星降る夜に
summer
星降る夜に
「教授!」
「んー?」
「またこんな所に寝て…。また夜遅くまで星を見てたんですか?」
「あぁ、まぁそんなとこ」
「もう、この星マニア…!」
「褒め言葉じゃん」
小さな研究所でそんな会話が繰り広げられる。
「てか、まだいたのか」
「いちゃ悪いですかー?」
「誰もんなこと言ってないだろー。今日の天文学の研究はもう終わったんだから早く帰れよ」
「もう帰るところだったんですー!ついでに起こしただけなんでー」
「あっそ、ありがとな」
「マジで帰りますけど教授はどうするんですか?」
「俺はこれから弟と会う約束してるから」
「弟って、あの有名な写真家じゃないですか!!いいなー!」
「うるせぇ、兄の特権だ」
「星しか興味のない教授があんな綺麗な写真を撮る人の兄なんて!」
「オイこら」
教授と呼ぶ癖に軽口を叩く生意気な後輩。
しかし、こいつはこういうやつだと分かってれば特に気にせず、むしろ下手に立場とかで遠巻きにされない方が気が楽で、こいつとのこういうやり取りは案外楽しい。
「思ったんですけど、何で教授、天文学なんて学ぼうと?」
「なんだいきなり。」
「いえ、単純な疑問なだけですよ。私は星っていいなーって思ったから学ぼうと思いましたけど。」
あっけらかんと笑って言う目の前の後輩に少し苦笑いしながら壁にかかっている時計を一瞥する。
弟と会う時間まであと少し。
「お前と対して変わんねぇよ。ほら早くいけ。」
「えー…何かはぐらかされた気が…、まぁ言いたくないなら良いですけどー、それじゃお疲れ様でーす!」
「おう。」
騒がしいやつが消えて研究所には静寂が訪れる。
…言いたくないならと踏み込まない姿勢も結構助かった。分かってやってるのか、あまり興味がないのか。
俺は窓の外に目を向け星を眺める。
「なんで、ねぇ。」
後輩の質問を頭の中でゆっくり噛み砕く。
俺は一つ笑みを溢し、目を閉じる。
…あの時の景色を俺は忘れないだろう。
俺はあまり素行の良い人間じゃ無かった。
昔から変に親に期待され、その期待に答えられなかったら落胆され。
『遼太、貴方はお兄ちゃん的何だからこれくらい出来て当たり前よね?』
『お前は長男なんだから家の名に恥じないように生きろよ』
『なんでこんな事もできないの!?出来損ない!亮介なんてこの前テストで百点取れたのに…!』
『お前にはもう何も期待せん。その代わりせめて外面だけは良くしてくれ、家の為にな。亮介は頭も性格も良い、お前と違ってな』
代わりに弟が持て囃される。
それが何度も何度も続き、とうとう親は俺をぞんざいに扱うようになった。
その扱いに俺は不満を抱き、グレた。
「ちょっと遼太!あんたまた学校休んだでしょう!?」
「あぁ、そうだけど?」
「いい加減にしてよ!ただでさえあんたは出来損ないなんだから!亮介に迷惑かからない生き方して頂戴!」
またこれだ。
心配なんてしてくれない、全て弟の亮介の為に…そればかりだ。
思わず舌打ちをしてしまう。
「…何よその態度。不満があるなら出ていきなさいよ!どうせ何も出来ないでしょう!?」
「………」
「近所の目があるからあんたを高校に出してあげるけど、卒業したら出ていって頂戴ね。あぁ…もうホント、なんでこんな子を産んだのかしら…」
「…っ言われなくてもこんな家出ていくよ!」
最後の言葉を聞き、カッと頭に血が登り反射的にそれだけ言い捨て部屋に戻る。
そして俺はベッドに伏せ声を押し殺す。
「ちくしょう…!」
まだ十六の子供に何が出来るんだろう。
実際、母親の言う通り今の俺には何もできない。そんな自分に心底嫌気が指す。
それに…。
コンコン。
部屋のドアからそんな軽い音がした。
「兄さん、いる?」
弟のーーー亮介の声が控えめに届く。
俺はさっきまでの俺を切り離すように深呼吸をする。
兄として、弟の前で笑う為に。
「おう、亮介。入っていいぞ」
「お邪魔しまーす」
「なんだそれ、今まで気兼ねなくズカズカと入ってきてたのにいきなり礼儀正しくなって」
「もとから礼儀は正しいよ!」
「嘘つけ!」
「あはは!」
軽くそんな会話をしながらあどけなく笑う亮介。
弟自体は何も悪くない、俺にとって大事な弟。
「最近どうだ?」
「うーん、いつも通りだよ」
「いつも通り、か」
「………ねぇ、兄さん」
「ん?」
「あの、ね」
さっきまで明るく楽しそうに話してた筈の亮介の表情が曇りだす。
言いづらそうにそわそわしだす亮介。
「良いよ、落ち着いてゆっくり言えよ」
そんな亮介を俺はゆっくり待つ。
「………最近さ、僕、疲れちゃって…」
どきり…と心臓がなった気がした。
嫌な汗が背中を通る。
「疲れた?」
「うん、その、ね…」
「うん」
「…父さんと母さんの期待が、強くて…でも、少しでも期待に沿わなかったら凄く怒られて…」
思った通りだ。
期待をしてるだろう亮介に対しても、あのクソどもは自分の理念だけをぶつける。
「…そっか」
亮介に気付かれないように、俺は拳をきつく握りしめた。
亮介は話を続ける。悲しそうに目を伏せながら。
「…兄さんの時と同じ…。僕もそのうち期待外れって言われるのかな…?二人に嫌われる?」
「…そんなことないよ、親父もお袋も亮介が大切だ嫌いになったりなんて絶対に無い」
(俺とは違って)
思った言葉は口に出さず飲み込む。
それに、大切だとは言うが、両親は《亮介》が大切な訳じゃない、跡取りになる理想の息子が大切なんだ。
それが分かっていながらも、少しばかり弟に嫉妬してしまう自分が、嫌いだ。
「…兄さんは、強いね」
俺は亮介をみた。
亮介は、笑っていた。
「俺が?」
「うん、さっきの聞こえてた。堂々として格好良かった」
喉の奥がしまった。
威勢だけはいい俺を、下らない嫉妬をしてしまう俺を、こいつは格好良い言う。
「僕も、兄さんみたいに強いなれたらなぁ」
「…俺は別に強く無い、実際俺には何もできないしな」
「…それでも、兄さんは僕の憧れだよ」
「あはは………サンキュな」
《憧れ》その言葉に、亮介に今までどれほど救われてきたか。
きっとこいつがいなかったらとうの昔にここから出ていっていただろう。
亮介の頭を優しくなでてやると嬉しそうに笑う。
…そうだ、まだ俺はここを出ていくわけには行かない。
力が無いのもそうだが、まだ中三の亮介を一人残す訳には行かないのだ。
「亮介ー!どこにいるのー!!」
楽しい時間もその声で終わる。
「あ…」
「…ほら、行けよ。俺の部屋にいるってバレたら面倒だろ?」
「…うん、ごめんね」
寂しそうに笑った後、亮介は部屋を後にした。
「ごめんな、亮介」
いつか、あいつをここから出してやりたい。
その為には早く自立をしなければ…。
早く自立して、ここから出て、あいつを養えるようになって…好きなことをさせてやりたい。
その為には、学歴が必要だ。だから…明日は学校に行こう。勉強して、知識を得るために。
とは言っても通ってる高校は地域でも有名な底辺高。しかし、学ばないよりはマシだ。
そう決意して俺は眠る。
それから何週間かたった時だった。
学校から帰って部屋に戻ろうとした時に。
「…っ…ひっく…」
そんな泣き声が聞こえ、俺は急いで亮介の部屋に入った。
「亮介!」
「っ………兄さん…?」
すがりつく様な目が俺を見る。
「…兄さん…」
「亮介、何があった?」
俺は亮介の背を撫でながら問う。
言葉を詰まらせながら…必死に伝えようとする。
「僕、今日、三者面談があってね…」
「うん」
「進路どうするんだって、聞かれて…」
「うん」
「母さんは、有名な新学校に行かせるって…」
「…うん」
「でも、僕はっ」
ヒッヒッ…と泣きじゃくり、目を赤く晴らして喋べる亮介を落ち着かせながらゆっくり問う。
「写真、撮る学校…行きたいって、勇気出して言ったんだ」
「写真…?」
「うん、僕の…夢。綺麗な写真をたくさん撮って、いつか、展示会を開いて、その景色を共有したい…。そんな夢…」
初めて聞く、亮介の夢。
誰にも内緒にしながらも大切に芽吹かせていた夢。
きっと考えれないくらいの勇気が弟にはあった筈だ。
しかし、それを懸命に伝えただろう亮介はこの有様、話を聞こうと、冷静に亮介を落ち着かせる。
「…そっか…」
「だから、その専門に、行きたいって言ったんだ、でも…」
『そんなもの必要ないでしょ?先生この子の今の言葉忘れてください。この子は更に高みに行けるんです。なので進学先はあの有名な高校ということで…』
『ですがお母様…』
『や、やだ、僕は写真を…』
『貴方は黙ってなさい。貴方のことはお母さんが一番分かっているの、だから、ね?…先生、くれぐれも息子のこと、宜しくお願いしますね?』
唖然としたし、怒りが湧いた。
分かってると言っておきながら何一つ亮介に選ばせないどうしようもないクズに。
「…聞く耳なんて、持ってなかった…。」
「…亮介。」
苦しそうに続ける亮介に俺はなんて言えばいい?
「僕、なんの為に頑張ればいいの…?好きなことも出来なくて、夢すら追わせてもらえない…」
「………」
「ぼく、ぼくは…っ」
泣き続ける弟が哀れで、俺も悲しくなる。
それと同時にこんな風に泣かせる元凶が恨めしく思った。
どうすれば亮介を元気にできる?
どうすれば…。
「あ…」
俺はある事を思い出した。
「……?」
「なぁ、亮介。今日の夜さ、二人で家を抜け出して星見に行こうぜ」
「星…?」
「あぁ、なんて言ったかな、なんとか流星群ってやつ今日あるんだってさ」
「……あ、テレビで見た…。今日だったんだ…」
「あぁ、だからさ、行こうぜ。な?」
今朝見聞きした話を振れば、亮介は少し考える素振りをして、やっと笑って頷いた。
いつもの、とは行かないが、笑ってくれた。それだけで兄としては嬉しい。
「…うん、行く…!」
「約束だ」
「うん」
そうして俺達は小さな約束を交わした。
「亮介」
「兄さん…」
「準備良いか?」
「うん、携帯持ったし、大丈夫」
「親父とお袋が寝るの早くて助かったな…」
「ふふ、そうだね」
星には興味が無い親は既に眠りについた。
眠る親に気付かれないように、俺達はこっそり家を抜け出した。
既に空は晴れていて、沢山の星が輝いていた。
深夜だから静かに話しながら夜道を歩く。
「どこに行くの?」
「うーん、ここからだと少し歩くけど、ほらあそこの山にさ途中に休憩所みたいなのあるだろ?そこ行こうぜ」
「いいね。でも人いるんじゃない?」
「いてもいなくても良いけど、大体の奴らは展望台行くだろ」
「…そうだね」
「よし、なら行くか」
「うん!」
それから俺達は歩いた。
簡単なものしか持ってない為スイスイと進めた、強いて言うなら虫が鬱陶しいくらいか。
他愛ない話をしながら歩けばあっという間に目的につく。
キラキラと輝く星がとても綺麗だった。
パシャリ。
そんなシャッター音が聞こえ隣を見ると、小さなカメラを持った亮介がいた。
「亮介、それ…」
「えへへ、お小遣い貯めてこっそり買ったんだ。安物だけど、スマホよりは綺麗に撮れるから」
そう言いながら手元にあるのは小型のカメラ。小型とはいえバイトもできない中学生の弟には高価な代物。一回に千円前後のお小遣いをどれほど貯めたのか。
パシャリパシャリと写真を撮る手は止めない。
亮介の横顔が生き生きしていた。
その顔を見て、気がつけば言葉を発していた。
「…絶対に諦めるなよ」
「え?」
「そんなに楽しいなら諦めんな。どんなに否定されても貫き通せ、負けるな」
「兄さん…」
俺の言葉を聞いて、亮介は複雑そうにする。
届いてくれてる、でもやっぱり不安なんだろう。
…なりふり構っていられない。
「なぁ、亮介」
「なに?」
「いつかさ、二人で家を出て暮らすか」
「………え」
ずっと考えてた提案をすれば、亮介は目を丸くして驚く。
そんな亮介に笑って俺は続けた。
「あんなとこにいたらお前はずっと苦しいまんまだろ。俺だって息が詰まってしょうがねぇしな。」
「………でも、僕たちだけで、生きていけるのかな…」
提案自体には満更でもなさそうで。
しかし不安そうな亮介の頭をワシャワシャとかき回す。
…なら兄貴にできるのは一つだけ。
「ちょっ、兄さん!」
「心配すんな、お前は一人じゃない!俺がついててやる」
「………」
弟の背中を押して、応援すること。
それが他でもない俺の役目だ。
「なんだ?それとも俺じゃ不安か?」
少し茶化してそういえば、亮介はぶんぶんと首を振り、微笑んだ。
「……ううん、そんなことない。…ありがとう兄さん」
「…どういたしまして!」
俺達は笑い合う。
星達に見守られながら。
すると亮介は、あ、と溢し、空を見る。
俺も釣られて空を見ると…。
ーーーそこには大量の輝きがあった。
「わぁ…!」
パシャリとまたシャッターが切られる。
「凄い凄い!とても綺麗だね!」
眩い星が降ってくる。
その様子に目が離せなかった。
「あはは!来て良かったね、兄さ、ん…」
亮介の言葉が途切れる。
どうしたのかと問う前に、亮介が口を開く。
「…兄さん、泣いてる」
「…え」
言われて頬に手をやると確かに涙が流れてた。
「は、何で…。」
驚いて急いで溢れるそれを拭おうとするが次々と流れ出て止まらない。
格好いい兄貴でいたいのに、カッコ悪い姿を弟に見せてしまう。
でも亮介はそんなカッコ悪い俺を見ても、馬鹿になんてせず。
空を見上げながら言葉を紡ぐ。
「…綺麗なもの見ると何でかわからないけど泣いちゃうときあるよね…。僕もあるよ」
「亮介…」
「そういう時って大体何かに疲れていたり、張り詰めてたりするときなんだ」
「………」
「兄さんも、疲れてたんだね」
その一言に、またブワッと涙が押し寄せる。
亮介は、俺の背を擦ってくれた。いつも俺がするように。
「…ありがとな」
優しく笑う亮介を見て、俺は涙を流しながら再び星を見る。
「…そう、かもな」
疲れていた、あの家に、家族に。
それは亮介も同じだろう。
接し方は違えど同じ境遇で育ってきたのだから。
気がつけば亮介も静かに泣いていた。
「…綺麗だね」
「ああ………綺麗だ」
「……一緒に家を出て、ちゃんと生きていこう」
「…あぁ」
俺達は星降る夜に、また小さな、でも未来の約束を交わした。
俺達なら、きっと生きていける。
そう信じながら俺は星を眺め続けた。
「兄さん」
呼ばれる声にハッと意識をそちらに向ける。
パシャリ。
シャッターが切られフラッシュが焚かれる。
「兄さんの気の抜けた写真ゲット」
楽しそうに笑う弟。
その姿を見て、俺も笑う。
「なーに撮ってんだよ亮介!」
「わー!ごめんごめんごめんなさ~い!でも、いつまでも待ち合わせ場所に来ないんだもん、心配だからこっちまで来ちゃったよ」
「あー、悪い悪い。色々片づけと…少し昔を思い出してな」
「昔?兄さんが最初の彼女にこっぴどく振られて紅葉を作ったこととか?」
「やめろ」
「今はいい人いないのー?」
「ん…どうだろうな?お前こそ」
「僕はカメラが彼女だから…なんてね。きになる人はいるけど、まだ様子見かな。カメラごと受け入れてくれる人ってなかなかいないと思うから」
「そうか?」
「そうだよ!…というか何思い出してたの?それにやっぱ気になる人兄さんにもいるの!?」
「あーはいはい、分かったから。とりあえず場所移そうぜ」
「そうだね〜。絶対後でまた聞くから!」
他愛ない話をしながら俺たちは研究所を去る。
ふと空を見上げれば。
「………」
光り輝く星が煌めいていた。
その光を見て、俺は目を細めて心から笑う。
星降る夜に summer @summer777happyday
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