第30話 豚鬼
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NO.2
・鬼の一種。文献初出は旧帝国時代中期。
・ヴァルラン王国【討伐指定2類】。ローダ帝国【排除対象外来種・クラスA(緊急)】。ジュネス教導会【根絶予定種】。
・体長は1メートルから2.5メートル、体重は最大400キロに達する。非常に力が強い。基本的に二足歩行だが、興奮時は四足で走る。人間に対して敵対心が強く攻撃的。臭気に敏感。丸太や動物の死骸等を武器として用いる場合がある。
・高い魔力検知能力を持つとみられ、発生直後から人間の集落を目指して行動する。大人10人程度の魔力が集合している場合、検出限界は2~3キロに達すると予想される。
・他の鬼と同様、魔力核を伴う疑似生物的な構造を持つ。動物を素体として変性する点は魔物と同様だが、循環器や消化器といった動物の内臓器官は急激に退化し、代わりに魔力循環回路が形成されている。
・主に魔力溜まりから発生する。発生に必要な余剰魔力量は20~60キロマギと推定。必要魔力量が多いため、魔力核の分裂による増殖頻度は少ない。0~2回/年程度と思われる。
・主にイノシシ類を素体とするが、稀にクマ類やウシ類等、他の哺乳類から発生したと見られる形跡も報告される。山間部での発生が多く、市街地に接近する例は少ない。発生は散発的だが、晩秋や初春にまとまった群れとして発生する場合があり、農村部の脅威となる。
・他の鬼と同様、弱い相手から襲う。個体の性差や繁殖能力の有無は不明だが、恐らく無いものと思われる。これまでに確認された豚鬼はいずれも男性器らしき構造を有し射精と思しき能力を持つことから雄とされている。ただし交尾対象の性別は問わず、さらには動物・人間の区別も見られない。興奮時には極めて執拗に男性器を挿入しようとする習性がある。被害者が人間の場合、ほぼ例外なく錯乱状態に陥ることから豚鬼の精液には何らかの精神作用があると考えられる。妊娠出産等の事例は確認されていない。
・討伐指定種であり、ギルドの買取対象にはならない。死骸は証明部位を除き、地表への魔力流出を防ぐため速やかに火葬する。流出速度は1~2キロマギ/日と試算されている。
冒険者ギルド依頼ランク:B~D(例外有)
討伐証明部位:魔力核(破損可)・牙(1対)・男性器(先端のみは不可)のいずれか
備考:個人受注を禁ずる
~討伐対象魔物概要 ジュラネシア採集事業者互助組合 編~
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サーシャさんたちは大丈夫でしょうか。あの群れから小鬼を生きたまま拉致してくるなんて相当無茶な任務に思えます。夕暮れの薄明りの中、ギルド庁舎の屋上からリゼ川の方角を眺めると、もう肉眼でも鬼たちの行列を捉えることができる。防衛陣地からの報告では総数は既に万を超えたとか。
『ま、上手くやるでしょ。サーシャは大ベテランよ。ファラフだっているし。アンドルは死んどけ』
夕闇に乗じて拉致るんだろうけど、敵はあの数。囲まれれば手も足も出ない。鬼は弱った敵を徹底的に嬲る。アンドルはいいとして、サーシャさんやファラフ教官の身に何かあったら。群れには
そう言えば
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川を渡り切り、岸に上がった全裸の二人。しかし
そんな心配が頭を過ぎった瞬間、群れの統制が崩れる。
どうやら杞憂だったようだ。奴ら……少なくとも標的にしたアレは、間違いなく視覚情報を認識している。
――ブヒッ!グヒヒヒッ!!!
赤味がかった皮膚に弛んだ腹。イノシシと人間の中間のような醜悪な顔には曲がった牙。半開きの口から溢れ出す涎。二人の目に映る、丸太のような手足をバタつかせながら接近してくる数体の
「掛かったぞ」
「気を抜かないでね。目的を忘れず」
「当然だ」
「(全裸で鬼ごっこ……ごっこじゃないね。こんな経験するとは思わなかったなぁ)」
ファラフの装備は短剣1本。こんな短い刃渡りでは到底豚鬼を倒すことなどできないだろう。前の偵察時同様、あくまで万一の際の自決用か。こちらを無視し続ける
闇夜を粛々と歩き続ける
「(……でかすぎんだろ。発狂しなくても物理的に死ぬぞ)」
すれ違いざま、アンドルは何気なく
ファラフもアンドルもパーティーでは基本的に前衛職だ。ファラフは大盾メインで攻撃力は予備程度、アンドルはより機動的な小盾と小剣を使っている。
一般的に前衛は近接戦闘力特化という印象が強いが、実際はそうでもない。通常依頼遂行時に正面からの戦闘が発生する可能性はイメージほど高くなく、より重要になるのは情報収集、つまり偵察を主とする斥候行動だ。大規模ギルドならまだしも、リゼ程度の規模ではパーティーの分業化はそれほど進んでいない。重装備の前衛と術士を中心とした後衛との区別程度が精々で、斥候専門のスタッフは皆無。万一の際を考えると偵察に出向くのはやはり前衛職の場合が多く、彼らの斥候技術習得は自然と重要になる。
その点で、リゼのギルドは非常にレベルが高い。これはほぼサーシャの功績と言える。トットが支店長に収まったこともあり、サーシャは自分の斥候技術を積極的に開示し、またギルドメンバーもそれを必死に吸収した。
今回のような少人数行動を躊躇なく行えるのも各自の斥候技術と近接戦闘技術、それぞれの高さがあってこそ。スペシャリスト揃いの大規模ギルドではこうはいかない。
鬼ごっこが始まって既に20分ほどが経過した。さすがに二人とも疲労の色が濃い。幸いなことに
周囲には10頭以上の豚鬼が集まっており、彼らの動きには徐々に「連携」が組み込まれてくる。突進する豚鬼の背後に隠れ、攻撃を避けた瞬間に2頭目が現れるという具合だ。或いは小鬼の行列を目くらましに接近し、背後から突然現れる。並みの冒険者であれば既に数度は餌食になっていたであろう、さすがは若手のエース級という二人だ。
「(とは言え……そろそろヤバいよ?
「後ろ!クソ」
正面からの連撃を躱し息を吐く一瞬を狙われた。ファラフの背後から2頭の
「逃げろアンドル!救援不要!」
「チッ……」
間に合うか。いや、救援不要とファラフは言った。恐らくは――
――グギャァァァァァァァァ!!!
「(何が起きた?)」
アンドルからは2頭の
「(チャンス)」
目の前の
「あーあ、やっちゃったなぁ。これ、どうしよ?」
「知るか。逃げるぞ」
「逃がしてくれるかなぁ、あいつ」
「クソが……」
銀級に近い彼らにとっては10頭程度の
周囲一面の
闇夜の中でその一帯だけが薄明るく銀に輝く。
放出された余剰魔力が大気中で変質する際の燐光。
桁違いの魔力を持つ何か。そう――
――
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