか有機無機区別なく犯しに犯し尽くし放蕩三昧。いやーもうね、勇者達の上空で守護ってたテセウス神のあの顔! 無だよ無、怒りや悲しみ通りこして無! 」

 いや、すごいよねこの勇者たち、上で神様見てんのに歯牙にもかけてねーの。アハハと楽しそうに笑う笑う、自国の領民が好き勝手され酷い目にあっているというのにそんなもん関係ねーよとばかりに大笑いする魔王。

 

 だがここで急に、すっと表情を消す。


「なのにさ、なんなのコレ。」その声には、生きとし生けるものすべてが底冷えするような、静かな怒気だけがあった。

「突然の大地震に岩盤の隆起、その後の城内各所での謎の爆発事故、各領地に方面軍との連絡途絶それに第一第二親衛隊長の失踪、そして大規模転移魔法にともなう大爆発、で爆発の中心部から現れた君たち。そして擬神化し暴走する盾役くんにウチを拘束させ後方から神の矢で盾役くんもろともウチを射ぬく」

 魔王は勇者たちに向かって両手を広げ言う。 

「これ、君たちだけじゃ無理だよね。ただの人間に毛が生えただけの連中にこんなことできるわきゃないし、今の連合にだって無理、君たちが崇め奉る神々だって無理、じゃなきゃ勇者たちだけをここに送り込んだりしない。じゃあいったい何が君たちにこんなことをさせたのか」

 静かな怒気をはらんだまま、肩をすくめて言う。

「まあ、何がやったかなんてもうウチにはわかってるんだけどね、君たちがここに現れた瞬間に。まったく、奴らが君たちにどうやって接触し、なんと言って焚き付けたかはわからないが……はぁ、つまらないことをする」

 とここで魔王は、クンッと指を一振り。すると魔法の力なのだろう、今までうつ伏せであったカイウスの巨体が持ち上がり垂直姿勢になりそのまま空中で固定される。

 魔王は近づき、カイウスの俯いた顔を魔力で持ち上げる、全体を覆う兜で表情は見えないが、つんと額をつついた瞬間、そこを起点に兜の四方にひびが入り瞬時に砕け散る。 

 現れた顔はザンバラの黒髪、閉じた瞼は少し腫れぼったく、鼻は丸みを帯びて低く、口は意外と小さく、薄く無精髭が生え、全体的になんだか丸い、表情はなく、顔色は青白い。

 ふむ、昔南の森で見た熊に似ているな、子熊だ子熊。とつぶやく魔王自身はというと額の少し上から一本の角がはえ、顔はミミズが一面に張っているような腫れ方をしており色は紫だ。 

 子熊のような顔の男と見るものを一瞬で卒倒させるような顔の女。

 その女、魔王は、カイウスの耳元にまで顔を近づけ、そっとささやく。


バレてるよ、と。 


「ふふふ、これでも魔王だからね。君の意識がとっくに回復していることも、その右腕の籠手に仕込んである毒針でウチを殺す機会を伺っていることも。」

 カイウスの背筋にすっと冷たいものがはしる。

「 君はすばらしいね、体に大穴空けて、ウチに拘束され、にっちもさっちもいかないはずなのに、それでもウチを殺すことをあきらめない、その意思、闘争心。実に良い、気に入った。」

 先ほどまでの怒気はどこへいったのか、満面の笑みの魔王。その笑みのまま魔王は言った。

「ウチ、君のこと気に入ってしまったので、魔族化した上で配下にしたいと思いまーす。あ、逃げようとしても無駄だよーって、もう拘束してたんだっけ」アッハッハと高笑う魔王。

「ま、儀式は最終段階だから今更逃げようはないんだけどね。疑問に思わなかった? なぜウチが死にかけの君にこうも長々とお話してたのか? そう、この長話は儀式の一環だったのです。昔は、もっとこうしかめっつらでそれらしい呪文唱えながら丸一日魔法陣描いてたたらしいんだけどさ、めんどうだからウチがバシバシ削って簡略化しましたー、簡略化っていうか効率化?」

 魔王が話す間もなんとか毒針を突き刺そうと試みるカイウスだが、身体がまったく動かない。このままでは魔族にされてしまう、動け動け、コイツさえコイツさえ殺せば争いは終わる。そう争いは終わる、争いが終わったら俺は……俺は? 争いが終わったら俺は何をすればいいんだ? 

 ん、とここでカイウスの異変に気づいた魔王。「なんだか雰囲気が変わったね、君の中で今どのような変化が起きているかは定かではないが、まあそれはウチがどのようにしてあの長話に呪文を仕込んだのかってのと合わせて後で話し合おうか、ベッド上でね。」

ニヤリと笑い、ここで口を開く魔王。その口腔内には、何か得体の知れない触手状のものどもが蠢いている、そして口を開けたまま、カイウスの口元へと近づけていく。カイウスは瞼は強制的に閉ざされているため直接見ることは叶わないが、その禍々しさは瞼を突き抜けカイウスに迫ってくる。 

「さあ、儀式はこれで終いだ。ようこそ魔族の世界へ」

 自らの口をカイウスの唇へと近づけていく魔王。もはやカイウスは逃げることも叶わず、あと少しで魔王の口腔内からカイウスを魔族へと変異させるため、その口腔内へと異形のばけものたちが……


「ちょっっと待ったーー!」


 甲高い怒声が辺りに響き、天空から、神々しい光を纏い、ひとりの少女が舞い降りた。

 

 カイウスを救うために。

 否。

 少女自身の欲望のために。

 

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