第65話

朝、日の昇る前に目を覚まして、祖父と並んで盆栽の手入れをして。

彼女と一緒に頼むのだと、そう考えればなんだか緊張してしまって。

それが祖父に伝わっている気はしたけれど、優しい祖父は何も言わずにいつも通り。

そして彼女を迎えに行って、一緒に祖父母の家に。僕の大切な場所に戻ってきたら、二人で揃ってお願いをしてみる。

今の学校、その合否の結果よりもなんだか緊張してしまったけれど、震える声で、小さくしか出なかった声で。

初めてかもしれない、こうして人に本気でお願いするのは。

祖父母の下に来た時は、本当にふらりと来て、ダメなら多分別の場所に行っただろう、そういった気持ちでいたから、受け入れてくれたのはたまたまで。

だから、受け入れてほしい、あの時もそうは思っていたのだろうけど、きちんと自覚して頼むのは初めてで。

だからこそ、そうでなかった時を考えてしまって。

しかし祖父母の反応はとてもあっさりしていた。


来ないつもりだったのか。部員も一緒でも構わない。


揃ってそんなことを言われてしまうと、思わず彼女と顔を見合わせてしまった。

彼女に言われて、改めて分かったことがそこに在った。

優しい祖父母、そんな二人がここにいてくれてよかった。

そう思いながらも、彼女と一緒に笑いながら、ちょっと頬を濡らすものが有ったりもしたけど。

祖父に駅まで送られて、僕が先にいつもの駅で降りる事になる。

彼女も今日で戻るらしいけれど、僕よりも荷物が多いし、結局使う駅も違うし。だからそこでお別れになる。

祖父の車の中、彼女は彼女で、祖父と何かを話すかもしれない。約束はあるけれど次の夏にそれが本当になるかもわからない。

でもまぁ、それも二人で話した伝説通り。

細かく連絡も取れない二人が、遠く、文字通り星の距離程離れた二人が、ただ約束だけを胸にその日を心待ちにしたように。

帰りの電車に乗ると、いつもと同じ場所で、少しだけ違う、そんな日々を彼女と会ってからの短い期間を思い返しながら僕は電車に揺られる。

これまでは、両親の車という事もあるけれど、離れ難い、そう感じる事が多かったというのに、今となっては次が早く来ないかな、そんな事を考えている。

祖母と付き合いのあった彼女の部活の顧問の先生だったり。他の部員だったり。

祖母はいいよと言っていたけれど、彼女は誘うのだろうか。

僕はなんとなく、ちょっとした我儘だけれど、次に会うときは彼女と二人、まずはそこからがいいなとか、それを考えてしまう。

今はいつもと同じ荷物。もしかしたら次からは彼女との荷物、それを持っていつもの場所に戻ることになるのだろうか。


あまり得意ではなかったし、してこなかったけれど。

揺れる電車、離れる祖父母の家、いつもの場所。僕の大切な場所。

そこから離れながら、次に来る時、そこにいつも以外の何かがあることを考えながら、やっぱりその日を楽しみにいつもより遅くまで起きていたから眠たい、気を抜けば寝てしまうかもしれないなと、そう思いながら電車に揺られる。

はっきりとした日付の約束もない。なんとなくお互いに話した七夕伝説、それとまた会おう、そんな約束だけしかないけれど、次の夏はどうなるのだろうか。

それを楽しみに、これまでは次を楽しみにするわけでもなく、元気になったから、時間が来たから戻ろうと、そんな事を考えていたけれど。

今は、次の約束を楽しみにできる。


短い時間、たった一人と会って話しただけなのに。

たまたま素敵な石を見つけて鉢の中にいれたときの様な、久しぶりに見た盆栽の枝が、自分が思いもよらない場所から伸びていて、それでも素敵だとそう思えたときの様な。

相変わらず、上手く言葉にできない、そんな暖かい何かを抱えて戻る。それは初めての事だ。

これからの事は分からないけれど、これまでと違って迫られて何かをするのではなく、心待ちにしている何かが来る、そんな日を夢見て。いまはただ電車に揺られる。


次の夏。間をおいて星がまた近づくように。

あの小さな、それでも特別な鉢の中で。


「久しぶり。」

「うん、そうだね。」

「とりあえずお弁当、置くね。」

「えっと、君はやっぱりギターの練習が先なのかな。」

「うん。」

「ほんと、変わらないね。」

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キミと僕との7日間 五味 @Itsumi2456

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