星が降る朝
葛野鹿乃子
星が降る朝
ゴーグルでくすんだ視界の奥で、星が瞬いた。僕はその方向へ向かって駆け出す。
瞬いた星を視界の端に捉えながら、瓦礫ばかりの地面に足を取られないよう走り抜けていく。相棒は少し離れたところから星に向かっているはずだ。
地上は建物や戦闘機の残骸が突き出ていて危ない。防護服に引っかけて穴が開けば、そこから汚染された空気が入ってきてしまう。吸えば呼吸器系に毒素が入って苦しむし、多く吸えば肺が汚染されて死んでしまう。
怖いけれど、今の時代どこで何していようと危ないことには変わりない。
ここで星を集めて少しでも稼がないと。
瓦礫を飛び越え、夜空の向こうで瞬く星を追いかける。
星が白く、ぱちぱちと火花を発するように光って弾けている。星が死んで落ちてくる。
星の欠片は今の時代エネルギーの源になるけれど、地上に落ちて文明を破壊してきた。
星によって町は滅び、人は星の落下の影響が出ない土の下のシェルターで暮らし始めた。それまでずっと続いていた戦争が星のせいで止まったのはよかったのかもしれないけれど。
星が弾けた。光の筋がいくつにも分かれて落ちてくる。
それは撃たれた戦闘機が落ちる姿に似ていると思う。
燃える光、落ちる命の残骸は、死の姿そのものだ。
星の欠片が地上に迫り、落下の圧力が空気を震わせる。僕は光の大きさから、星の大きさを推し量る。あまり大きくはない。経験則が、瞬時に落下の衝撃が及ばない場所で僕の足を止めさせる。相棒も僕と少し離れた場所で止まった。
視界が光でいっぱいになった。瞬間、耳が割れるような轟音が響いた。
激しい地響きが足から全身へ伝う。しばらくしてから地響きが収まる。
抉れた地面にいくつか黒い煙が昇っていた。僕はそこへ駆け寄って、手袋越しに焦げついた白い星の欠片を拾っていく。まだ淡く光を発しているからいいエネルギー源になる。麻袋がいっぱいになるまで拾う。早く拾わないと他の人が来て稼ぎが減ってしまう。
少し離れたところで相棒も星を拾っていた。
「どうだ? 今日は結構稼げそうだな」
相棒が膨らんだ袋を片手にこちらへ駆け寄ってきた。防護服越しのくぐもった声が僕にかけられる。相棒がゴーグルの奥で笑っているのがわかった。
「結構集まったよ。何日食べられるかな」
暗い夜空に溶け込むような瓦礫の平原を、二人で町まで引き返した。
町とは呼んでいるものの、町らしいところはひとつもない。戦闘機や戦車、建物の残骸を地中に埋めてシェルターで覆い、地中で暮らしているのだ。星の欠片を使って各家に空気清浄機を入れ、住人共有のプラントで芋などを栽培していた。
僕も相棒も、両親がいなくて一緒に暮らしている。
僕の父は戦争で死に、相棒の父は空気汚染で肺を悪くして死んだ。
帰ってすぐ、星の欠片を食料と交換しに行った。自分たちに必要な分以外は、町の住人と交換して生活に必要なものを得るのだ。といっても、文明が朽ちて、いつ人類のすべてが死に絶えるかわからない世界で、必要になるものはそう多くない。日々の食料と水、空気清浄機のエネルギー源さえあれば、生きていくことはできる。
今日はもう家へ帰って休むことにした。
壊れた戦闘機の中が二人の狭い家だ。寝袋二つと空気清浄機とランプ。それだけしかないが、それ以上は必要ない。ランプの燃料がもったいないから早めに休む。
今は夜明けだけれど、夜に星を採りに行くから、僕たちの生活は基本的に昼夜逆転している。この地中には太陽の光は届かないから、いつでも夜みたいだけれど。
真っ暗な中、寝袋にくるまりながら寝るまで相棒と無駄話をする。
「星、落ちる頻度が増えてきたな」
「うん。星って、数に限りがあるのかな」
「もしそうなら、星のエネルギーにも限界があるってことだよな」
今、星以外のエネルギーが世界にはない。だからもし星に限りがあって、すべての星が落ちてしまったら人は生きていけなくなる。すべての星が地上に落ちたら、それだけで地上はぼろぼろになって人は死に絶えてしまうのかもしれないけれど。
「どっちにしても、終わりは近いってことなのかな」
「そうかもしれない。でもいつか終わるかもしれなくても、俺は明日が来ると思っているよ」
「僕も。明日も、星探しに行く?」
「そうだな。稼げるうちに稼いでおきたい」
暗闇の中で頷く。二人でなら、こんな世界でも何とかやっていけるはずだ。
それを信じられるから、僕は明日のために眠る。
すぐに次の日の夕方になった。星と交換して手に入れた芋をひとつ食べて水を飲んだ。
それから防護服を着る。フードを深くかぶり、上からゴーグルとマスクをつけた。隙間がないことを確認してから、相棒と地上へ出る。
僕らはいつも途中まで古いトラックで移動し、星を採るときはトラックから出て走ることにしている。星が運悪く近くに落ちてこないかぎりは、その方法でうまくいっていた。
この暮らしをどれくらい続けているだろう。地下でも外でも、年月の流れがわかるようなものがない。父さんが死んだときだって、もう何年前なのかすらわからない。
僕が覚えているのは、父さんのいる飛行部隊が敵に撃墜され、黒い煙を上げながら落ちていくテレビ越しの姿だ。
暗い夜空の向こうで、チカチカと光が瞬いた。
星だ。瞬時にそう判断し、トラックから飛び降りて駆け出す。星が落ち始めた。
尾を引くように光の筋を描きながら、星がいくつか地上へ落ちてくる。
瓦礫の残骸や戦闘機の残骸を防護服に引っかけないようにしながら僕たちは走った。目で星を追う。星はひどくゆっくり落ちているのに、どこまで走っても近づけないような気さえする。気が急く。薄汚れたゴーグルの向こうで瞬く星を見失わないようにする。
瓦礫に足を取られる。勢いのまま前のめりに倒れ込む。すぐ起き上がる。どこにも服の綻びや破れ目はない。ほっと息をついた。
「おい、大丈夫か!」
相棒が少し遠くから声を張った。
「大丈夫!」
反射的にそう返し、再び駆け出して星を追いかけた。防護服の中に熱い息が篭る。身体の中から吐き出す熱い息の感覚は僕たちを星へと駆り立てる。地上で直に感じる感覚は、防護服の中の息くらいだ。走っているだけなのに、生きている感覚がする。
星。生命維持に欠かせないのに、僕たちを滅ぼすものたち。
地上は戦争と星でぼろぼろになった。どっちも憎らしいとは思わない。こんなものでも頼らなければ、僕たちは生きていけない。
よるべのなさを全部星に預けなくちゃいけないのが、心細いだけだ。
星の落下速度が速まった。地上に激突する。今日の星もあまり大きくはない。
落下の衝撃が及ばないだろう場所で足を止めた。相棒も僕と少し離れた場所で止まった。
星が落ちるのを待つ。空気に圧力が加わる。身体が押し潰されそうだ。
空を仰ぐと、白く火花を発するように星が弾けながら落ちてくる。
大きな光がいくつもの光の筋に分かれた。砕けた星の欠片がまるで砲弾のように地上に降り注いだ。視界が真っ白になる。轟音が耳を潰すように響いた。激しく地面が揺れる。
辺りがようやく静かになってから、目を開けて立ち上がった。黒い煙がいくつも立ち昇り、地面は瓦礫ごと抉られてぼこぼこになっていた。
僕は星へ駆け寄る。焦げつく淡く光る星を手袋越しに掴んでは、袋に入れていく。
「ねえ、今日も大量だよ」
僕は相棒に声をかけた。きっと少し離れたところで同じように星を拾っているだろう。けれど、離れていても受け答えを欠かさない相棒が答えなかったのが気にかかった。僕は首を巡らせて相棒の姿を捜した。
変だ。どこにもいない。僕は星を放って相棒を捜した。
「ねえ、どこにいるの?」
声をかけながら辺りを見回す。
瓦礫の陰に見覚えのある防護服が横たわっているのを見つけた。急いで駆け寄る。
相棒が倒れている。仰向けにして肩を揺すった。
「どうしたの? ねえ、返事をしてよ!」
左腕のところの防護服が少し破れていた。
星の落下の衝撃のせいだろうか。辺りの鉄の残骸や土が捲れ上がって飛んだりしたから、そういうのが服を掠って破れてしまったのかもしれない。
防護服の下は生身だ。汚染された空気を吸ってしまったのかもしれない。
僕は相棒の麻袋を裂いて、破れたところに巻いた。これじゃ密閉性もないし地上の空気を完璧に塞ぐことはできないけれど、やらないよりはましだ。
僕は相棒を背負った。僕のような小柄な体格で、防護服を着ながら同じくらいの体格の子を背負うのははっきり言って重すぎる。うまく動けないし、トラックまで戻るのは遠くて時間がかかる。けれど、だからって見捨てていくことなんてもっとできない。
少しでも前へと進んだ。気持ちだけが駆け出しても少しずつしか進めない。そのギャップが余計に焦りを生む。
どうして、この世界はこうなのだろう。
建物と兵器の残骸ばかりで、空気は汚染されて生身ではいられない。地上のすべてを破壊していく星を採らないと生きてもいけない。
地下シェルターで日の光もまともに見られずに、少ない食料を分け合って、いつ尽きるかもわからないエネルギーを頼りにするしかない。
どうして、僕たちを滅ぼすものと、僕たちを生かすものは同じなのだろう。
脳裏に映るテレビ画面で、戦闘機が落ちていく。
黒い煙を上げて、鋼鉄の翼が折れた父さんは、いくつもの燃える光になって落ちていった。
どうして父さんが焼けて落ちてしまう前に星は降ってくれなかったのだろう。
もつれた足が瓦礫につまずく。前に倒れ込んだ拍子に、腰の麻袋に入れていた星が飛び出した。相棒の身体が僕の背中でぐったりしている。
うつ伏せ状態の僕の顔の前に、さっき採ったばかりの星が転がった。
淡く白い光を帯びた、小さな星の欠片。
片腕を伸ばす。ただの石のようなそれを手袋越しに掴む。少し前まで火花を散らしていた、ほんのり熱を持った星のごつごつした硬い感触が、手袋越しに伝わる。
こんなものを掴んでも、どれくらい生き永らえられるかわからないのに。
目元がじんわり熱くなってきた。目尻の淵から涙が一筋だけ溢れた。
喉が震える。嗚咽が喉の奥から跳ねるように飛び出しそうになって、うまく息ができない。指先が熱を帯びたようにぴりぴりした。
空が白んできた。もうすぐ夜明けだ。
鋼鉄でできた戦争の残骸の輪郭が、朝日を帯びていく。ぼろぼろで生気の欠片もないのに、少しだけ地上が綺麗に見えた。
せっかく朝日が見えるのに、視界が滲んで霞んでよく見えなくなってきた。
ただ朝の白い光が、僕のゴーグル越しの視界いっぱいに広がる。
その遠くで、星が何度か瞬いたような気がした。
星が降る朝 葛野鹿乃子 @tonakaiforest
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