第2回 モムゼン『ローマ史』
1902年に第二回ノーベル文学賞を受賞したのはドイツの歴史家テオドール・モムゼンでした。モムゼンは1817年生まれ。八十五歳での受賞でした。
え、待って。歴史家? 学者さんってこと? 作家じゃなくて? そういうひとも文学賞もらえるの?
多くの人がこの疑問を持つことを、ノーベル賞授与側も分かっていたのでしょう。
モムゼンに対するノーベル文学賞授与に際しての歓迎演説の中では、こんなことが言われています。
ノーベル賞では“文学”にはいわゆる文学作品だけでなく形式や内容の点で文学的価値のあるものも含むと考えている。だから歴史家でも科学者でも哲学者でも、著した作品が芸術的な叙述で素晴らしい内容のものならば文学賞を授与するよ。
ほうほう。となればモムゼンの著作物は小説でも詩でもないのに、とても芸術的だということになりますね。いったいどんな作品なんでしょう。
モムゼンがノーベル文学賞を受賞する決め手となった作品、それは『ローマ史』というものでした。全四巻。1854年(モムゼン三十七歳)に第一巻が出版され、翌1855年に第二巻、さらに翌年1856年に第三巻が出ました。そして約三十年あいだが空いて、1885年に第五巻が出版されました。
あ、あれ? 第四巻は?
なんと第四巻、出版されていません。
え、どういうこと? ってなりますよね。
内容でいうと、第一巻から第三巻がイタリア半島に最初に暮らしていた人びとについて~都市国家ローマの成立~地中海世界の覇者となる~英雄カエサルの登場と独裁成立というところまで。年代で言うと紀元前1200年ごろから紀元前46年まで。およそ1200年間にわたるイタリアの歴史が語られています。しかもただ出来事を追うだけでなく、法律や宗教、芸術、学問、度量衡についてなど多岐にわたって。ページ数でいうと約二千ページ。大作ですね。
第五巻はカエサルからディオクレティアヌスという皇帝(在位284年~305年)までのローマの国々と人びとについてだそうです。だそうですというのは、どうも第五巻は邦訳が出ていないようなのです。少なくともわたしが調べた範囲では見つかりませんでした。
で、第四巻はローマ帝政期の政治史が語られるようだったのですが、結局出版されませんでした。
第三巻から第五巻が出るまで三十年も経ってるし、だったらもう第五巻が第四巻でいいんじゃないの? と思ってしまうところですが。何かモムゼンにしか分からないこだわりや出版社との軋轢があったんでしょうか。
話が逸れてしまいました。モムゼンの文章の芸術性に戻りましょう。
今回もわたしは『ノーベル賞文学全集』(主婦の友社)に収められている邦訳を読んだのですが(第二十一巻)、この中ではページ数の都合上「ローマ史(抄)」となっていて、おもに『ローマ史』の第三巻、英雄カエサルについての事柄を中心にまとめられた文章を読むことができます。
これは世界史に疎いわたしにとってありがたかったです。ローマの歴史なんて、遥か昔高校生のときにちょっとばかり習ったような? という曖昧な記憶しかない。それでもカエサルなら知ってる。映画『クレオパトラ』でカエサルの前に運ばれてきた絨毯を広げると中からクレオパトラがころころっと出てくるシーンは印象的だった。ただこの映画の中ではカエサルはもう権力者になってて、見た目もちょっとおじいちゃんっぽかったから、そうなる前のカエサル、若いころのカエサルを知ることができてよかったです。
モムゼンはカエサルを天才と評価しています。完璧すぎて個性がないように言っています。彼の決断の早さ、的確さ。とても熱く語っています。会ったことあるのかいなと思ってしまいます。カエサルが絡む戦争のこととなると筆が乗るようです。戦いの様子など、まるでその場にいたかのような臨場感。
一方で同時代の有力者ポンペイウスやカトーといったほかの人物たちについては小心者や愚か者のように言っていて、ちょっと辛口すぎない? ……いや、でもそれも、歴史上の人物についての不変的な人物像を示したのではなく、ひとりひとりを生きていた人間として捉えているからなのだと思いました。この、ほかの歴史関係の書物にはない生き生きとした点がモムゼンの芸術性の一つなのではないかと。
今回読んだ『ノーベル賞文学全集』の「人と作品」というモムゼンの解説ページでは、モムゼンはこの『ローマ史』を一般読者向けに書いたとあります。
超真面目な歴史書だけど、読んでいて面白い。正直最初はかなり取っつきにくいけど、読み進めていくと生きた人間が現れる。そして全部読んでみようかな? と思わせる。
そんな魅力が文学として評価されたのかな、との感想をわたしは抱きました。
【今回読んだ本】
『ノーベル賞文学全集』第21巻 主婦の友社1972年
ノーベル文学賞受賞者の作品、一人につき一作品で全員のを読む 総真海 @Ziming22
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