その後20 かれしづら
仕事の帰り、今日はパン屋に寄る。朝のパンが無くなりそうだった。パン係としてしっかりチェックしていたんだ。
ふんふん鼻歌歌ってパン屋へ向かう。朝のパン以外にも、おいしそうなパンがあったら買ってみよう。いつもの豆のパンもまだまだブームが続いてる。そんなウキウキ気分でお店の前まで行くと。
「閉まってる…」
パン屋の前で俺は立ち尽くした。ドアに『不在にしています』という張り紙。店を覗くとパンも並べられてるから、お兄さんはすぐに戻ってくるかもしれない。どうしようかな。待ってようかな。うーん。
「ちょっと散歩してこよう」
待ってるだけじゃつまらないので、この辺をちょっとウロウロしてまた戻ってこよう。新しいパン屋さんを発見できるかもしれないし。でもこれは浮気じゃないよ、探検するだけだよ。
大通りをてくてく歩き、どんどん進む。迷子になるのは怖いので細い道は行かない。行ったことない大きい道を歩き続ける。お店もたくさんある。あれは何の店だろう。店構えだけじゃ何売ってるか分からない店もたくさんあるな。今度おっちゃんと、こっちにも散歩来てみよう。
そんなこと思って歩いてたら交差点のところ、俺が歩いてる道と交差してる道のとこに人がたくさんいた。テーマパークのパレードの場所取りみたいな感じで、何重にもなって道路沿いにずらーっ。男の人も少しいたけど、ほとんどが女の人。
何があるんだろうと、俺は野次馬根性丸出しで近づく。人垣の一番後ろでぴょんぴょんとジャンプしてみるけど、何にも見えない。ここでは女の人も背が高くて、俺はちっちゃい。
しかし俺は諦めない。何があるのか確かめてやるという決心をすると、その時。
「イズルくん?」
後ろから声をかけられて振り返ると、そこにパン屋のお兄さんがいた。
「お兄さん、お買い物行ってたの?」
「そうなんだ。明かりの石が切れちゃって。買いに行ってたんだ。イズルくんは?」
俺は…。他のパン屋さんを探してたなんて言えない。黙っとこう。
「散歩してたんだ。そしたら人がいっぱいいるから、何があるんだろうなって」
人垣の先には何があるのか。見えないその先をじいっと目を細めてみるけど、何か見えるはずもなく。お兄さんも首をかしげていた。
「何だろうね。肩車してあげようか」
俺は遠慮なくお兄さんに肩車してもらった。俺の後ろには誰もいないから人に迷惑はかけないだろうけど、急に目線が高くなって少し怖い。ぐらぐらしてお兄さんの頭を掴んだりもしてしまったけど、なんだかんだで少し慣れた頃。
キャーキャーという声が遠くから聞こえてきた。そしてだんだんとその声が波のようにこちらにも伝播。
「騎士様だわ!」「素敵!」
そう言う女の人たちの黄色い声。騎士様のパレード?道路の真ん中を歩いてくる人たちは、遠目でも白いコート着てるのが分かって…あっ。あれは隊長さんだ。騎士様って、俺の知ってる騎士様だった。
隊長さんを先頭に、颯爽と歩いている騎士様たち。隊長さんは女の人たちの歓声なんか聞こえてないという風に静かな顔で歩いてた。副隊長さんはお澄まし笑顔。その後ろに十人くらいの騎士様が続いて歩いてくるのが見えた。
隊長さんは俺に気付いてない様子。今のうちに隠れなきゃ。
「お兄さん、俺もう大丈夫。見たよ」
隊長さんに見つかると面倒なことになるかもしれないので、お兄さんに下ろしてもらうようにお願い。
ふう。隊長さんに見つからなくてよかった。そう安心してると、お兄さんが感心するような溜め息を吐いた。
「騎士様たちだったんだね。普段から街を警備してくれてるけど、時々ああやって練り歩きがあるんだよ。街の人たちが喜ぶからね。今日は女の人に人気のある隊だったみたいだね」
隊長さんはあんなにキャーキャー言われてるのに、俺のことが好きなんだって。
俺の知ってる隊長さんと、さっきの隊長さん。本当に同じ人だろうかって思ってしまった。
そのあと、お兄さんとパン屋に戻って日持ちパンと豆のパンを買い、お兄さんのサービスでジャムパンもらった。俺が他のパン屋さんを探してたことはバレてないと思う。
そして、パン屋さんからの帰り。
「やあ」
さっき練り歩きしていた隊長さんがウチの前にいてビックリ。何しに来たんだろう。俺が肩車してもらって練り歩き見てたのがバレてたんだろうか。
「こんにちは」
まずは挨拶して反応を窺おう。そう思ったらば。
「あの男はパン屋の人間だな。何をしていた」
ひえっ。いきなり聞いてきた。直球だ。
「ひとりで散歩してたら人がたくさんいて何かなって思って。たまたま会ったお兄さんに肩車してもらいました」
『ひとりで散歩』とか『たまたま会った』とか、なんとなく言い訳がましいと自分でも思う。何で言い訳しなきゃいけないんだろう。そんな風に心の中でぐちぐち言ってたら、隊長さんは額に手を当て大きい溜め息を吐いた。
「不用意に他の男に近づくのは謹んでくれ」
他の男…。おっちゃん以外の他の男の人なのか、隊長さん以外の他の男の人なのか。
隊長さん以外の男の人のことだろうな。
あっ。俺、こういうのを何て言うか知ってる。彼氏面だ。隊長さん、彼氏面してる。
隊長さんの言葉に素直に頷くのは躊躇われる。不用意にって言われたって。そんなことしてたら家から出られなくなっちゃうよ。
どうやって穏便にお帰りいただこうかと悩んでいると、こちらに駆けてくる足音が聞こえた。
「隊長!」
コートをはためかせてこっちに向かってくるのは、副隊長さんだった。俺がピンチのときによく現れる副隊長さん。
「隊長、急にどこかに消えるの止めてください。ほら、詰所に戻りましょう。まだ事務作業が残ってますよ」
副隊長さんの言葉に、隊長さんは渋い表情。だけど俺のことより仕事が大事だと思い出したようで、しぶしぶ頷いた。
「む…。仕方ないな」
副隊長さんはホッとした様子で笑った。さっきの練り歩きの時のような、お澄まし笑顔ではなかった。
「イズルくん、またね。そうだ、感謝の日にお手紙ありがとう」
いいえどういたしまして。そう答えようと思ったけど、隊長さんによって遮られた。
「そうだ。その話もしなければならないと思っていたんだ。馬車って何の話だ」
隊長さん、どうして俺が副隊長さんに宛てた内容を知ってるんだろう。
闘技会の日に馬車に乗せてくれるって言ったのを断ってしまって、そのことが胸に引っ掛かってた。親切で言ってくれたのに申し訳なかったな、というのと、純粋に乗ってみたいというのと。
だから『今度機会があったら馬車に乗せてください』って書いたんだ。
と、俺がいろいろ思い出してる間に、隊長さんは副隊長さんにずりずり引っ張られていた。
「それはだからー」
副隊長さんは何やら言いながら、隊長さんを強制的に連れて帰って行った。仲が良いんだろうな。
手を振って見送ったら、少しだけ寂しいになった。彼氏面は困るけど、帰ったら帰ったで少し残念なような。少しだけね。
早くおっちゃん帰ってこないかな。帰ってきたらジャムパン半分こしようっと。
俺とおっちゃん のず @nozu12nao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俺とおっちゃんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます