青い鳥のような彼女

 愛する彼女が白い鉄の翼で飛び立った。

 離陸した機体を、空港のロビーで僕はただ見つめていることしかできなかった。本当は彼女を引き止めたかった。手段などいくらでもあっただろう。いいや、それはしてはいけない事なのだ。僕から離れた方が、絶対に彼女にとって幸せなのだ。けれども、この胸の軋み、心はまだ彼女を欲している。この気持ちが収まるまで、彼女を思い出しても罪には問われないだろう。僕は忙しなく人の行き交う空港を後にした。

 

 彼女を初めて見たのは、友人に誘わて来た地下ライブ場だった。まだ知名度もないのだろう。観客も疎らな会場で、他のメンバーとともに輝くばかりの笑顔を振りまき、一生懸命に歌い踊る彼女。その笑顔に、その歌声に僕は雷に打たれたような衝動を覚えたのを今でも思い出す。その時から、僕は彼女のことを知りたいと思ったのだ。


 彼女はとても愛らしい人だった。普段の彼女は友人たちと様々な場所に出かけ遊んでいた。海や山などアウトドアが好きな彼女はきゃらきゃらと笑いながら、様々な表情を僕に見せてくれた。僕は遠くからレンズ越しでしか見えないけれど、見るだけで心が高鳴り温まるのだ。ああ、もっと……モット彼女ノソバニイキタイ。


 最近、彼女はとても怯えている。時折あたりを見渡し、突然駆けだすこともあった。なにがあったのだろう。周囲を監視し、部屋に付けた盗聴器で探ってみると、どうやら不審人物に付き纏われているらしい。それが、彼女の笑顔を曇らせている原因だった。犯人を特定できないか更に探ると、1人の男を見つけた。丁度、彼女が怯えだした時期から、頻繁に彼女と会っている男だ。原因はこの男に違いない。男に気づかれると彼女に危害が加わるかもしれないから、男のいない隙をついて、僕は彼女にメールを送る。『ソノ男カラ離レロ、君ハ僕ノモノダ』。

 ……違う。彼は犯人じゃない。本当の犯人は僕だ。気づいていたんだ。最初は出来心だったのに、遠くからでもプライベートを見れたらそれで良かったのに。彼女の魅力に引き付けられ、行動がエスカレートした僕は、気づけばストーカーになっていた。彼のことも彼女を知る中で知った。彼女の学生時代からの友人で、密かに彼女が恋している相手だって。それは彼も同じだろう。きっと彼は正義の人だ。彼女のことを考えて、僕から彼女を離すだろう。それが最善だと思うのだ。


 僕の願い通り、彼女は彼と婚約して海外へ活動拠点を移すとして旅立った。これで良かった。原因の僕から離れれば、彼女の笑顔はまた輝くだろう。その隣には彼女の愛する彼がいる。これで、安心だ。……本当ニ? 僕ハズット彼女ヲ想ッテイタ。時間ナンテ関係ナイ。大切ナノハ想イノ大キサだロウ。ソれナラ、アノ男ヨリ僕ノ方ガ大キイ。かノジョハ愛サレルベキダ。ナラ、ヨリ愛ノ大キナ僕と愛シ合ッタ方ガ幸セニ決マッテイル。彼女ヲ救イニ行コウ。ウンめイノ前ニハドンナ障害ガアッタトシてモ、関係ナイ。彼女ハ僕ノモノナノダカラ。


 見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ見ツケタ

 季節が2つ巡るほどの時間をかけ、僕は彼女のいる異国へとたどり着いてしまった。彼女の家から出てきた彼を不意打ちで殴り倒し、荒い息そのままに家の中へと進む。1番奥の部屋から、物音に不審がり彼の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえる。僕はその方へと進み、扉を開ける。部屋の中にいた彼女は僕の姿を見つけると、顔を青ざめさせ悲鳴を上げる。青いワンピースを揺らしながらお腹を抱え、僕から後退る。ああ、彼女は幸せだったのだ。幸せだったのに……。もう、僕はこの衝動を止めることが出来ない。口を横に引き上げ、手に持つ血の付いた棒を振り上げる。僕はこう言うしか出来なかった。


「本当は知っていたんだ」

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青い鳥 二季てんきゅう @AO-WAKABA

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