第4話

 三嶋大社には、少数の元・自衛官と思われる者たちと、「独立宣言」に感銘を受け集まったらしい相当数の民兵たちでごった返していた。

 鳥居に門番が立ってやって来るものたちをさばいている。俺たち二人も境内に入ろうとしたところ軽く尋問されたが、稲葉が伊豆に対する熱い思いを涙ながらに語るという超スタンドプレーを見せ余裕で通過した。傍らで見ていて正直引いた。

「お前があそこまで愛伊豆者とは知らなかったな」

 俺は三嶋大社名物福太郎餅を食って腹を満たしつつ(何故かこんな状況でも売っていた)友人の熱演の感想を述べていた。

「あれだけ好印象を与えておけば、あとから近づきやすくなるだろ?」

「好印象ね」

 門番も引いてたぞ、とは友情に免じて言わなかった。だいたい悪目立ちして動きにくくなるのではないか。稲葉はたぶん優秀な記者ではない。

「しかしなぜ三嶋大社に人を集めているんだろうか。近くにもっと広い場所があるだろうに。駅北の大学や高校なんてうってつけじゃないか」

 三島駅の北には学校が集中しているが、それらの敷地は元々旧陸軍の駐屯地が転用されたものだ。

「まあ、何かデモンストレーションをするつもりだろう。三嶋大社でなければならない理由でもあるんだ。……その餅旨そうだな。俺も買ってくる」

 稲葉を見送りながら、俺は三嶋大社でなければならない理由とはなんだろうと考えていた。

 まさか北条早雲にあやかって独立戦争の勝利を祈願するのだろうか。

 伊豆解放戦線のリーダー伊勢藤十郎は自分を早雲の再来と思い込んだ異常者なのかもしれない。いや戦争を起こそうなんて異常者であることには間違いないのだが。

 しかし伊勢の動機はなんだろう。伊豆を独立させたいというのはどこから湧いてくる欲望なのだろう。伊勢と会ってみたい。いつしか俺はそう思うようになっていた。

 数分間、伊勢の野望について想像を巡らせていると稲葉が戻ってきた。右手に福太郎餅、左手に何やら黒い塊を持っていた。

「大森、あっちで配ってた。お前も一つ持っとけ」

 そういって稲葉は、ひょいと左手のものを放ってよこした。手榴弾だった。

「わっ!」

 俺は驚いて手榴弾を落としてしまった。自分の顔が真っ青になったのが分かった。

「安心しろ。ピンを抜かなきゃそう簡単に爆発しないよ」

「……なんとなく着いてきてしまったがお前に付き合う義理はないよな」

「つれない奴だな。親友だろ?」

 俺は手榴弾を投げつけてくる親友を知らない。稲葉は落ちた手榴弾を拾い、今度は手渡ししてきた。

「それにもう逃げられないぞ、大森」

「なんだと?」

「境内に集まった連中に武器が配られはじめた。それに神社の前には装甲車や戦車が集まってきてる」

「そんな……本当に戦争を始める気なのか」

「あとは例の超兵器の到着を待つばかりだな」

 境内がにわかに慌ただしくなりはじめた。解放戦線の主要メンバーと思われるものたちが整列するよう促している。気づくと俺たちは最前列に近い位置についていた。稲葉が計画通りだと言いたげにこっちをみていたが無視した。

 やがて誰が指示したわけでもないのに境内が静寂につつまれた。異様な雰囲気のなか、豊穣の神事を奉ずるための舞台に、一人の男が登った。

 その男は偉丈夫といっていい体格であった。短く刈り込んだ頭に少し白髪が混じっている。群衆を見据える眼光はするどく、身じろぎすらためらわれた。男は群衆をゆっくりと見渡すと、語りだした。声を張り上げているようにも見えないのに、男の声は境内中に響いた。

「俺たちは──伊豆を再び島へと還す」

 彼は彼の目的から語り始めた。彼が誰であるかは彼にとって重要ではなかった。

「俺たちは、列島と決別し、そこで俺たちの理想を実現する」

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