第71話

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 忘備録としては長い内容になっていることは個人として十分に分かっている。だがこれがあの四天王寺ロダン君が書いた小説の補講として補うにはちょうどいいと思っている。そんな相反する中で、いよいよ忘備録も最後になった。

 つまりこの事件、私は『馬蹄橋の七灯篭』とするが、この事件の結末を幾つか書くことでこの忘備録を終わらせたい。

 まず猪子部銀造を殺害した人物だが、それについては後日、角谷刑事からメールが来た。犯人は意外なところに居たのだ。そう、犯人であるその人物はあの雲竜寺前にラーメン店を出していた店主『たこべぇ』だったのだ。

 彼は長年、銀造の恋人(つまり男色としてのだが)だったのだ。つまりあの日去り際に私の面前で銀造が立てた小指は間違いなかったのだ。たこべぇ自身、あの事件後、明石のたこフェリーふ頭から身を投げて水死したのだが、そこに彼の遺書があった。全ては此処に記載しないが大事な点としては、彼自身は幼少の昔から銀造との深い仲だったが、ある時期から何か違うのを感じていたらしい。それは恋人同士の愛の世界における愛撫の仕方などだと書かれていたので深く推量せぬが、それを永年感じていた彼はついぞ、あの日、銀造に言ったのだ。それを聞いた銀造(竜二)は遂に口を割ったようだ。それを長年内心薄々感じていたたこべぇは席を立って外に出るや銀造を先の尖った鉄串を握って追うや、力任せに銀造の首を突いた。それを数度やると後は駆ける様に逃げ、それから明石の海に身を投げた。

 遺書の最後には恨み言があったそうだ。それは猥語ではあるが、この事件の性格を現す側面があるので私の意思で一部ここに書き残す。


 ――たこべぇの遺書より


『外道め!!良くも長年俺をたぶらかせやがったな。俺はお前の息子が店に現れた時思ったんだ。お前が女を愛して子を作っていたことを知らなかった!!それを知った俺の動揺が分かるか??しかしそれで嫉妬に駆られてお前を追求したら遂にゲロったな!!なんて汚らわしい奴に俺の躰は長く蹂躙されていたんだ。まるでガマガエルに俺の身体を舐められていた気分だ!!汚らわしい!!そうか、竜一。良くも兄貴を殺しやがったな。よしいいさ、お前が死んだのはニュースで見た。おうよ、俺も一緒に地獄へ行くさ、そこで今度は今までとは逆にお前の尻を責めてやる、いくはてもなく、いくはてもなくだ!!ひぃひぃ言わせてやるからな、銀造、いや竜一!!まってろよ、地獄で』


 

 東珠子は『東夜楼蘭』での観劇のあと、これから日本全国に残る地方演舞場を現代の役者で再興していこうとメディアに発表した。それは昭和の頃から残された地方の演舞場の復興と地方文化の息吹の吹きかえしだけでなく、次世代の役者や脚本家を育てる目的である。

 その中に劇団『シャボン玉爆弾』があるかどうかわからないが、いち個人としては大変期待している。実は後日、私は彼女にインタビューを申し込んだ。勿論、馬蹄橋の事である。彼女は内密にという事を条件で受けてくれ、私は所定の場所で待ち合わせた。そしてそこに彼女が現れたのを見た時、思わず「――良くあの人に似ている」と漏らしてしまった。それは誰かと彼女に聞かれたのがインタビューの始まりだったが、私が彼女に言ったのは、一言、――お母様にです、だった。それを聞いて彼女はどきりとしたようだったが、後は平然として私に向かって今度はこちらが驚くようなことを言った。

「――そう言えば、彼も同じこと言ってました」

 その時の彼女、東珠子は酷く美しく私には見えた。

 

 馬蹄橋で発見された遺骨だが、それについて事件性は否定できないものの、これらの事件に深く関与するだろう最後の特定される被疑者が全て亡くなった為、また届け人である東エンタープライズ自体も何も損害が無いことから事件は被疑者不明のまま、司法の手に触れぬままこのまま消えることになるだろうと思慮する。

 全ての関与人の死亡とはつまり龍巳老婦の死亡を指す。私が訪れて丁度七日後、老婦人は老衰により自宅で死亡した。婦人の死は家を訪れた社会福祉センターの係員よって発見された。

 龍巳老婦の死に姿は綺麗な着物着のままであり、まるでその姿は五月人形の様で、手に小さな数珠が握られていたそうだ。そしてその側に手書きで書かれたものがあった。

 それはこうだった。


 ――ててさま

  りゅうへい、たまこはおなじはらのこにて、

 なんびとにもさとられぬよう、よろしゅうに


 それはりゅうを呼びましょうから


 どちらにしても奉天から続けた彼女の長きにわたる人生の旅は遂に終わりを遂げた。

 さて、猪子部銀造なる人物であるが、後日自分が調べたところ、彼はどうも無国籍者だったようだ。なぜそうなったのか?単に出生届出の際に彼自身の記載が脱落したのか何か意図が瀧子にあったのか、今となっては結局のところ分からないし、また記録がない為、彼の正確な没年も分からない。戦後はそうした曖昧さがあったのかと推量するが、どちらにしても自分が会った人物が誰だったのか、今は思いを巡らすしかない。


 ではこの忘備録は西条未希と四天王寺ロダンの事を書くことで最後にしたい。

 まず西条未希だが事件後一度だけ彼女から電話があった。

 その時、彼女は私に言った。

「…佐竹さん、あの小説読まれたでしょう?あの時勢いよく渡しましたけど、あれってどこか不自然でないですか?今読んでもなんかしっくりこない、なんか大事なところは小出しにされていてるんだけど、何かこう、事件の何か大事な核心というべきところを、濃霧の様に消されているような…」 

 そこで私は言った。

「所詮、素人小説何てそんなもんです」

 以来、私と西条未希とは連絡をしていない。勿論、それでいいと思っている。

 もしかしたら自分が書いた東京オリンピックの記事を見て連絡があるかと思ったが、未だそれは無い。

 新聞に書いた東京オリンピックにまつわるエピソードは火野龍平の事を書いた。才能あふれる若者が不思議な事故に見舞われ夢を絶たれたというエピソードだ。それはこの『馬蹄橋の七灯篭』の中で唯一、清涼ある部分だし、亡くなられた龍巳老婦の人生に対する僅かながらの敬意と慰めである。

 さていよいよ最後に四天王寺ロダン君であるが、彼は一体今どこにいるだろう。山口の彦島には行ったようだが、その後、消息が分からない。

 ひょっとしたら既に難波に戻り、飄々としたその風采で役者をひた向きに目指し、今も何処かで自分磨きに忙しい身かもしれない。

 だが、ロダン君。

 いつか此処に顔を出してくれないだろうか。

 私は大阪のこの難波の新しいランドマークともいえる様な高層ビルに居る。あべのハルカスほどではないが、それでも何かと話題があるビルだ。

 私は君を探すより、此処で待つ。

 きっとそのほうが雲を掴むような君を探すより、いつかその雲がこの高層ビルに当たるようにふらりと君がやって来そうだからだ。そう、何となくだがそんな気がしてならない。


 さて、『馬蹄橋の七灯篭』の事件ついて私自身が知り得ていることはこの忘備録に全て書いた。

 それはつまり、

 以上を持ってこの『馬蹄橋の七灯篭』の事件は終わりだと言うことである。


(了)

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馬蹄橋の七灯篭 / 『嗤う田中』シリーズ 日南田 ウヲ @hinatauwo

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