第2話
俺はお気に入りの音楽を聴きながら歩いた。歩いているうち、三嶋大社で必勝祈願をしようと思い立った。
伊豆一宮である三嶋大社は源頼朝を始めとして数多くの武士が必勝祈願を行った神社である。
マイフェイバリット戦国武将である北条早雲が三嶋大社で関東制覇を誓ったということもあって、俺はことあるごとに三嶋大社を参拝している。早雲にあやかって俺も文壇の覇者となりたいものだ。三十路間近になっても野望だけはデカイ男、それが俺であった。
三島駅から三嶋大社までは徒歩で十五分ほどの距離である。人通りがやけに少ない町中を歩いていると、同報無線が鳴っていることに気づいた。
「こ…らは…伊豆…………です。ただいま……令が……されて……。不要……の外…は………下さい。」
イヤホン越しでは何を言っているのかよくわからないが、外出を控えろと言っているらしい。それで人が居ないのか。続きを聞こうと音楽のボリュームを下げたが、放送は終わってしまっていた。結局なぜ外出してはいけないのかわからなかった。
今朝の地震のせいだろうか。たしかに大きな地震ではあったが、街にそれほど大きな被害は見られなかった。そういえば地震について検索しようとしてできていなかったのであった。俺はスマホのブラウザを立ち上げたが何故かネットに繋がらない。これはいよいよ大事件が起こっているのかと思いきや俺のスマホが機内モードになっていただけだった。何かの拍子に機内モードがオンになっていたようだ。
機内モードを解除すると大量の通知がステータスバーに表示された。どうやら家族やら友人やらから相当メッセージが届いていたようだ。どれも俺の安否を心配するものばかりだ。
やはりただ事ではない。呆然としていると電話がかかってきた。
「無事だったか大森!」
「ああ、稲葉か……」
稲葉は東京の大学で知り合った友人である。彼は伊東出身であり、同じ静岡東部の出身同士、大学ではかなり親しくしていた。大学卒業後もしばしば連絡をとりあう仲である。彼は東京の新聞社に勤めている。
「いま三島で何が起こっているか教えてくれ、稲葉」
「何も知らないのか?」
「ああ、酒を飲んで、女を呼んで、ジュニアのシャイさに失望して、淫夢を見ようとして、朝起きたらこうなっていたんだ」
「何を言っているのかさっぱりわからん」
イヤホン越しに稲葉の困惑した声を聞いていると、再び同報無線が鳴ったので俺は慌てて片方のイヤホンを外した。
「こちらは、伊豆解放戦線です。ただいま戒厳令が発令されています。不要不急の外出は控えてください」
「いず……かいほう?」
「伊豆解放戦線だ。やつらそう名乗ってる」
やはり稲葉は三島で何が起こっているか知っているらしい。少なくとも俺よりも。
「なんなんだそれは」
「クーデター……いや、反乱というのか……。とにかく、やつらは伊豆を日本から独立させようとしているんだ!」
同報無線は続いている。
「こちらは伊豆解放戦線です。我々の決起に賛同してくださる同志は三嶋大社にお集まりください」
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