第32話 一撃

こっそり更新。

もう作者が覚えてない疑惑。

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 これはもう出し惜しみしている状況ではない。ファラフはそう覚悟した。アンドルは意外と使える。今が決め所だ。


「アンドル。背後頼んだ。前は私に任せて」

「いけんのか?」


 ……若干のわざとらしさを感じる。何か企んでるんだろうが……大丈夫か?

 人間相手ならバレそうなものだが、まあ大鬼オーガの賢さの程度が分からんから仕方ないのだろう。実際、大鬼の意識は正対するファラフだけに向けられているようだし。


「うん。……上手く合わせろ」

「あ?」  

「いくよ!」


 背中合わせに感じる魔力の流れが変わった。ファラフの気配が希薄になる。隠蔽系か?いや、あれは魔力の穴があるような印象だ。今は……周囲に溶けた?認識阻害系か?今更ここでそれを使う理由。合わせろ、ね。

 目の前の小鬼ゴブリンが動揺している。確かに奴らは魔力の流れに敏感だが……さっきまでならこの程度の変化には無反応だったはずだ。何だか知らんが、何かが起きた。つまりは好機。仕掛けるならここだ。


 アンドルは小鬼に向かって駆け出す素振りを見せ、一転。左足に括り付けた術式陣を発動し、全力で後方の大鬼オーガ目掛けて飛ぶ。移動系の陣はこれが最後。振り返り――暗闇の中、認識阻害系の術式で分かりにくいが……ファラフは大鬼の左。ならば右へ。大鬼が対処を一瞬迷った。

 こういうことだろ?

 敢えて大きく振りかぶり、右手の短剣にありったけの魔力を流す。これで大鬼はこちらに対処せざるを得ない。ふん、どうよ。合わせてやったぜ。決めろよ?


 ファラフは前衛職、大盾持ち。ギルドではになっている。

 パーティーを組んで気づいた。本来の奴はそうではないはずだ。恐らく彼女の真価は――


「――<雷撃>」


 短剣を振り下ろすアンドルを右手で迎撃する大鬼オーガ。その右わき腹へと短剣を突き立て、剣身を起点に術式を発動。一瞬の雷撃により麻痺した大鬼の頭部へ、逆方向からアンドルの短剣が追撃。最難関の即発術式インスタントと言われる<雷撃>を、ファラフは大鬼の体内に直接撃ち込んだ。これだけでも余裕で銀級の腕前だ。


 いかな大鬼と言えど、こうなればひとたまりもない。


 放電現象は魔力からの変換効率が最悪だ。術式の起動には莫大な魔力を必要とし、しかも即座に再び魔力へと還元される。……そんなものを体内に流された魔力生命体がどうなるか。

 過剰な魔力によって魔力回路は至る所で短絡し、回路を遮閉する間もなく魔力核は容量超過に陥る。魔力核内の余剰魔力は許容圧の数十倍にも圧縮され、数瞬の後――崩壊。魔力のままで存在できる圧をはるかに超えたそれは、熱、光、音、圧力といったあらゆる物理的エネルギーに変換され放出される。

 即ち、身の丈3mを超える大鬼が内側から吹き飛んだ。



****



 合流地点に到達し対岸を伺う。この場からでも感じる強大な圧力、月明りに浮かぶ青銀の巨躯。……大鬼オーガだ。しかし何だこれは。以前対峙したより遥かに洗練された魔力を感じる。対峙する二人は手練れとは言えまだ鋼鉄級、とても手に負えるものではないはず。一刻も早く逃げてきて欲しい。恐らく間に合わないが……それでも救援に向かうべきだろう。助かる命は救いたい。


 川面へと飛び込む寸前、突然、異質な魔力を感じる。

 直後、炸裂音とともに大きな影が崩れ落ち、圧力が霧消した。


 ……信じがたいことだが。

 これはつまり、あの二人が倒した、のだろう。仮に私がいても討伐は難しかったはず。はそれ程の大物だ。大発生、小鬼ゴブリンの奇行、異常な大鬼オーガ、それを倒す鋼鉄級アイアン。何もかもが異常。


 ……あれ、私いらなくね?ってか鬼の隊列に突入して大鬼オーガまで倒すとか、完全に交戦だよね。おかしいよね、隠密偵察に来たんだけどな。陽動ってそういうんじゃないよね。そんであいつらの収穫は大鬼筆頭に豚鬼オーク小鬼ゴブリン盛りだくさん、私はたった3体の小鬼の死体?

 ……完全にいらないね、何の役にも立ってないね、何しに来たんだ私。これでもギルド最年長の銀級なんだけど。最後の砦とまでは言わないけど結構な重鎮なんだけど。


 まあいっか。取り敢えず無事みたいだし。はよこっち来い。

 ん?なんか手間取ってる?



****



「おい!……クソっ」


 大鬼オーガは吹き飛んだがファラフも倒れた。慌ててファラフの前に出る。攻撃を喰らった様子はない……魔力欠乏症状?そりゃ放電術式あんなものなんて使えばそうなるか。いずれにしてもまずい。周囲は敵に囲まれ孤立、俺の手札も尽きた。大鬼倒してもこれじゃ詰んでる。サーシャ!まだか!気づけ!


 大鬼が倒れると同時に、辺り一帯の鬼たちの行動が明らかに変わった。粛々と行軍する妙な鬼ではなく、討伐対象としてよく見かける鬼のものに。小鬼ゴブリンは無秩序に襲い掛かり、逃げ出し、叫んでいる。残り2体になった豚鬼オークは互いに目配せをしながら距離を詰める。少なくとも先ほどまでの人形ではない。

 俺一人ならどうとでもなるが――いや何を迷う?置いていけばいい。気絶したファラフを囮にすれば脱出は容易だ。他に選択肢は無いだろう。置いて……。


「判断が遅い。まだまだだね」



****



 全力で川を渡る。大鬼オーガが倒れたのに逃げてこない、つまりは逃げられない状況なのだろう。ついでに大鬼の死体も欲しい。二人が無事でもあれを運ぶのは難儀する。

 対岸に近づくと、小鬼ゴブリンたちの様子が変わっていた。興奮して走り回り、こちらの魔力を察知してギャーギャー騒いでいる。これまで見られなかった、鬼として当たり前の行動。何らかの行動抑制が解除されたか。これは重要な情報だ。恐らく鍵はあの大鬼。

 多数の小鬼と豚鬼オークの死体、ひときわ目立つ大鬼の死体、倒れたファラフ、立ちはだかるアンドル……なるほどね。私も役に立てそうだ。ここらで重鎮らしさを示しておこう。


「判断が遅い。まだまだだね。<火球>、<軟化>」


 適当な死体に向けて火球を放ち、死体の残存魔力に引火させて炎の壁を作る。ついでに足元を軟化させて簡易的な防御陣地を作成。飛び込んできた小鬼ゴブリンが炎に焼かれながら泥濘に嵌っていく。


「ファラフの容体は?生きてるか?」

「あ、ああ。外傷は無い。魔力切れだろう」


 ふふ。動揺してんじゃねーよ若造が。ま、いくら悪ぶっても所詮はガキか。


「脱出するぞ。ファラフ担いでいけ」

「了解。……すまん、助かった」

「油断すんな。この死体は……チッ。魔力核までバラバラじゃねーか」

「吹き飛んだからな」

「しゃーねーな。ほら行け!」


 持ち帰れないなら燃やすしかない。大鬼オーガの残存魔力ともなれば小規模な魔力溜まりになりかねない。そこら中に散らばった小鬼ゴブリン豚鬼オークの死体も適当に焼く。それそれー火祭りじゃー。ついでに地面も軟化させて足止め。仕上げに――<突風>。

 引火しやすく調整した魔力を込めて風を送れば、一帯は阿鼻叫喚の地獄と化す。森も多少は焼けるだろうが……仕方ない。うん。仕方なかった。多少で済むといいな。……多少……めっちゃ燃えてるけど。……逃げよう。



 今度の小鬼ゴブリンは川の中まで追ってきた。……やはり行軍中は何らかの行動抑制が掛けられているのだろう。いちいち相手するのは面倒だが、どうと言うことはない。一体ずつ切るか沈めるかすればいい。あまり殺すと魔力流出が怖いから適当に散らす。ああ、全部川に誘い込んで雷撃撃ったら気持ち良さそうだなぁ。やらんけど。


 雷撃、そうだ雷撃。あの魔力放出は<雷撃>だろ。どっちだ?ファラフだな。体内魔力が少ない状態で強引に雷撃発動、代償に魔力切れってところか。悪ガキと違って場慣れしてると思ってたけどこっちもガキだな。確かにあの歳で雷撃まで習得してるのは稀代の才だが、このままじゃ潰れるのも時間の問題だ。


 生き残ることを軽視した冒険者はどんなに優秀だろうといずれ死ぬ。


 一人で死ぬならまだいい。優秀な個を生かすために周囲を巻き込む。今回のアンドルが良い例だ。普段の奴なら動けない同行者など迷わず見捨てたはずだ。ファラフであること……自分より優秀な同僚であることが、奴の判断を鈍らせた。私が行かなきゃ共倒れだったぞ。防衛陣地構築にすら思い至らないとか、相当に混乱していたのだろう。


 まぁ、お説教は報告の後だ。

 


 

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冒険者ギルドに就職しました。 @take4funa

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