第3話

 俺は一旦三島駅に引き返すことにした。東京から取材のため三島に向かっているという稲葉と落ち合うためだ。

 三島駅南のロータリーに着くと、見覚えのあるコンパクトSUVの脇にやはり見覚えのある男が珍妙な姿で立っていた。

「お前ミリオタだっけ?」

「いや鉄オタ」

「それも知らんかったな」

 稲葉はコスプレっぽい野戦服を着て頭にバンダナを巻いていた。更には肩からエアガンと思われるアサルトライフルをぶら下げていた。

「これは封鎖を突破するための仮の姿さ」

 稲葉によると伊豆解放戦線によって関東から伊豆へ繋がる道は封鎖されてしまったらしい。

「はじめ海沿いを通って熱海から伊豆に入ろうとしたんだが検問で追い返されたんだ。それでこの格好にして箱根を越えようとした。やっぱり検問で止められたが、私は伊東出身で戦線に加わるため伊豆へ戻るんです、と言ったら通してくれた」

 それでいいのか伊豆解放戦線。

「なるほどお前が越えた修羅場についてはわかった。だがせめてバンダナはとれ」

 友達だと思われたくない。

「まあとにかく乗れよ。車の中で話そう」

 稲葉は駅の改札の方をちらりと見ながら言った。改札の前には野戦服に身を固めた屈強な男が立っていた。稲葉のような「エセ」ではない。あれは本職だ。

「あれは自衛隊員か?」

 俺は助手席につきながら聞いた。

「元・自衛隊員だな」

 まさか自衛隊が反乱を起こすなんて、これは夢か?俺は元・自衛隊員の方をなるべく見ないようにしながら稲葉の追加説明を待った。

「反乱を起こしているのは極一部の隊員だ。それも静岡東部、厳密には伊豆出身の隊員だけで佐官以上で反乱に参加している者はほとんどいないようだ。伊豆解放戦線を形成しているのはほとんどが素人だろう。箱根の検問なんかはザルもいいところだったのもそのせいだ」

「そうなのか……。しかし一体なんの目的で?」

「電話で言っただろ。伊豆を独立させるためだよ」

「……本気なのか?それにどうやって?」

「それを確かめるために俺はやってきたんだ」

 そう言うと稲葉はシートベルトをしめた。

「さあ、三嶋大社に行こうか、同志大森よ」

 俺がシートベルトをしめるのを確認すると、稲葉は車を発進させた。稲葉はニヤニヤしていた。こいつはいつこんな気味の悪い顔で取材に臨んでいるのだろうか。

「連中が本気で独立戦争を起こそうとしているのか、それは三嶋大社に行けば分かるだろう」

「おい、まさか……」

「俺たちも伊豆出身者だ。戦線に参加する権利はあるはずだ」

 稲葉はスパイの真似事をする気らしい。見上げたジャーナリズムである。

「それに俺は奴らがこさえたという超兵器とやらを見てみたい」

「超兵器だと?やっぱりミリオタかお前」

「最近伊豆半島では地震が多発しているな。地震の原因がその超兵器の開発を行っていたためだという話がある」

 突拍子もない話続きで俺の感覚は麻痺してしまっていた。

 稲葉曰く、今朝、伊豆解放戦線のリーダーを名乗る男が全世界に向けて伊豆独立の宣言を行ったという。その際、伊豆の国市にある史跡、韮山反射炉の地下でとある兵器の実験を行っていたことが明かされた。さらにアメリカ国防総省が人工衛星により把握した情報によると、今朝その兵器の開発最終フェーズが完了し、現在三嶋大社に向けて輸送中であるという。

「地震が起こるほどだ。下手をすればその兵器というのは核兵器ほどの威力をもったものかもしれん」

「伊豆の国市でそんなものが……」

「まったく世界遺産の地下でとんでもないものを作っていやがったものだ。けしからん」

 けしからんとかそういう次元の話ではないと思うが。

「ところで、伊豆解放戦線のリーダーっていうのは何者なんだ?」

「伊勢藤十郎。下田出身であるということと、元・防衛省の職員で数年前から行方不明になっていたこと以外は謎の男だ」

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