カニクリームコロッケ誕生秘話
星空ゆめ
カニクリームコロッケ誕生秘話
「カニクリームコロッケ!」
………は?
「カニクリームコロッケ!!!」
そう言って詩織はポンとジャンプして俺の前に着地してみせる。
「カニクリームコロッケ!食べたい!」
カニクリーム………コロッケ…………
「ってなに?」
「しらなーい」
……………
「でも食べてみたくない?カニクリームコロッケ」
カニで、クリームで、コロッケ……
「食べてみたいよね?」
「みたくない」
「えー!なんでー!」
「カニクリームコロッケだよーカニクリームコロッケ〜!」
こういう意味のわからない話も、もはや平常運転だと思えるくらいには経験してきた。
「食べてみたいわけないだろ、そもそもなんだよ、カニクリームコロッケって」
「んー、なんか、コロッケの中にカニでできたクリームが入ってる?って感じ?」
…………いや、俺に訊かれても
「絶対美味しいのになー」
「絶対美味しくない」
詩織はよくこうやって訳の分からないことを言っては俺を困らせる。もう何年も前から、ずっと同じだ。
「じゃあ今度私が作ってきてあげるから、食べてよ!」
でも最近になって、その頻度が増してきているように思う。
「作らんでいい」
「えー!女の子の手料理だよー?もっとありがたってもいいのになー」
昔はもう少しこう、おとなしかったというか──
「お前以外の女の子だったら嬉しいよ」
「ひどーーーい」
今はどことなく、焦っているっていうか…──
でもそんなこと、きっと気のせいで
「そうだ!だったら──」
だって詩織は、こんな天気の良い日にカニでクリームでコロッケなんて言い出すくらいには能天気で──
「私がカニクリームコロッケ作れなかったらさ」
「俊くんがカニクリームコロッケ、作ってきてよ」
こんなに笑顔で、笑うんだから
■
念のために調べてみたけど、カニクリームコロッケなんて料理はなかった。そりゃそうだ、カニでクリームでコロッケなんて意味がわからない。そんな食材3つをランダムに並べたみたいな料理が成立するはずがない。
「カニクリームコロッケ……サバ小倉まんじゅう……」
それからも詩織は一人で吐き気をもよおすような料理の名前をぶつぶつと考案し続けていた。
こいつが何をしたいのか、小学生の頃からの付き合いにも関わらず、いまだによくわからない。
「俊くんはさ、どっちがいい?カニクリームコロッケと、サバ小倉まんじゅう」
………………
たとえ無人島にそれしか食料がなかったとしても食べたくない。
「普通にさ、別々に食べればいいじゃん。そのカニクリームコロッケってのにしたって」
「カニと、クリームと、コロッケで」
ランダムな食材を3つあげても料理はできない。そんなこと、高校生にもなってわからないやつがいるとも思えないが…………
「でもさ、別々に食べたらそれって、もう知ってる味だよね」
「まぁ…そうだけど………」
「どうせならさ、知らない味を知ってみたいじゃん」
………………
「でもそれで美味くないなら、意味ないだろ」
この世に美味くない料理なら無数に作ることができる。でも美味い料理はほんのひと握りしかありえない。だから料理人なんて職業が成立する。そこまで捲し立てようと思っていたが
「まぁ…そうなんだけどね」
詩織が珍しく自分から折れて、この話は終わった。
「じゃあね!俊くん!」
気づけばいつもの別れ道まで来ていた。
決まって詩織は「じゃあね!」と言って自分から道を曲がる。
「おう、また明日」
俺の言葉に対して、返事もせず無言で帰って行くのも、決まっていることだった。
「また明日、って言ってんのにな」
「返事くらい返してくれりゃいいのに」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、真っ直ぐ家に帰る。
「カニクリームコロッケ…………」
いや………
絶対美味くないな。
■
翌日、詩織は学校を休んだ。
その翌日、また詩織は学校を休んだ。
そして翌日、詩織は学校を休んだ。
「俊くんには黙っててくれって言われてたんだけど………」
詩織の母親から聞かされた話は、とても納得できるようなものではなかった。
「あの子、もう長くないのよ…」
…
……
………
「詩織!」
勢いよく扉を開け、病室に飛び込む。そこにはベッドに座って、寂しげに外を眺めている詩織がいた。
「……あ、俊くん」
「見つかっちゃった」
……!
「見つかっちゃった、じゃ………」
心配、同情、それよりも先に怒りが湧いた。
「どうして………!」
どうしてもっと早く、病気のことを──
「…………ねぇ、俊くん」
「初めて会った時のこと、覚えてる?」
思いがけない質問を投げかけられ、思考が中断する。
「初めて…会った時の…?」
「うん」
詩織と初めて会った時、それは…
「詩織が転校してきた時だろ…?あの時たまたま詩織が隣の席になって、それで話すようになって……」
詩織は、悲しそうな顔をしていた。
悲しそうというか、諦めている顔、というか
「やっぱり……覚えてないよね」
「ねぇ俊くん、実は私たち、それよりも少し前に出逢ってるんだよ」
…?
全く覚えがない、転校より前に出逢ってる?そんなのどこで
「ここで、出逢ってたんだよ」
「俊くん、小学生の頃、この病院に入院してたことあったでしょ」
入院………
たしかに、小さな頃にここの病院かはわからないけど入院したことならあった。あの時は脚を怪我して、それで松葉杖無しでも歩けるようになるまで………
「あの時ね、私も入院してたんだ。しかも俊くんの隣で」
…………正直言って、全く覚えていなかった。そんな話、これまで一度だって詩織はしてこなかったから。
「私、ちっさい頃から身体が弱くて、ずっとここの病室で過ごしていたの。そんなある日ね、脚を怪我して歩けない俊くんがやってきた」
「私は毎日本を読んで過ごしていたから、病院の外のことなんてなんにも知らなくて、でも俊くんがサッカーをやってるって知って、すごいなって思ったの。ううん、違う世界の人間だって、それくらい」
「違う…世界……」
そんなことない、とも言い切れなかった。ずっと病室の、ベッドの上で本を読んで過ごす少女にとって、外で走り回り、それどころかルールとチームワークの下で行われるサッカーなんてスポーツに勤しむ少年の姿は、別の世界の、本だけの世界の登場人物に思えただろう。
「俊くんはね、私にいろんなことを教えてくれたよ。学校のこと、勉強のこと、流行っているテレビ番組のこと、近所の駄菓子屋が潰れたってこと、そして、サッカーのことも」
「それまで同年代の子と話す機会なんてなかったから私嬉しかった。俊くんの話は、本の世界の話みたいに完璧で、綺麗じゃなかったけど、サッカーのことを話す俊くんが本当に楽しそうで、私もここを出たら俊くんと一緒にサッカーしてみたいなって、そう思ったの」
…………
「でも、俺はお前とサッカーしたことない」
「お医者さんに過度なスポーツは止められちゃってたからね。でも一度だけ、俊くんとサッカーしたことあるんだよ」
思い当たる節がなかった。詩織とサッカーをしたことは、記憶の限りでは一度もなかったはずだ。
「その時私が俊くんにお願いしたんだ『私もサッカーしてみたい』って」
「そしたら俊くん、筆箱を持ってきて、鉛筆を消しゴムに挿していって」
「くしゃくしゃに丸めた小さな紙を、鉛筆を回して消しゴムで弾いてさ『これでサッカーしよう』って」
テーブルサッカーだ、それもめちゃくちゃちゃちな。
「私あの時、すごく感動したんだよ。だって俊くんが、一生できないと思ってたサッカーを、鉛筆と、消しゴムと、紙だけで実現させちゃったんだから」
「それから私も体調が良くなってきて、俊くんが退院した後少しリハビリしたら、小学校に通えるようになって」
まさか俊くんと同じクラスの、隣の席になれるなんて思ってなかったよ。と、詩織は寂しげに笑って言ってみせる。きっと、初めはめちゃくちゃ嬉しかっただろう。病室の、たった一人の遊び相手に、思いがけず学校で再開できるなんて。
でも………
「俺が…覚えてなかった」
「………うん」
「どうして…」
話を聞き終わって、忘れかけていた疑問が再燃する。
「どうしてもっと早く、言ってくれなかったんだよ」
「どうしてもっと早く、病気のこと言ってくれなかったんだ!そんなこと知ってたら、俺………」
知ってたら、なんだ
いいや、知っててもなんでもない
そんなこと知っていたところで、俺にはどうもすることもできなかった。
それでも、こんなに心が悲しく、怒りで語気が強くなってしまうのは…きっと俺が…………
「そんなこと………言えるわけないじゃい」
「好きな人が悲しむところなんて…見たくないもん」
……………‼︎
泣いちゃダメだと、必死になって自分に言い聞かせた。ここで泣いたら、本当に詩織を悲しませることになってしまう。
でも──
「それで………」
「それで俺が悲しんだら、意味ないだろうが………」
「うん………………」
「そうだね……………」
「本当に、そうだね……………」
ごめんね────────────
悲しい顔で、詩織は謝った。
何を言えばいいのか、俺には全くわからなかった。
■
それからの詩織は、まるで別人かのようにおとなしかった。
いや、別人なんじゃない。こっちが本来の詩織なんだ。詩織は、俺に悟らせまいと、俺を悲しませまいと、わざと明るく振る舞っていた。俺はそれに、気づいてやることができなかった。
詩織の病室には毎日顔を出した。日に日に痩せ細っていく詩織を見て、心が痛んだ。病院の食事もあまり食べていないようだった。
そして現実は、本の中のように起承転結もなく、構成なんてお構いなしに、一気に急転する。
「詩織!」「詩織さん!」
詩織の容体が悪化した。深夜にも関わらず医師の迅速な対応があったおかげで一命はとりとめることができたが、医師の話ではもってあと3日とのことだった。
「詩織………なんで……………」
俺の見る限り、詩織の母親はいつも泣いていた。俺は不思議と涙は流れなかった。
「詩織!?」
まる一日眠り続けていた詩織が目を覚ました。両親と、俺の姿を確認してふっと笑ってみせる。
「詩織!…………詩織!!」
詩織の母親は一層声を大きくし、詩織の身体で泣いていた。俺はそんな光景を、ただ棒立ちになって眺めていた。
「大丈夫お母さん…………大丈夫」
弱々しく、詩織がそう投げかける。もう手足も動かせないほど、詩織は衰弱していた。
詩織と目が合う。「こっち…来て」というので、詩織の側まで近づいた。
そして詩織は、はっきりと聞こえる声で、こう言った。
────カニクリームコロッケ、作ってよ
俺は返事もせずに病室を飛び出した。財布を握りしめて、商店街まで全力で走る。
「すみません!このカニ1つを──!」
人生で初めて、カニを買った。
一日目は、当然うまくいかなかった。単純に、カニから身をほじくり、ホイップクリームと混ぜて、牛肉とじゃがいもを取り除いたコロッケの皮の中に入れ込んだ。
「まっず…………」
カニと、クリームと、コロッケの味だった。どう考えても別々に食べたほうが美味しい。
ていうかそもそも、コロッケと甘いものがあっていない。
ふと視線をあげると、母親が使っている除毛クリームが視界に入った。
「そうだ…!」
瞬間ハッとする。
クリームだからといって甘くある必要はどこにもない!
「ペースト状で、ドロドロしていたらそれはもうクリームだ!」
二日目になって、やっと食べられる程度の出来に仕上がった。しかし…
「う〜ん…………」
わざわざ食べたいかと言われたら、即答でNOと言えるレベルの代物だった。
クリームには単純にホイップクリームから甘味を抜いたものを使用した。しかし、脳がホイップクリームは甘いものと認識しているのか、どうしても違和感が拭いきれなかった。
「既製品のクリームを使うんじゃダメなのか………?」
そしてカニクリームコロッケ作りは、本質的にクリーム作りへと移行する。
三日目
「できた…………!」
自信をもって美味いと言えるかは微妙だが、自信をもって不味くはないと言えるカニクリームコロッケができあがった。クリームは難しく考えずに、バター、小麦粉、牛乳で作ることにした。これをクリームと呼ぶかは人それぞれだが、ペースト状でドロドロとしている以上、クリームと言って差し支えないように思える。
「時間は…!?」
かなり危ない時間だった。ほとんど睡眠をとっていなかったが、俺は走って病院に向かった──
「詩織は!?」
勢いよく扉を開けると、そこには医師と看護師と、詩織の両親が揃っていた。
「俊くん………」
詩織の母親がこちらを向く。
「危篤状態です。もうあと何時間もつか…」
医師が淡々と、しかしあまりに残酷な事実を告げる。
「詩織!作ったぞ!お前が食いたかったカニクリームコロッケ!作ってきたぞ!」
詩織は苦しそうな表情のまま目を開けて、俺のほうをじっと見た。
「食 べ さ せ て」
もうほとんど声になっていなかったけど、詩織は口をパクパクさせ、たしかにそう言った。
詩織の両親と、医師の許可を得て、持参したカニクリームコロッケを小さく分けて詩織の口に運ぶ。
これが、詩織の摂る最後の食事になるだろう。そう思うと緊張した。
「どうだ詩織?うまいか…?」
不安そうな俺に、詩織はこう応えた
「………私、絶対美味しくないと思ってたんだよ。カニクリームコロッケ」
「俊くんは、やっぱりすごいね──────」
…
……
………
「そう言って詩織は息を引き取りました。正直、そりゃないだろって思いましたよ。はは」
──それが橘さんが、カニクリームコロッケを作った秘話だったのですか……
「秘話ってほどのもんじゃありませんが、そうですね」
「今でも毎年、詩織の命日には彼女のお墓にカニクリームコロッケを持っていくんです」
「もうほとんど当時とは、形も味も変わってしまいましたが(笑)」
「それでもその一皿だけは、機械でなく、自分の手で作る。そういうことにしています」
──詩織さんもきっと、それを天国で喜んでいらっしゃると思います。
「だといいですけどね(笑) 案外、『これなら私が作る方が美味しいぞ!俊くん!』とか言っているかもしれません」
──カニクリームコロッケの生みの親の橘さんですが、60歳を迎えた今、新たな挑戦などは考えていますか?
「そうですねぇ……次は…………」
「サバ小倉まんじゅうの開発にでも、挑戦してみますかね(笑)」
カニクリームコロッケ誕生秘話 星空ゆめ @hoshizorayume
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