第5話

 伊豆は元々独立した島であった。太古の昔、フィリピン海プレートの移動によって日本列島に突き刺さり、いまの形になった。プレートテクトニクスである。

 そして半島と呼ばれるようになった現在でも、伊豆の移動は止まったわけではない。徐々に地中へと引き込まれていっているという。男にはそれが許せなかった。

 気高く美しい伊豆が、醜い列島の一部になっていくことが耐えられなかったのである。

 だから男は決起した。伊豆を列島から切り離し、元の島へと戻すために。

「こうしている間にも、伊豆は地中へと飲み込まれていっている。だが、俺たちにはそれを止める力がある。──あれだ!」

 壇上の男、伊勢藤十郎が群衆の背後を指差した。みな一斉に振り向き驚きの声を挙げた。

「な、なんだ。あれは……」

 群衆がどよめくなか、となりで稲葉があんぐり口を開けていた。そこには巨大な塔が屹立していた。

「あれこそ伊豆の魂を取り戻す神器だ」

 それは高さ30mはあろうかという巨大な砲であった。

「この三嶋大社から、北に向かって半円を描くようにあの砲を放つ。三嶋大明神の怒りによって大地は穿たれ、伊豆は列島から再び切り離されるだろう」

 三嶋大社に祭られているのは火と大地の神だ。古来より三嶋大明神の神業によって伊豆諸島の火山は噴火し、時には新たな島が生まれた。

 三嶋とは「御島」の意なのだ。伊勢はこの三嶋大社からあの超兵器を使って伊豆を島に再生しようとしている!!

「はは、ははは!いいぞ!」

「おい、どうした大森!」

 俺は沸き上がってくる興奮が押さえきれず笑いだしていた。

「最高じゃあないか、稲葉ァ!最初に伊豆独立なんて聞いたときなにをふざけているのかと思ったさ。だが、どこか期待する気持ちもあったんだ。伊豆が伊豆として独立できたらどんなに素敵か。半島だなんて。『半』島だなんて。屈辱的だと。俺は、ずっと、思っていた!」

 伊豆はこんなにも美しいのに、優れているのに、本州の一部ということにされて、半分島だなんてあたかも不完全であるかのように扱われて。元々伊豆は島なのに!完全な存在なのに!

「同志たちよ!」

 伊勢が右手を突き上げて再び語り始めた。

「俺はここに、改めて伊豆の独立を宣言する。いまこそ、伊豆を列島から取り戻そう──」

 境内は熱狂に包まれた。誰もが伊豆の独立を確信し、歓喜の声をあげた。俺もその渦に混じって叫んだ。できる!できるぞ!同志伊勢がいて、あの神器があれば!俺たちには三嶋大明神がついている!

 伊勢が大砲の発射を指示するため手を振り下ろそうとしたときである。境内を閃光が駆け巡り、爆風が渦巻いた。歓喜の声は一転悲鳴へと変わった。

「な、なんだ!?」

 爆風で吹き飛ばされた俺は気づくと境内の端の方に転がっていた。近くに稲葉が血まみれで横たわっている。

「お、おい!大丈夫か稲葉!」

「う、うぅ」

 出血がひどいがなんとか息はしている。

「にげろ……大森。や、やまなしだ…」

 そう言って稲葉は気を失ってしまった。

「やまなし?何を言ってるんだ?」

「混乱に乗じて、山梨が攻めてきたんだ」

「同志伊勢!ご無事でしたか!」

 傍らに傷だらけの伊勢が立っていた。

「山梨に不穏な動きがあることは察知していた。だが、こんなにも早くやってくるとは……」

「何故です!何故山梨が攻撃を仕掛けてくるのですか!」

「決まっているだろう。富士山を我が物とするためだ。それが彼らの悲願なのだから」

「しかし我々は富士山など欲していません!」

 富士山など我々はどうでもいい。富士山など海から眺めていれば十分だ。

「彼らに静岡と伊豆の区別などつかん。彼らは静岡を皆殺しにする気だ」

 伊豆は静岡の一部。山梨の見解はそういうことだ。ならば敵だ。真っ先に排除すべき敵だ。伊豆を伊豆と認識せぬ者は排除しなければならない。

 俺は歩きだした。

「待て、どこへ行く」

「決まっています。伊豆を島にしに行くのです」

 懐の手榴弾を確認する。ピンを抜けば簡単に爆発する。

「そうか、ならば行け。健闘を祈る。──伊豆のために!」

「──伊豆のために!」

 同志に敬礼を返し、俺は駆け出した。山梨を根絶やしにするために。伊豆を取り戻すために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伊豆独立戦争 菅沼九民 @cuminsuganuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ