第31話 大鬼
その
幸いかどうか
「おーい、どうしよっか。逃げようにもこれじゃ、ねえ」
「倒すのは……難しいか。どうにか逃げるしかない」
「しゃーないね、恨みっこなしだ。あたしが
「逆だろ」
「いーや、これは譲れない。たまには先輩立てようや」
「クソが。女置いて逃げろってのか?」
「そうだね。悪童サマは裸の女を生贄に捧げておめおめと逃げ帰るんだ。くくく」
「できるか」
「やるんだよっ!」
「っ!!」
ファラフの足元に高密度の魔力が集中した瞬間、彼女はアンドルの視界から消える。一拍後に響く硬質な打撃音。ファラフの右足が
並みの魔物であれば昏倒するはずの一撃。予め陣構成しておいた複数の術式を一気に発動させる、ファラフの隠し玉。足だけでなく、彼女の身体にはそのための術式がいくつも刻まれている。先ほど
絶望的な状況?まだまだ。
絶望ってのはこんなもんじゃない。
アンドルは苛立っている。自分が逃げていること、力が及ばないこと、女を囮にしたこと、彼にとってそれらは些細なものだ。生き残らなければ手段に意味はない。苛立ちの対象は別にある。
一つはさっきから無尽蔵に湧いてくる
そんなものを相手に自分はあの時ほんの一瞬、恐怖を感じてしまった。ファラフが飛び出した瞬間、確かに安堵してしまった。それが何より苛立たしい。
****
サーシャは困惑している。何なのだ、これは。私の知る
数体拉致し手足を縛って麻袋に詰めて持ち帰る、それだけのはずだった。標的としては難しくない。しかし、不可能だ。何故か?
この
アンドルたちと分かれてすぐに川を渡り、陽動を待った。鬼たちの進軍から20mと離れていない川岸に潜み、対象を観察する。……違和感だらけだ。
数分後、下流が騒がしくなった。二人が仕事を始めたのだろう。しかし小鬼の進軍は何も変わらない。……いよいよ気味が悪い。意を決し、行列へと静かに近づく。等間隔に並んだ小鬼。松明も持たずに月明りの中をただ歩いている。隙だらけで逆に困る。擬装した麻袋の下に隠れる私がバカみたいではないか。
気を取り直し、目の前を通る1体を茂みに引き倒した。音を立てず、即座に布で口を塞ぎ、相手が混乱している間に手足を縛りあげる。そのまま麻袋をかぶせ、一目散に川を渡った。
対岸に上がり、追手が無いことを確認して袋を開ける。攫われた
既に数十分の時間を消費している。ほとんど無意味なことをさせてしまった陽動役の2人は無事だろうか。これで死なれたら寝覚めが悪い。下流に眼を向けるがここからでは見えない。急ぎ3体分の遺骸を麻袋に詰め、術式により身体強化。<火球>を一発上空に放ち、予定した合流場所へと走る。
****
ファラフが飛び出した直後、上空に放たれる火の玉――合図だ。有難い。時間を稼ぐ必要はなくなった。あとはどう撤収するか。
一撃で戦闘不能に陥るであろう
着地と同時に全力で逃走する。もう川岸までは50mもない。アンドルは無事に仕事をしてくれた。進行形で積み上がる数十体の遺骸が鬼たちの進路を妨害し、追いつかれることはない。果ての無い鬼ごっこは間もなく終わりを迎える。
「ファラフ伏せろ!!」
アンドルの叫び。咄嗟に地面へと倒れこむ。
頭上を何かが通過し、一拍遅れて熱風の余波。
<火球>か?誰が?敵に術士がいる?
即座に起き上がり振り返る。もちろん人間の姿は無い。あるのは無表情の小鬼たちと、折れた腕をだらりと下げ、もう一方の腕をこちらに突き出した大鬼の姿だけだ。……そう来るか。そして奴の両足に収束する魔力。まずい。
「飛び込め!」
アンドルに指示し、自分も足裏の……チッ。さっき使ったんだったな。背後では大鬼が矢のように飛び出した。これは間に合わない。万事休すか。運に任せて耐衝撃――
「くっ」
予想より遥かに弱い衝撃は予想外の方向からやってきた。横?
は?まさか……
「がはっ……貸し1つな。身体で払え」
「ふーん、言うじゃん。ま、助かった。生き残ったら考えてやるよ」
アンドルめ。指示に逆らいやがって。しかしあの距離をどう詰めた?私と同じ方法か?……まあ、今はいい。さてどうするか。逃走経路は
こりゃ出し惜しみしてる場合じゃないか。仕方ない。
----
(1年ぶりにこっそり更新)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます