推しと結婚したかったけどもう遅い~大好きなあの子はアラフォーと結婚してしまい僕はざまぁされたし、もうこの地球から追放されて人生終わりにしますと宣言したところ幼馴染からとある提案を受けた件~

南方 華

第1話 セイテンのヘキレキ

 推しが結婚した。


「あああああああ、うあわあああああああああああああああわああああああ!!!!」


 1LDKのマンションで近所迷惑をかえりみず断末魔だんまつまさけびを上げるこの男の名前は北川拓きたがわたく。今年31歳になる独身男だ。

 拓は感情のままベッドに五体を放り投げると、手足をジタバタと動かし死にかけの虫のようにもがく。

 そして、一瞬止まったかと思うと、またもやくぐもった叫び声を上げ、しまいには涙まで流しながら最期の動きを完コピしている。実に見苦しいさまだった。

 この数分、本人にも読者にも地獄のような時間が流れているのだが、そこに救いの手と言わんばかりに、ポップな音楽の着信音が端末から鳴りひびく。

 男はピタ、と停止すると、光の無いひとみで端末のディスプレイを見る。

 そして、電話を取ると開口一番。


「僕は死にまぁす! 止めないでください」

『いきなりそれ?! 展開早すぎでしょ!』


 電話の向こうから、割と可愛らしい感じに聞こえなくもない聞き慣れた声が響く。


「SNS見てたなら状況分かるでしょ。アッキーが結婚したんだよ。僕の女が……」

『いや、お前の女違えし。現実を見ろ』

「いやだ、現実の僕は今まさにアッキーとハワイで式を挙げているんだ。片言の日本語を話すうさんくさい似非神父えせしんぷの前で永遠の愛をちかっているところなんだ」

『死ねばいいのに』

「そうします」

『まあ、落ち着け。はあ、すぐに電話して正解だったわ……』


 電話の向こうの女、―拓の小さい頃からの幼馴染おさななじみで、アラサー独身女を堪能たんのうしている馬上蓮子まがみれんこ―、が大きな溜め息を一つくと、改めて拓をなだめる。


『ていうかさ、あんた芸能人でもないんだし、スト……、ごほん、おっかけでもないし。そりゃ、出演作品は全部見てるかもしれないけど、遠くに居るただのファンの一人じゃん』

「……」

『これを機にさ、現実に戻って女と付き合ったりしなよ。私が言うのもなんだけど、拓は素材は悪くないし、身なりとかちゃんとすればいい女に出会えるって』

「でも、その女はアッキーじゃない」

『そりゃそうだけど。どうしようもないじゃん。高嶺たかねの花……というか住んでる世界も違うし、知り合いってわけでもないし』

「……そんなことは無い。もしかすると、僕はアッキーと結婚していたかもしれないんだ!」

「どっから湧いてくるのよ、その破廉恥ハレンチ妄想もうそう……」


 蓮子れんこは心底嫌そうな表情を電話の先で浮かべた。

 こういう報告があると、異性の心境としては「その瞬間に奪われたような感覚」なのかもしれないが、だ。

 デキ婚やビビっと婚などでなければ、長く温めた愛がようやく孵化ふかしたようなもので、しかも結婚したからと言ってそれがゴールではない、むしろチュートリアルが終わり、結婚生活という新しいフィールドに飛び込んだに過ぎないのだ。

 だのに。

 ただ、それを滔々とうとうと語るのは拓の傷口に塩どころか塩酸えんさんを塗り込むようなものだ。人の形を保てなくなるかもしれないと思うと、当然ながらはばられるものだった。

 それはさておき、拓は脳内お花畑な妄想が現実に起こり得ると確信しているようだった。


「実は、都合四回ほど、僕はアッキーと出会っているんだ」

『へ? 街ですれ違ったとか、ロケをしているのを遠くから見たとか、そんなんでしょどーせ』

「いや、そういうのもあるんだが、実は助けたことが」

『なぬ?』


 これは蓮子も知らない情報だった。

 蓮子は拓との付き合いこそ長いが、大学は拓は東京、蓮子は地元神奈川だったし、拓はその頃から独り暮らしをしたものだから、どういう人生を送ってきたかまではあまり知りえなかった。

 

「もし、あの時……、もっとお近づきになれていたら!」

『あー、あるあるー。そういうのあるわー』


 人生というやつの悲しいところだ。

 常に目の前には選択肢があり、人はそれを選び取っていく。

 例えばだ、こうして今物語を書き進めているが、別のお話を書きたいぞ、と思ったらこの物語はそのまま闇の中にほうむられてしまうかもしれず、その選択の結果、世の中に出ることも無いわけだ。

 何気なく買った300円の宝くじが4億になるかもしれないし、たまたま、あの交差点を渡ろうとしたら突然暴走したトラックにはねられ異世界転生してしまうかもしれない。人生とは、常に選択の折り重ねなのだ。

 というわけで、結果的に拓はアッキーとお近づきになる選択肢を取ることは無かった。

 それが全て、結果。


「うぉおおおおおおおおわああああああああああ、ぴぎぃいいいいいいいい!」

『あー、うっさい』

「あの時! 僕は!」

『……』


 絶叫し嗚咽おえつし絶望する電話越しのアラサー野郎に蓮子は、はあと再度大きな溜め息をつくと、静かな少し低めの声音で問いかける。


『拓は、過去に戻ってやり直したいの?』

「……出来るなら、そうしたいよ」

『ふぅん』


 蓮子はそこで言葉を切ると少しの間の後、ポツリと一言、呟く。


『そんなにやり直したいなら、私が何とかしようか?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しと結婚したかったけどもう遅い~大好きなあの子はアラフォーと結婚してしまい僕はざまぁされたし、もうこの地球から追放されて人生終わりにしますと宣言したところ幼馴染からとある提案を受けた件~ 南方 華 @minakataharu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ